あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 一条家の本邸は、九条家とは比べ物にならないほど壮麗だった。

 広大な庭園。
 眩い灯り。
 磨き上げられた洋風建築。

 祝宴のために集められた客人たちの笑い声と、楽団の演奏が広間へ響いている。

 まるで別世界だった。

 立食形式の会場には、祓い屋関係者や華族、政界の人間たちまで顔を揃えている。

 男たちは洒落た洋装に身を包み、女たちは華やかな着物やドレスを纏っていた。

 奈津は会場の隅で、小さく身を縮こませる。

 向けられる視線が痛かった。

 「あれが九条家の……」
 「男と逃げたという娘でしょう?」

 「戻ってきていたのね」
 「しかし、もう嫁の貰い手なんてないも同然だろう」

 ひそひそと交わされる声に、奈津は俯く。

 居心地が悪い。
 
 胸の奥が、じわりと冷えていく。

 こんな時。
 思い出してしまうのは、幽世だった。

 静かな空気。
 柔らかな灯り。
 コマたちの賑やかな声。

 そして。
 深い紫の瞳。

 胸元へ触れる。
 着物の下に隠した勾玉は、今もほんのり温かかった。

 その時。
 
 ざわり、と会場が揺れる。

 「蔵馬(くらま)様だ……!」

 人々の視線が壇上へ集まった。

 奈津も顔を上げる。

 一人の青年が、ゆっくりと壇上へ姿を現した。

 艶のある黒髪は丁寧に整えられ、端正な顔立ちには穏やかな笑みが浮かんでいる。
 
 二十四歳という若さを感じさせないほど落ち着いた雰囲気。
 細身の体躯へ纏った濃紺の羽織もよく似合っていた。

 一条家新当主、一条蔵馬(いちじょうくらま)

 人当たりも良く、非の打ち所がない。
 
 誰もが見惚れるような美丈夫だった。

 「本日は、皆様お集まりいただき感謝申し上げます」

 穏やかな声が広間へ響く。

 その立ち振る舞いには、すでに一条家当主としての風格すら漂っていた。

 けれど。
 奈津は昔から、何故か蔵馬が苦手だった。

 人当たりも良く、いつも穏やかに笑っている。

 なのに時折、その笑顔の奥にひやりとしたものを感じることがある。

 理由は分からない。
 ただ、その目を見ると不思議と落ち着かなかった。

 不意に。
 蔵馬の視線が、奈津へ向いた。

 「っ……」

 一瞬、目が合う。
 奈津は慌てて視線を逸らした。

 胸の奥が、妙にざわついていた。