あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 「なっ……!?」

 「共存だと……!?」

 動揺が広がる。

 そんな周囲など気にした様子もなく、蔵馬は奈津へ視線を向けた。

 「九条奈津さん」

 穏やかな声。

 「あなたは、自分の意志で幽世へ行くのですね?」

 奈津は、ぎゅっと勾玉を握る。

 そして、迷わず頷いた。

 「……はい」

 蔵馬は静かに目を細めた。

 「それは素晴らしいことだ」

 周囲がざわめく。

 「まさか人間の中で、妖に――それも堂目道家当主に認められる存在が現れるとは」

 蔵馬は微笑む。
 完璧な笑みだった。

 「一条家当主として、九条奈津さんの幽世行きを認めましょう」

 「蔵馬様!?」

 父が青ざめた声を上げる。

 だが蔵馬は視線すら向けない。

 「彼女の存在は、人間と妖の共存への橋掛けとなるやもしれません」

 そう言って、奈津へ穏やかな視線を向ける。

 「どうか、お気をつけて」

 奈津は目を見開いた。

 そして蔵馬は、今度は紫鬼へ向き直る。

 「紫鬼様」

 柔らかな笑みを浮かべたまま、静かに右手を差し出した。

 「今後とも、良き関係を築ければ幸いです」

 差し出された手。
 広間中の視線が、そこへ集まっていた。

 人間の頂点。
 妖の頂点。

 決して交わるはずのない存在同士。

 「……随分と面白いことを言う」

 低い声が落ちる。
 紫鬼が、その手を取ることはなかった。

 代わりに、冷え切った紫の瞳で蔵馬を見据えた。

 「人間と妖の共存、か」

 その声音には、僅かな嘲りが混じっていた。

 蔵馬は微笑を崩さない。

 「ええ」

 静かな声。

 「それが、私の目指す未来です」

 奈津は何故か、背筋へ冷たいものが走るのを感じた。

 紫鬼は、しばらく無言で蔵馬を見つめていた。

 やがて。

 「……くだらん」

 吐き捨てるように言う。

 その瞬間、広間の空気がぴり、と震えた。

 けれど蔵馬は怯まない。

 「それでも」

 蔵馬は静かに笑った。

 「貴方は今、人間を守っている」

 紫鬼は答えない。
 ただ奈津を抱く腕だけが、微かに強まる。

 その沈黙をどう受け取ったのか。

 蔵馬はふっと微笑んだ。

 「本日は、大変興味深いものを見せていただきました」
 
 紫鬼は蔵馬を一瞥すると、興味を失ったように視線を外す。

 「行くぞ」

 「……はい」

 奈津は小さく頷いた。
 

 「待って……!」

 綾乃の声が、広間へ響いた。