学院に入って七ヶ月が経ったころ、クロードの様子が、以前と少し変わってきた。
変わった、というのは——。
私がランベルトやエリオット、アレクシスたちと話していると、どこからともなく現れる、ということだ。
最初は偶然かと思っていた。
たまたま通りかかった。たまたま目に入った。たまたま用事があった。
そういう『たまたま』が積み重なる。
学院は広いし、共有スペースも多いし。
でも、三回続いた時点で『偶然』という仮説は崩れた。
四回目の時点で、私はもう確信していた。
セリアへのフラグのおかげなのか。それとも——
その四回目。
私はエリオットと魔術理論の議論をしていた。
エリオットは口が悪いが、話が面白い。
私とは妙に話が合うかもしれない。
というか、合ってしまうのが厄介だ。
彼にとって私は数少ない、頭で会話できる人間らしく、最近は向こうから話しかけてくることも増えていた。
「第三属性の変換効率は——」
「だから、その前提が古いんだよ。現行の——」
そんなふうに言い合っていたところへ。
「マリアンナ」
背中の後ろから、静かな声。
振り返ると、クロード殿下が立っていた。……いつの間に?足音、消せるんですか?
「あ、殿下。どうされましたか?」
「何を、話してた?」
「エリオット殿と魔術理論について。第三属性の変換効率の話で、面白くて」
「……そうか」
クロードがエリオットを見る。
エリオットがクロードを見る。
空気が、わずかに冷える。
「……邪魔するなよ、三年生」
「邪魔してない。話に混ざっただけだ」
「用件があって来たんじゃないのか」
「マリアンナと話がしたかった」
「は?」
エリオットが眉を上げる。
私も、反射で瞬きをした。
「話が、したかった?」
「うん。学院生活に困ってることはないか、確認したかった」
「……いつも聞いてくれますね」
「セリア嬢とマリアンナのことは気にかけているから」
——なら、セリアの方に行ってくれた方が、クロードとセリアの仲が進展して、私には好都合なのだけれど。
「何か困ってることは?」
「特にないです。……あ、でも先日の聖属性魔法の課題で、一部参考文献が図書館で紛失していて困っているのですが」
「それは今日の放課後、一緒に別の文献を探そう」
「え?」
「図書館に詳しい司書を知っている。紹介できる」
「…………それは、ありがたいですが」
エリオットが私とクロードを交互に見て、「……なんか用が済んだなら俺は帰る」と吐き捨てるように去っていった。
背中が少しだけ尖っている。機嫌、悪い。
「殿下、最近私のところによく来られますね」
「そうか?」
「四回目です」
「数えてたのか」
「数えざるを得ないほど……」
クロードはわずかに口角を上げ、笑いを堪えているみたいな顔で。
「気になるというか……殿下には学院での大事なお仕事もあるだろうし、私のためにお時間を使わせてしまうのは申し訳なくて」
「マリアンナのためなら時間を使いたい」
「え」
「普通のことを言ったつもりだけど」
「普通ではないと思います……!」
思わず声が大きくなると、クロードがくすりと笑った。
笑わないで。心臓が忙しくなる。
「マリアンナって僕以外とは自然に話せるのに、僕に言われると動揺するね」
「攻略対象——ですから」
「攻略対象?」
「なんでもないです!!」
危ない。『攻略対象』は前世のゲーム用語だ。
私は口を押さえたくなる衝動をこらえて、咳払いで誤魔化した。
「とにかく、殿下に特別に時間を使っていただかなくても——」
「嫌か?」
「嫌、というわけでは……」
「じゃあいい」
「私としてはセリアの方に行ってもらいたいのですが」
「マリアンナが嫌でないなら、僕が会いに来ることに問題はないだろう」
言葉に詰まった。
確かに論理的には反論が難しい。
殿下、詭弁が上手い。……いや、詭弁じゃないのか?
「……殿下は、詭弁が上手ですね」
「詭弁じゃない。本音だよ」
翡翠色の目が、まっすぐに私を見る。
逃げ場がない。目を逸らしたら負ける気がして、でも見返せない。
「……」
私は結局、視線を逸らした。
(なんで殿下はそういうことを、さらっと言えるんですか……っ)
胸の奥がうるさい。
落ち着け、落ち着け。
これは殿下の『人を気遣う性格』からくる言動で、私個人への感情ではない。
ゲームでも殿下はそういうキャラだった——。
でも。
ゲームでのクロードは、こんなに能動的にセリアに会いに来るキャラだっただろうか?
クロードルートをプレイした記憶を引っ張り出す。
『好意はあるが自分からはあまり動かない』
『気づかれないように遠くから気にかけるタイプ』
たしか、そういう設定だったはずだ。
なのに今の殿下は、マリアンナのためなら時間を使いたいと、わざわざ口にする。
しかも、現れ方が露骨だ。偶然のふりが雑だ。
(……あれ?あれあれ?)
「マリアンナ?また考えごと?」
「……今日の放課後、図書館の件、よろしくお願いします」
「ああ、もちろん」
私は強引に話を戻すと、クロードは答えながら、やっぱりどこか面白がるような目をしていた。
(ゲームと違う……なんで?)
