あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 「あ……」

 奈津は小さく声を漏らす。
 
 紫鬼の髪へ、小さな葉が引っかかっていた。
 紫鬼が視線を向ける。

 「何だ」

 「えっと……葉っぱ、ついてます」

 奈津が指差した瞬間。

 近くにいた妖たちが、ぴたりと動きを止めた。

 空気が静まる。
 だが紫鬼は特に気にした様子もなく。

 無言のまま、奈津へ僅かに身を屈めた。

 ――取れ、ということらしい。

 「え、あ……」

 奈津は戸惑いながらも、そっと白銀の髪へ触れる。

 さらり、と指先を髪が滑った。
 そのまま角へ指先がかすめる。
 
 陽射しを受けた紫の瞳の奥で、淡い光が静かに揺れる。

 それでも、その視線は奈津を捉えたまま逸らされない。
 
 奈津は小さな葉を摘まんだ。

 「と、取れました」

 「そうか」

 紫鬼は何事もなかったように頷く。

 だが。
 周囲の妖たちは完全に固まっていた。

 ――触った。

 今の、誰もが近寄りがたい空気を纏っていた紫鬼へ。

 しかも本人が拒まなかった。

 沈黙の中。
 最初に口を開いたのは夜刀だった。

 「……お前、やっぱ変だな」

 「えっ?」

 「紫鬼様にあんな普通に触れるやつ、初めて見たぞ」

 「そ、そんなつもりじゃ……」

 奈津が困ったように笑う。
 夜刀は呆れたように肩を竦めた。

 「いや普通無理だからな?」

 「俺らなんか、角に触りでもしようなら――」

 「夜刀」

 静かな声が落ちた。
 ぴたり、と空気が冷える。

 夜刀が顔を上げた。

 紫鬼がじっとこちらを見ている。
 その視線には、どこか刺々しいものが混じっていた。

 「……何ですか」

 夜刀が怪訝そうに眉を寄せる。
 
 だが紫鬼は答えず、奈津へ視線を向けた。

 「奈津」

 「は、はい」

 「来い」

 「え?」

 紫鬼は立ち上がる。

 「少し付き合え」

 「え、でも……」

 奈津は戸惑ったように夜刀を見る。

 夜刀は何とも言えない顔でひらひらと手を振った。

 「あー、いいから。行ってこい」

 そのまま紫鬼は奈津の手首を軽く引き、中庭を後にした。

 残された妖たちは、呆然とその背を見送っている。

 「し、紫鬼様……怒ってました?」

 コマが恐る恐る尋ねる。

 夜刀はぽり、と頭を掻いた。

 「いや、怒ってたっていうか……」

 何かを察したように、遠い目になる。

 「ほんと、どうなってんだよあいつは……」