私は固まった。
頭の中でアラームが鳴り響く。
王太子のファーストダンスは、ただのファーストダンスではない。
見られる。噂になる。意味を付与される。勝手に。
(このイベントはセリアのはず!クロードがセリアをダンスに誘うイベントのはず!!)
反射で、セリアのほうへ視線が飛ぶ。
セリアは目を丸くして、でも逃げずに、なんなら、少しだけ口元がゆるんでいる。
「あの、殿下。セリアのほうが——」
「今夜最初のダンスは、マリアンナと踊りたい」
「な、なぜ——」
「なぜ、か」
クロードが少し考えるような顔をした。
いつもなら、すぐに答えを出す人なのに。
「……マリアンナのためなら、理由は後からついてくる気がしてる」
「意味が——」
「踊ってくれる?」
翡翠色の目が真剣で、差し出された手がまっすぐで。
逃げ道がない。逃げたら、何かが壊れる気がする。
「お姉ちゃん。踊ってきて?」
「セリア……」
セリアが笑って言った。
背中を押す声じゃない。許可みたいな声。
「……はい」
自分でも驚くくらい素直な声が出た。
クロードが微笑んで私の手を取ると、指先が触れた瞬間、手のひらの温度が跳ねた。
フロアに出て、音楽が始まる。
リードは当然クロードの方が上手で、私は引っ張られるように踊っていた。
足がもつれないように必死なのに、視線だけは、どうしても彼の胸元あたりに留まってしまう。
「マリアンナ」
「……はい」
「緊張してる?」
「……少し」
「なぜ?ダンスは上手なのに」
「殿下が……その……」
言葉が続かない。
クロードが少し顔を近づけた気がして、私は反射で顎を引いた。近い。近すぎる。
「……私は、今夜の殿下のダンスのお相手はセリアになると思っていたので」
「なぜ?」
「セリアと殿下は……お似合いだと思うので」
だって私の脳裏には、あのスチルの記憶がある。
シャンデリアの光。ドレスの裾。セリアの横顔。クロードの手。
どう考えても、私とでは『あれ』にならない。なってはいけない。
「マリアンナは、そう思ってるんだね」
「はい」
「僕は違う考えだけど」
「……どんな考えですか?」
クロードが、しばらく黙った。
音楽だけが流れて、私の心臓だけが忙しい。
「今日はまだ、言わないことにする」
「なぜですか」
「マリアンナが受け止める準備が、まだできてないと思うから」
「受け止める——」
「踊ることに集中しよう」
そう言って、クロードが軽くリードを強めた。
私の足が半歩遅れて、でも彼はそれを許すみたいに、間を合わせてくる。
結局、クロードと三曲踊った。
一曲目のつもりが、終わったら『もう一曲』と言われ、二曲目が終わったらまた『もう一曲』。
断る隙がない。というか、断れる空気じゃない。
四曲目の前にようやく、私ははっとした。
(セリアが一人!!)
慌てて距離を作ると、クロードが当然のように言った。
「また踊ろう」
「……はい」
返事をしてしまった自分に驚きつつ、私はその言葉ごと心臓の奥に封印して、セリアのもとへ駆け寄った。
「セリア、一人にしてごめん……!」
「全然平気。楽しく見てたよ」
「え?」
「マリアンナが殿下と踊ってるの、すごく綺麗だった」
セリアがにこっと笑う。
その笑顔に、申し訳なさが少し溶けた。
「ねえマリアンナ」
「なに?」
「殿下に誘われて、どうだった?」
「……セリアも踊って来いって言ったじゃない。断れる雰囲気じゃなかっただけ」
「そうかな」
「そうだよ!」
「マリアンナ、嬉しそうな顔してるよ」
「……してない」
「してるってば」
ころころ笑いながら、セリアが私の腕を抱えた。
昔と変わらず、当たり前の距離。
「私のことは心配しなくていいよ。マリアンナが笑ってる方が、ずっといい」
その言葉が、心の奥に沁みた。
優しくて、残酷で、ありがたい。
(……本当に、受け止める準備が、できていない)
頭の中でアラームが鳴り響く。
王太子のファーストダンスは、ただのファーストダンスではない。
見られる。噂になる。意味を付与される。勝手に。
(このイベントはセリアのはず!クロードがセリアをダンスに誘うイベントのはず!!)
