あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 一方その頃。
 九条家の自室へ戻った綾乃は、荒々しく襖を閉めた。

 「……ぁああっ!」

 がしゃん――!!

 鋭い音が響き渡る。

 鏡台の上に置かれていた化粧瓶が、床へ叩き落とされて砕け散った。

 綾乃は肩を震わせながら、荒い呼吸を繰り返す。

 脳裏へ焼き付いて離れない。

 白銀の髪。
 冷たい紫の瞳。

 そして。
 あの鬼の腕の中で、守られるように抱き寄せられていた奈津の姿。

 「……どうして」

 ぎり、と歯を噛み締める。

 どうして、お姉様なの?

 霊力も弱くて。
 役立たずで。
 誰にも必要とされなかったくせに。

 どうして。
 どうしてあんな風に選ばれているの?

 綾乃の肩が震える。

 お姉様は、ずっと私の後ろにいるはずだった。

 私を羨んで。
 私を見上げて。
 私より先へ行くはずがなかった。

 ――私だけを見ているはずだった。

 ぎり、と歯を噛み締める。

 どうして。

 どうして私を見なくなるの?
 どうして私を置いていくの?

 胸の奥で渦巻く感情の正体を、綾乃自身も理解できなかった。

 ただ苦しかった。

 奈津が自分へ逆らったことも。
 奈津が自分の手から離れていったことも。

 そして何より――

 あんなにも幸せそうな顔をしていたことが。

 許せなかった。

 「ふざけないで……!」
 
 綾乃の感情に呼応するように、空気がびりりと震えた。
 
 次の瞬間。

 ばきっ――!

 鏡台の鏡へ蜘蛛の巣のような亀裂が走る。

 張り付けていた笑みは、もうどこにもなかった。
 
 「お姉様は……」

 綾乃の唇が、ゆっくり吊り上がる。

 「一生、惨めでいなきゃ駄目なのよ」

 低く、昏い声だった。

 割れた鏡の中で。
 綾乃の瞳だけが、どろりと濁っていた。