あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜


 「いや、じゃなくて……」

 一歩、奈津へ近づいた。

 「今まで、一体どこにいたんだ」

 苦しげな声だった。

 「急にいなくなって……ずっと探してた」

 奈津は僅かに目を見開く。

 昔の自分なら。
 その言葉だけで救われた気になっていたかもしれない。

 心配してほしかった。
 見つけてほしかった。
 
 ――迎えに来てほしかった。
 
 でも――今は、不思議なほど心が揺れなかった。

 「……お元気でしたか」

 静かに問い返す。
 洋司は苦笑するように視線を落とした。

 「奈津がいなくなってから、色々あってな……」

 少しの沈黙。

 「綾乃とは終わった」

 奈津は目を瞬かせる。
 洋司はどこか疲れたように笑った。

 「俺、何も見えてなかったんだ」
 「綾乃は……俺が思ってたような人じゃなかった」

 奈津は黙ったまま、洋司を見る。

 「別れる時に言われたよ」

 洋司は自嘲するように笑った。

 「もう俺には興味がないって」

 「奈津のことも……虐められたとか、全部嘘だったって」
 
 奈津は静かに目を伏せた。
 
 やっと、分かってもらえた。
 それなのに、胸の奥は不思議なくらい静かなままだった。

 「……奈津」

 洋司が苦しげに眉を寄せる。

 「ごめん」

 絞り出すような声だった。

 「俺、奈津のこと何も分かってなかった」

 奈津は静かに洋司を見る。

 「傷つけてばっかりだったよな」

 洋司は自嘲するように笑った。

 「今さらこんなこと言っても遅いって分かってる」

 少しの沈黙。
 河川敷を風が吹き抜ける。

 「……でも」

 洋司は奈津を真っ直ぐ見つめた。

 「もし、許してもらえるなら」

 その声は、どこか縋るようだった。

 「もう一度、やり直せないかな」

 奈津は目を見開く。

 「俺たち」

 静かな沈黙が落ちる。

 奈津の脳裏に浮かぶのは、ただひとり。
 
 白銀の髪と、深い紫の瞳。
 自分へ寄りかかるように眠っていた温もり。

 『お前の隣は、息がしやすい』

 低い声が、耳の奥で蘇る。

 胸が、きゅう、と締め付けられた。

 ――違う。

 もう、自分の心は。

 奈津は小さく息を吐いた。

 「……もう、大丈夫です」

 洋司が顔を上げる。

 「奈津……」

 「私、もう平気だから。
 ……洋司さんも、自分の人生を生きて」

 その声は、自分でも驚くほど穏やかだった。

 洋司は何かを言いかける。
 けれど結局、何も言えないまま唇を閉ざした。

 奈津は小さく頭を下げる。

 「失礼します」

 そうして洋司の横を通り過ぎる。

 呼び止める声は、もう聞こえなかった。