王立学院の敷地は、想像していたよりもずっと広かった。
本館、魔術棟、礼拝堂、演習場、図書館、そして各学年の寄宿舎。
それらが整然と並ぶさまは、まるで小さな街のようだ。
石畳の道を一本曲がるだけで景色が変わるし、鐘の音の響き方まで場所によって違う。
ゲームでは行けるところが限られていたから、ここまで広いとは思わなかった。
というか、思いたくなかった。広いと、死角も増える。
私とセリアは双子なので同じ寮の同室に配置された。
これは事前にお父様が手配してくれたものだが、ありがたいことこの上ない。
セリアのそばにいられるのは、守護者として最良の配置。
……そして姉としても、正直ほっとする。夜に一人にしなくて済む。
入学から最初の一週間は、主に各科目のオリエンテーションと寮生活の説明が続いた。
規則、時間割、礼拝の作法、食堂の席順。覚えることだらけで、普通ならそれだけで手一杯。
でも私は、その合間にもゲームの知識をフル活用して、危険の芽を探し続けた。息をするみたいに。
まず確認したのは、『影の教団』の学院内工作員。
ゲームの設定では、『影の教団』は学院の中にもスパイを潜入させていた。
その一人が、一年生担当の補佐教師——フォスター助教。
実際に顔を見た瞬間、背中がひやりとした。
「やっぱりこの人か」と、確信してしまったから。
ゲームのスチルで見た、少し陰のある中年男性。
書類仕事ができる『真面目な助教』として信頼されているが、内心は教団の指示に従って動いている。
(直接どうこうは、まだできない。でも——)
目を光らせておく必要がある。
フォスター助教が動くのは、セリアが孤立した隙をついてくる場面だ。
なら、その『孤立した隙』を作らせない。
当面の対策は、それで十分。派手に動くとこちらが目立つ。目立ったら、狙われる。
次に、学院内での人間関係の地図を把握した。
クロードは三年生として在籍しており、一年生の私たちとは授業が被らない。
ただし礼拝の時間や食堂など、共有スペースでは顔を合わせる機会がある。
『偶然』に見える出会いを作れる場所——そこは、覚えておく。
ランベルトは同じ一年生だった。
騎士科に所属しているが、一般教養の授業は共通。
エリオットも同じ一年生で、魔術科所属。
アレクシスは三月後に転入予定。嵐は予定どおり、後から来る。
そして、その『日常』の中で——もう、動き始めていた。
「ねえ、マリアンナ。なんか、ランベルトさんって感じのいい人だね」
机を並べた授業の合間に、セリアが小声で言った。
セリアの視線の先で、ランベルトが同席の生徒たちと談笑している。
笑うと目が少し細くなる。声が大きすぎない。
誰にでも同じ距離で接する。……うん、分かる。分かるんだけど。
(ああ、もうフラグが立ち始めてる……!!)
ゲームでのランベルトは、最初にセリアと仲良くなる攻略対象だ。
親しみやすく、正義感が強く、セリアに対して最初から自然に接してくれる。
セリアにとってはとっつきやすい存在で、だからこそ好感度が上がりやすい。
でも——ランベルトルートのエンディングは、バッドエンドだ。
セリアを守るために身を盾にして致命傷を負い、息を引き取る。
プレイヤーが号泣必至のルートとして有名だった。
守ってくれる人ほど先にいなくなる、その残酷さを私は知っている。
(そのルートにだけは、させない。フラグをバッキバキに折らないと!)