反射で、セリアのほうへ視線が飛ぶ。
セリアは目を丸くして、でも逃げずに、なんなら、少しだけ口元がゆるんでいる。
「あの、殿下。セリアのほうが——」
「今夜最初のダンスは、マリアンナと踊りたい」
「な、なぜ——」
「なぜ、か」
クロードが少し考えるような顔をした。
いつもなら、すぐに答えを出す人なのに。
「……マリアンナのためなら、理由は後からついてくる気がしてる」
「意味が——」
「踊ってくれる?」
翡翠色の目が真剣で、差し出された手がまっすぐで。
逃げ道がない。逃げたら、何かが壊れる気がする。
「お姉ちゃん。踊ってきて?」
「セリア……」
セリアが笑って言った。
背中を押す声じゃない。許可みたいな声。
「……はい」
自分でも驚くくらい素直な声が出た。
クロードが微笑んで私の手を取ると、指先が触れた瞬間、手のひらの温度が跳ねた。
フロアに出て、音楽が始まる。
リードは当然クロードの方が上手で、私は引っ張られるように踊っていた。
足がもつれないように必死なのに、視線だけは、どうしても彼の胸元あたりに留まってしまう。
「マリアンナ」
「……はい」
「緊張してる?」
「……少し」
「なぜ?ダンスは上手なのに」
「殿下が……その……」
言葉が続かない。
クロードが少し顔を近づけた気がして、私は反射で顎を引いた。近い。近すぎる。
「……私は、今夜の殿下のダンスのお相手はセリアになると思っていたので」
「なぜ?」
「セリアと殿下は……お似合いだと思うので」
だって私の脳裏には、あのスチルの記憶がある。
シャンデリアの光。ドレスの裾。セリアの横顔。クロードの手。
どう考えても、私とでは『あれ』にならない。なってはいけない。
「マリアンナは、そう思ってるんだね」
「はい」
「僕は違う考えだけど」
「……どんな考えですか?」
クロードが、しばらく黙った。
音楽だけが流れて、私の心臓だけが忙しい。
「今日はまだ、言わないことにする」
「なぜですか」
「マリアンナが受け止める準備が、まだできてないと思うから」
「受け止める——」
「踊ることに集中しよう」
そう言って、クロードが軽くリードを強めた。
私の足が半歩遅れて、でも彼はそれを許すみたいに、間を合わせてくる。
結局、クロードと三曲踊った。
一曲目のつもりが、終わったら『もう一曲』と言われ、二曲目が終わったらまた『もう一曲』。
断る隙がない。というか、断れる空気じゃない。
四曲目の前にようやく、私ははっとした。
(セリアが一人!!)
慌てて距離を作ると、クロードが当然のように言った。
「また踊ろう」
「……はい」
返事をしてしまった自分に驚きつつ、私はその言葉ごと心臓の奥に封印して、セリアのもとへ駆け寄った。
「セリア、一人にしてごめん……!」
「全然平気。楽しく見てたよ」
「え?」
「マリアンナが殿下と踊ってるの、すごく綺麗だった」
セリアがにこっと笑う。
その笑顔に、申し訳なさが少し溶けた。
「ねえマリアンナ」
「なに?」
「殿下に誘われて、どうだった?」
「……セリアも踊って来いって言ったじゃない。断れる雰囲気じゃなかっただけ」
「そうかな」
「そうだよ!」
「マリアンナ、嬉しそうな顔してるよ」
「……してない」
「してるってば」
ころころ笑いながら、セリアが私の腕を抱えた。
昔と変わらず、当たり前の距離。
「私のことは心配しなくていいよ。マリアンナが笑ってる方が、ずっといい」
その言葉が、心の奥に沁みた。
優しくて、残酷で、ありがたい。
(……本当に、受け止める準備が、できていない)



