あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 奈津はゆっくり紫鬼を見上げた。

 紫の瞳と、視線が重なる。
 胸が苦しいほど熱かった。

 「紫鬼様」

 声が震える。

 けれど、もう逸らしたくなかった。

 「私を――幽世へ連れて行ってください」

 一瞬の静寂。
 奈津の胸元で、僅かに灯り続ける勾玉。

 「これからも……あなたの隣にいても、いいですか」

 紫鬼の瞳が、僅かに揺れた。

 広間を満たす静寂。
 誰も、言葉を発せなかった。

 紫鬼は奈津を見つめたまま、しばらく何も言わない。

 深い紫の瞳が、まるで奈津の奥底まで覗き込むみたいだった。

 やがて。
 紫鬼の指先が、奈津の頬へそっと触れる。

 「……今さら何を言う」

 低い声。
 けれどその響きは、どこか柔らかかった。

 奈津が目を見開く。
 
 「お前の居場所は、最初から幽世だ」

 その言葉に、奈津の喉が震えた。

 熱いものが込み上げる。
 泣きそうになるのを堪えるように、奈津はぎゅっと唇を噛んだ。

 「っ……」

 紫鬼はそんな奈津を見下ろし、僅かに眉を寄せる。

 「泣くな」

 そう言うくせに。
 奈津を抱く腕は、先ほどよりずっと優しかった。

 綾乃は、その光景を前に立ち尽くしていた。

 広間がざわめく。
 綾乃の呼吸が乱れる。
 紫鬼はもう、少しも自分を見ていなかった。

 視線も。
 言葉も。

 触れる指先も。
 守るような腕も。

 そのすべてが、奈津へ向けられている。

 胸の奥が、焼けるみたいに熱かった。

 「お姉様は……!」

 思わず、声が漏れる。
 
 綾乃ははっとしたように唇を噛んだ。

 けれど、一度溢れた感情は止まらなかった。

 「お姉様は、出来損ないだったじゃない……!」

 広間が静まり返る。

 「霊力だって弱くて……役立たずで……!」

 息が乱れる。

 「なのに、どうして……!」

 どうして、お姉様なの?

 喉元まで込み上げた言葉を、綾乃は飲み込めなかった。
 紫鬼は、そんな綾乃を冷たく見下ろす。

 「勘違いするな」

 低い声が落ちる。
 その瞬間、綾乃の背筋がぞくりと震えた。

 「奈津は、お前たちのような愚かな人間とは違う」

 広間が静まり返る。
 紫鬼はより強く、守るように奈津を引き寄せた。

 「――俺がそばに置くのは、奈津だけだ」

 その言葉に、奈津が目を見開く。

 綾乃の顔から、さっと血の気が引いた。

 広間の空気が変わる。
 先ほどまで奈津へ向けられていた侮蔑の視線が、動揺へ変わっていく。

 妖の頂点に選ばれた存在。
 それが今の奈津だった。