聖女の双子の姉に転生しましたが攻略対象の様子がおかしい~妹のために動いたら、私が落とされました~

翌朝、セリアが私の顔を覗き込んで、首を傾げた。

「マリアンナ、目のくま、すごいよ。眠れなかったの?」
「……うん、ちょっとね」
「ちょっと、って顔じゃないよ。なんかあった?」
「なんもない」
「嘘つき」

さらっと言い切って、セリアは私の隣に腰を下ろした。
カップを温めるように両手で包み、慣れた手つきで紅茶を淹れてくれる。
湯気がふわっと立ち上って、香りが鼻先をくすぐった。
……こういうところ、無駄に優しい。だから余計に好きになってしまう。

「ほら。飲んで。少し落ち着くよ」

差し出されたカップを受け取ると、指先までじんわり温かくなる。
なのに心臓だけが、まだ寝不足のくせに元気だ。

「マリアンナ、最近、殿下と話すたびに変な顔してるよね」
「変な顔……?」
「うん。なんか、少し嬉しそうで、でも困ってるみたいな顔」
「……気のせいだよ」
「気のせいじゃないと思う」

セリアは軽く笑うんじゃなく、真剣な目で私を見た。
その真面目さが逆に怖い。聖女の直感って、こういう時にだけ鋭いの、なんで。

「マリアンナ、クロード殿下のことが好き?」
「ち、違う!!そんなのありえない!」
「……顔が赤い」
「暑い!!今日暑いから!!」
「今日、曇りだけど」
「……」

逃げ場がない。
私は紅茶のカップを両手で持って、湯気の向こうに視線を隠すみたいにして必死にセリアから目を逸らした。

「好きとか、そういうんじゃなくて……ただ、話していると楽しい人だな、とは思うけど。あと、殿下の人格がすぐれているから会話が成立するだけで、私個人の感情とは——」
「マリアンナ」

セリアが、優しく割り込んだ。
声のトーンが、子どもの頃に私が熱を出した時みたいに柔らかい。

「好きでいいんじゃないの?」
「良くない!!あなたがクロードルート——いや、殿下と結ばれるべきで、私は——」
「えっ、私が?」

セリアが目を丸くした。
本当に驚いている顔。演技じゃない。
胸の奥がすっと冷える。

「私が殿下と……?なんで?」
「な、なんでって……だってあなたは聖女で、殿下は王太子で……ゲーム的に……」
「ゲーム?」

まずいことを言いかけて、私は言葉を詰まらせた。
舌が乾く。カップを口に運んでも、うまく飲み込めない。

セリアはしばらく私を見てから、不思議そうに首を傾げた。

「ゲームって、なに?何かゲームがあるの?」
「い、いや……なんでもない。忘れて」
「……マリアンナ、たまにそういう変なことを言うよね」
「本当になんでもないから……!」

声が上ずって、自分でも情けない。
セリアはまだ少し首を傾けていたが、やがて、ふっと表情を和らげた。

「まあ、でも……私は殿下のこと、そういうふうには見てないかな。今のところ」
「…………」
「ただ、マリアンナが殿下のことを好きなら、それは応援したいな」
「応援なんて……」
「だってさ。マリアンナ、私のことを心配して色々やってくれてるの、知ってるよ」

セリアは指を折るみたいに言葉を並べた。

「『影の教団』の使者のこととか、いつも先に気づいてくれること。クロード殿下に私をアピールしてくれてること。ぜんぶ、私のためでしょ」

その言い方が、優しいのに、逃げられない。
私は一瞬、声が出なくなった。
紅茶の表面だけが、静かに揺れている。

「……ありがとう、マリアンナ。でもね」

セリアはにこっと笑った。
その笑顔が、昔からずっと私の弱点だ。

「私のために、マリアンナが自分を犠牲にするのは、私は嫌だな」
「犠牲なんて……」
「クロード殿下を好きなのに、私のためにって気持ちを押し込めてるなら、それって犠牲じゃないの?」

私はしばらく黙っていた。
反論の言葉はいくらでも作れるのに、胸の奥が詰まって、音にならない。

(……でも)

「セリアには幸せになってほしい。それが一番なんだ」
「わかってる。マリアンナがそう思ってるの、ぜんぶわかってる。でも——」

セリアは立ち上がって、私の頭をぽんぽんと撫でる。
姉の私が妹に頭を撫でられるというのも変な話だが、その手は驚くほど落ち着いていて、なぜかそれがとても心地よかった。
撫でられたところから、固くなっていた何かが少しだけほどける。

「私はちゃんと幸せになるから、安心してね。マリアンナに心配してもらわなくても大丈夫だから」
「……でも、セリアには悲しい運命が——」
「ねえ、マリアンナ」

セリアが静かに言った。
その声が、少しだけ大人びて聞こえて、私は息を止める。

「私も、ちゃんと考えてるよ。自分の未来のこと」

その言葉の重さが、胸の奥に落ちた。
引っかかる。けれど、うまく言葉が続かない。
続けたら、何かを聞いてしまいそうで怖い。

「……今日は、話はここまで。ね」
「……うん」

セリアはカップを片づけながら、いつもの笑顔に戻った。

「今日のお稽古、一緒に頑張ろう」
「……うん」

私はまだ少しどきどきしている心臓を抑えながら、セリアの後ろをついていった。
背中は小さいのに、妙に頼もしく見えるのが、いちばん困る。