「友達になれるかなぁ」
「なれると思う。でもセリア、一人の人とばかり仲良くするより、色んな人と広く交流した方がいいよ」
「どうして?」
「学院の友達は一生の財産になるから」
嘘ではない。
ただ、セリアが特定の攻略対象と『二人の世界』に入り込まないための布石でもあった。
クロードルート以外に深入りしてほしくない。……言えないけど。
「マリアンナ、今日も計画してる顔してる」
「してない」
「してるってば」
セリアがくすくす笑う。
(あまりにも同じ時間を過ごしたせいか、ばれることが増えた……)
それはともかく。
学院生活の第一章は、こうして穏やかに幕を開けた。
穏やかに見えるだけで、私の中ではもう、いくつも歯車が回り始めている。
本館、魔術棟、礼拝堂、演習場、図書館、そして各学年の寄宿舎。
それらが整然と並ぶさまは、まるで小さな街のようだ。
石畳の道を一本曲がるだけで景色が変わるし、鐘の音の響き方まで場所によって違う。
ゲームでは行けるところが限られていたから、ここまで広いとは思わなかった。
というか、思いたくなかった。広いと、死角も増える。
私とセリアは双子なので同じ寮の同室に配置された。
これは事前にお父様が手配してくれたものだが、ありがたいことこの上ない。
セリアのそばにいられるのは、守護者として最良の配置。
……そして姉としても、正直ほっとする。夜に一人にしなくて済む。
入学から最初の一週間は、主に各科目のオリエンテーションと寮生活の説明が続いた。
規則、時間割、礼拝の作法、食堂の席順。覚えることだらけで、普通ならそれだけで手一杯。
でも私は、その合間にもゲームの知識をフル活用して、危険の芽を探し続けた。息をするみたいに。
まず確認したのは、『影の教団』の学院内工作員。
ゲームの設定では、『影の教団』は学院の中にもスパイを潜入させていた。
その一人が、一年生担当の補佐教師——フォスター助教。
実際に顔を見た瞬間、背中がひやりとした。
「やっぱりこの人か」と、確信してしまったから。
ゲームのスチルで見た、少し陰のある中年男性。
書類仕事ができる『真面目な助教』として信頼されているが、内心は教団の指示に従って動いている。
(直接どうこうは、まだできない。でも——)
目を光らせておく必要がある。
フォスター助教が動くのは、セリアが孤立した隙をついてくる場面だ。
なら、その『孤立した隙』を作らせない。
当面の対策は、それで十分。派手に動くとこちらが目立つ。目立ったら、狙われる。
次に、学院内での人間関係の地図を把握した。
クロードは三年生として在籍しており、一年生の私たちとは授業が被らない。
ただし礼拝の時間や食堂など、共有スペースでは顔を合わせる機会がある。
『偶然』に見える出会いを作れる場所——そこは、覚えておく。
ランベルトは同じ一年生だった。
騎士科に所属しているが、一般教養の授業は共通。
エリオットも同じ一年生で、魔術科所属。
アレクシスは三月後に転入予定。嵐は予定どおり、後から来る。
そして、その『日常』の中で——もう、動き始めていた。
「ねえ、マリアンナ。なんか、ランベルトさんって感じのいい人だね」
机を並べた授業の合間に、セリアが小声で言った。
セリアの視線の先で、ランベルトが同席の生徒たちと談笑している。
笑うと目が少し細くなる。声が大きすぎない。
誰にでも同じ距離で接する。……うん、分かる。分かるんだけど。
(ああ、もうフラグが立ち始めてる……!!)
ゲームでのランベルトは、最初にセリアと仲良くなる攻略対象だ。
親しみやすく、正義感が強く、セリアに対して最初から自然に接してくれる。
セリアにとってはとっつきやすい存在で、だからこそ好感度が上がりやすい。
でも——ランベルトルートのエンディングは、バッドエンドだ。
セリアを守るために身を盾にして致命傷を負い、息を引き取る。
プレイヤーが号泣必至のルートとして有名だった。
守ってくれる人ほど先にいなくなる、その残酷さを私は知っている。
(そのルートにだけは、させない。フラグをバッキバキに折らないと!)
「友達になれるかなぁ」
「なれると思う。でもセリア、一人の人とばかり仲良くするより、色んな人と広く交流した方がいいよ」
「どうして?」
「学院の友達は一生の財産になるから」
嘘ではない。
ただ、セリアが特定の攻略対象と『二人の世界』に入り込まないための布石でもあった。
クロードルート以外に深入りしてほしくない。……言えないけど。
「マリアンナ、今日も計画してる顔してる」
「してない」
「してるってば」
セリアがくすくす笑う。
(あまりにも同じ時間を過ごしたせいか、ばれることが増えた……)
それはともかく。
学院生活の第一章は、こうして穏やかに幕を開けた。
穏やかに見えるだけで、私の中ではもう、いくつも歯車が回り始めている。



