あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 (……そっか)

 本当は私、ずっと助けてほしかった。

 出来損ないと呼ぶ家族から。
 自分を必要としない、この世界から。

 人と妖。
 決して相容れない存在だった私たち。

 私は紫鬼を救ったのかもしれない。
 
 けれど同時に。
 
 私もまた、救われていた。

 張り詰めていた糸が切れたように、全身から力が抜ける。
 先ほどまでの苦しさは、嘘みたいに消えていた。
 
 くたりと体重を預けた奈津を、紫鬼は何も言わず支える。

 
 綾乃は呆然と、その姿を見つめていた。

 月光を溶かしたような髪。
 底の見えない紫の瞳。

 人離れした端正さを宿した顔立ち。

 美しい――
 そんな言葉では、とても足りない。

 濃密な妖気が、広間を支配していた。

 恐ろしいはずなのに、目を逸らせない。

 ただそこに立っているだけで、空気そのものが塗り替えられていく。

 誰も動けなかった。

 息をすることすら忘れたように、ただその存在へ呑まれている。

 永遠みたいな静寂が、広間を満たしていた。

 綾乃が、小さく息を呑む。

 (……綺麗……)

 こんな存在、見たことがない。

 その瞬間。
 紫鬼の視線が、ゆっくり綾乃へ向いた。

 「……っ」

 ぞくり、と背筋が震える。

 先ほどまで奈津へ向けられていた眼差しとは、まるで違う。

 氷のように冷たい紫の瞳が、綾乃を射抜いていた。

 「随分と好き勝手やっていたようだな」

 静かな声だった。
 それなのに、底冷えするような怒気が滲んでいる。

 漏れ出す妖気に、綾乃の肌が粟立つ。

 「妖に向けるはずのもの(霊力)を、人間――それも姉に向けるとは」

 綾乃は微かに呼吸を乱しながら、それでもゆっくりと口元へ笑みを浮かべた。

 「……何のことでしょう?」

 その時だった。

 「待て!」

 鋭い声が、広間へ響き渡る。

 その場に集まっていた祓い屋たちが、一斉に霊力を解放した。

 空気が張り詰める。

 刀へ手を掛ける者。
 札を構える者。
 
 この祝宴へ集められた者たちは、祓い屋の中でも名を上げてきた実力者ばかりだった。

 その誰もが、紫鬼へ鋭い警戒の視線を向けている。

 「妖が勝手に現世へ干渉することは禁じられている!」

 広間が、一気に殺気立った。

 だが。
 紫鬼は動かない。

 奈津を抱き寄せたまま、ただ静かに視線を向ける。

 その瞬間。

 「っ……!?」

 祓い屋たちの顔色が変わった。

 霊力が、練れない。
 
 刀を抜こうとしていた腕が、ぴたりと止まる。
 札を持つ指先が、震えた。

 身体が動かない。
 まるで、魂そのものを押さえつけられているみたいだった。

 紫鬼は一歩も動いていない。

 ただ、そこに立っているだけ。

 それだけで。
 歴戦の祓い屋たちが、誰一人として手出し出来なくなっていた。

 広間へ、重苦しい沈黙が落ちる。

 「……まさか」

 震える声が漏れた。

 老年の男が、信じられないものを見るように白銀の鬼を見つめている。

 「堂目道……紫鬼……?」

 ざわり、と空気が揺れた。