九条家の居間には、重苦しい空気が満ちていた。
奈津は畳へ額がつくほど深く頭を下げている。
向かい側には、父と母。
そして綾乃が座っていた。
「よくのうのうと顔を出せたものだな」
父の冷えた声が落ちる。
「東堂家の後妻という役目すら果たさず逃げ出した。お前のせいで、どれだけ損害が出たと思っている」
奈津は唇を噛み締める。
母も、汚れでも見るような目を奈津へ向けた。
「男と駆け落ちしただの、変な噂まで立てられて……本当に恥をかいたわ」
「まったく、お前は九条家の恥よ」
静かな侮蔑。
昔なら、その言葉だけで身体が竦んでいた。
「まあまあ、お父様、お母様」
綾乃がくすりと笑う。
「せっかくお姉様が帰ってきてくださったのだから」
柔らかな声音。
けれど、その瞳には嘲りが滲んでいた。
綾乃は奈津を上から下まで眺める。
「……お姉様、随分いい着物を着ているのね」
奈津の肩がぴくりと揺れる。
幽世で用意された着物は、九条家にいた頃のものより遥かに上質だった。
「無一文で出て行ったはずなのに」
綾乃は小首を傾げる。
「一体、どこで暮らしていたの?」
奈津は答えに詰まる。
幽世のことなど話せるはずがない。
綾乃はそんな奈津を見て、ふっと笑った。
「まあ、いいわ」
そして、どこか誇らしげに口を開く。
「お姉様はもう聞いたかしら?」
「一条家当主が急逝して、蔵馬様が新当主になられたの」
奈津は小さく目を見開く。
「そして私が――蔵馬様の花嫁候補に選ばれたのよ」
母が嬉しそうに笑う。
「一条家の次期当主様に見初められるなんて、綾乃は本当に立派だわ」
奈津と違って。
その言葉が、口にされなくても伝わってくる。
父も満足げに頷いた。
「これで九条家も安泰だ」
綾乃は嬉しそうに頬へ手を当てる。
「それでね、今度一条家で祝宴が開かれることになったの」
「そこで私が花嫁候補に選ばれたことも、お披露目されるのよ」
そして。
綾乃は、にっこりと笑った。
「是非、お姉様もいらしてね」
奈津は目を瞬かせる。
「……え?」
胸の奥が、嫌な予感でざわつく。
「……私が行く必要は」
ない、と言いかけたとき。
「絶対よ、お姉様」
綾乃の笑みが、ゆっくり深くなる。
「妹の晴れ舞台を、お祝いしてくださるでしょう?」
奈津は畳へ額がつくほど深く頭を下げている。
向かい側には、父と母。
そして綾乃が座っていた。
「よくのうのうと顔を出せたものだな」
父の冷えた声が落ちる。
「東堂家の後妻という役目すら果たさず逃げ出した。お前のせいで、どれだけ損害が出たと思っている」
奈津は唇を噛み締める。
母も、汚れでも見るような目を奈津へ向けた。
「男と駆け落ちしただの、変な噂まで立てられて……本当に恥をかいたわ」
「まったく、お前は九条家の恥よ」
静かな侮蔑。
昔なら、その言葉だけで身体が竦んでいた。
「まあまあ、お父様、お母様」
綾乃がくすりと笑う。
「せっかくお姉様が帰ってきてくださったのだから」
柔らかな声音。
けれど、その瞳には嘲りが滲んでいた。
綾乃は奈津を上から下まで眺める。
「……お姉様、随分いい着物を着ているのね」
奈津の肩がぴくりと揺れる。
幽世で用意された着物は、九条家にいた頃のものより遥かに上質だった。
「無一文で出て行ったはずなのに」
綾乃は小首を傾げる。
「一体、どこで暮らしていたの?」
奈津は答えに詰まる。
幽世のことなど話せるはずがない。
綾乃はそんな奈津を見て、ふっと笑った。
「まあ、いいわ」
そして、どこか誇らしげに口を開く。
「お姉様はもう聞いたかしら?」
「一条家当主が急逝して、蔵馬様が新当主になられたの」
奈津は小さく目を見開く。
「そして私が――蔵馬様の花嫁候補に選ばれたのよ」
母が嬉しそうに笑う。
「一条家の次期当主様に見初められるなんて、綾乃は本当に立派だわ」
奈津と違って。
その言葉が、口にされなくても伝わってくる。
父も満足げに頷いた。
「これで九条家も安泰だ」
綾乃は嬉しそうに頬へ手を当てる。
「それでね、今度一条家で祝宴が開かれることになったの」
「そこで私が花嫁候補に選ばれたことも、お披露目されるのよ」
そして。
綾乃は、にっこりと笑った。
「是非、お姉様もいらしてね」
奈津は目を瞬かせる。
「……え?」
胸の奥が、嫌な予感でざわつく。
「……私が行く必要は」
ない、と言いかけたとき。
「絶対よ、お姉様」
綾乃の笑みが、ゆっくり深くなる。
「妹の晴れ舞台を、お祝いしてくださるでしょう?」

