【完結】天才ダウナー系後輩に毎日キスされています。※役作りで



 ――このたび七年ぶりに『ガラクタたちの夜』が再演となったわけですが、藍川さんのいまのお気持ちはいかがでしょう?
 
「とても嬉しく思います。『ガラクタたちの夜』は僕がはじめて出演させていただいた椿先生の舞台で、ここから僕の俳優としてのキャリアが始まったと思っています。オファーをいただくときも『星宇(シンユー)がよかったからうちでも使いたかった』と言っていただけるのがありがたかったです」
 
 ――思い入れがある役なんですね
 
「星宇なしでは僕の俳優人生ははじまりませんでしたから。
 ほんとうは高校で演劇は辞めるつもりだったんです。そこにオーディションのお話をいただいて、もうすこしだけ欲張ってもいいのかな、と。あのとき椿先生にお声をかけていただかなかったらいまの僕はここにはいません」

 ――七年前といまでは心境に変化はありますか?

「当時は周りのみなさんに食らいついていくだけで精一杯でした。いまもいっぱいいっぱいではありますが(笑)、七年を経てすこしは余裕がでてきたかな。その分、役に深みをだせるように努力したいです」

 ――星宇といえばあるシーンのセリフが変わったとお聞きしたのですが……

「山本との別れのシーンですね。あそこは最初は『永別了(ピンイン)』でした。お葬式のときとか、相手と永遠のお別れをするときに使う言葉です。
 でも僕の演技を見た椿先生が『ここは変えよう』とおっしゃったんです。それであそこは『晚安(ワンアン)』になりました。これは中国語でおやすみという意味なんですけど、“愛してる“というメッセージが隠された言葉でもあって――



「……(さとり)。そんな熱心になに見てんの?」

 椿ジロウの『ガラクタたちの夜』はただいま絶賛上演中。
 貴重な休演日にどこかにでかけようと誘ってきたのは覚なのに、俺が待ちあわせ場所についても顔をあげずに夢中でスマホを見ているので俺は彼の肩をぽんと叩いた。

「あ、ナユ先輩」
「相変わらずはやいな。まだ十分まえじゃん」
「ナユ先輩待たせるとかありえないんで」
 
 覚はスマホをしまうとベンチから立ちあがる。
 今日は新宿で映画を観て覚に服をえらんでもらうつもりだ。学生時代とやってることが同じなのはたぶん気のせいだろう。

 先輩のインタビュー記事見てました、とぶらぶら歩きだしながら覚は言う。

「先輩、ああいうところではちゃんと僕って言えるようになったんですね。えらいです」
「おまえもあの場にいただろうが」

 瀬名覚。彼は俺が所属している芸能プロダクションのマネージャーだ。
 高校では部活が一緒で。大学ではサークルが一緒で。こうして社会人になってもけっきょく一緒にいる。

 あの日――椿ジロウのオーディションにいくとき――電車のドアのガラス越しに言った『追いかけてこい』という言葉は思いのほか彼の原動力になったらしい。火をつけたというか。

 まさか、

『ナユ先輩の人生ぜんぶ俺にください。舞台に立っているときもいないときも。あなたに見合う男になってみせるから』
 
 ――ここまで激しくつかまえられるとは、さすがに思ってなかったけど。

「ナユ先輩、今日俺の部屋きますよね。酒とか買って帰りましょう」
「気がはやい」
「だって外じゃキスできない」
「…………」
「先輩、売れっ子になりすぎです。マネージャーとキスしてるところを見られたらスキャンダル間違いなしじゃないですか」
「……高校のときみたいにすれば? ほら、学校で強引にしてきたときあったじゃん。俺はやめろって言ったのにさぁ」
「あれは俺なりに反省してるんですけど、」

 覚は俺の腕をつかむと路地裏にひっぱりこむ。
 だれかが通りから覗きこんでも見えないよう壁になったうえで、彼は俺の耳をなでた。覚の手でピアス穴を開けられた耳たぶを。

「ナユ先輩がしてほしいならいいですよ。特別にしてあげます」
「……んなこと一言も言ってないし」
「顔見ればわかります」
「アホ」

 俺は覚の胸をぱしっと叩いた。それから、すこしだけ背伸びをして彼の唇にキスをする。

 もう何回目かわからないキスを。

「してほしいって顔してるの、おまえじゃん」

 ――俺が変えてみせます。ナユ先輩の気持ち
 ――先輩が俺にキスしたいって思うようになるまで、これから毎日キスしますから

 あれは役の上での話だったけど、俺の気持ちはほんとうに変えられてしまった。覚の恋人になってから。

「……な、覚」
「なんですか?」
「おまえだったら――『晚安(おやすみ)』のかわりになんて言うの?」

 決まってます、と覚は答える。

「『これからもずっと追いかけます。あなただけを』」

 覚は俺を抱きしめると我慢できなくなったようにキスをしてくる。
 すこしだけ乱暴なキスは高校生のときみたいで。甘くてほろ苦い気持ちになりながら俺は覚を抱きしめかえした。


 あのときの思い出は遠ざかることなく、
 俺たちのなかで、いまでもあざやかに息づいている。