その疑問は、夜になっても解消されなかった。
変わった、というのは——。
私がランベルトやエリオット、アレクシスたちと話していると、どこからともなく現れる、ということだ。
最初は偶然かと思っていた。
たまたま通りかかった。たまたま目に入った。たまたま用事があった。
そういう『たまたま』が積み重なる。
学院は広いし、共有スペースも多いし。
でも、三回続いた時点で『偶然』という仮説は崩れた。
四回目の時点で、私はもう確信していた。
セリアへのフラグのおかげなのか。それとも——
その四回目。
私はエリオットと魔術理論の議論をしていた。
エリオットは口が悪いが、話が面白い。
私とは妙に話が合うかもしれない。
というか、合ってしまうのが厄介だ。
彼にとって私は数少ない、頭で会話できる人間らしく、最近は向こうから話しかけてくることも増えていた。
「第三属性の変換効率は——」
「だから、その前提が古いんだよ。現行の——」
そんなふうに言い合っていたところへ。
「マリアンナ」
背中の後ろから、静かな声。
振り返ると、クロード殿下が立っていた。……いつの間に?足音、消せるんですか?
「あ、殿下。どうされましたか?」
「何を、話してた?」
「エリオット殿と魔術理論について。第三属性の変換効率の話で、面白くて」
「……そうか」
クロードがエリオットを見る。
エリオットがクロードを見る。
空気が、わずかに冷える。
「……邪魔するなよ、三年生」
「邪魔してない。話に混ざっただけだ」
「用件があって来たんじゃないのか」
「マリアンナと話がしたかった」
「は?」
エリオットが眉を上げる。
私も、反射で瞬きをした。
「話が、したかった?」
「うん。学院生活に困ってることはないか、確認したかった」
「……いつも聞いてくれますね」
「セリア嬢とマリアンナのことは気にかけているから」
——なら、セリアの方に行ってくれた方が、クロードとセリアの仲が進展して、私には好都合なのだけれど。
「何か困ってることは?」
「特にないです。……あ、でも先日の聖属性魔法の課題で、一部参考文献が図書館で紛失していて困っているのですが」
「それは今日の放課後、一緒に別の文献を探そう」
「え?」
「図書館に詳しい司書を知っている。紹介できる」
「…………それは、ありがたいですが」
エリオットが私とクロードを交互に見て、「……なんか用が済んだなら俺は帰る」と吐き捨てるように去っていった。
背中が少しだけ尖っている。機嫌、悪い。
「殿下、最近私のところによく来られますね」
「そうか?」
「四回目です」
「数えてたのか」
「数えざるを得ないほど……」
クロードはわずかに口角を上げ、笑いを堪えているみたいな顔で。
「気になるというか……殿下には学院での大事なお仕事もあるだろうし、私のためにお時間を使わせてしまうのは申し訳なくて」
「マリアンナのためなら時間を使いたい」
「え」
「普通のことを言ったつもりだけど」
「普通ではないと思います……!」
思わず声が大きくなると、クロードがくすりと笑った。
笑わないで。心臓が忙しくなる。
「マリアンナって僕以外とは自然に話せるのに、僕に言われると動揺するね」
「攻略対象——ですから」
「攻略対象?」
「なんでもないです!!」
危ない。『攻略対象』は前世のゲーム用語だ。
私は口を押さえたくなる衝動をこらえて、咳払いで誤魔化した。
「とにかく、殿下に特別に時間を使っていただかなくても——」
「嫌か?」
「嫌、というわけでは……」
「じゃあいい」
「私としてはセリアの方に行ってもらいたいのですが」
「マリアンナが嫌でないなら、僕が会いに来ることに問題はないだろう」
言葉に詰まった。
確かに論理的には反論が難しい。
殿下、詭弁が上手い。……いや、詭弁じゃないのか?
「……殿下は、詭弁が上手ですね」
「詭弁じゃない。本音だよ」
翡翠色の目が、まっすぐに私を見る。
逃げ場がない。目を逸らしたら負ける気がして、でも見返せない。
「……」
私は結局、視線を逸らした。
(なんで殿下はそういうことを、さらっと言えるんですか……っ)
胸の奥がうるさい。
落ち着け、落ち着け。
これは殿下の『人を気遣う性格』からくる言動で、私個人への感情ではない。
ゲームでも殿下はそういうキャラだった——。
でも。
ゲームでのクロードは、こんなに能動的にセリアに会いに来るキャラだっただろうか?
クロードルートをプレイした記憶を引っ張り出す。
『好意はあるが自分からはあまり動かない』
『気づかれないように遠くから気にかけるタイプ』
たしか、そういう設定だったはずだ。
なのに今の殿下は、マリアンナのためなら時間を使いたいと、わざわざ口にする。
しかも、現れ方が露骨だ。偶然のふりが雑だ。
(……あれ?あれあれ?)
「マリアンナ?また考えごと?」
「……今日の放課後、図書館の件、よろしくお願いします」
「ああ、もちろん」
私は強引に話を戻すと、クロードは答えながら、やっぱりどこか面白がるような目をしていた。
(ゲームと違う……なんで?)
その疑問は、夜になっても解消されなかった。



