あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 堂目道家の屋敷には、少しずつ活気が戻り始めていた。

 これまで張り詰めていた空気は和らぎ、廊下を行き交う妖たちの表情にも余裕が見える。

 「癒し子様、おはようございます」

 「あ……お、おはようございます」

 奈津はぺこりと頭を下げた。

 以前なら、妖たちは奈津へまともに近づこうともしなかった。
 それどころか、人間である奈津を露骨に警戒していた。

 だが今は違う。

 向けられる視線に、敵意はない。

 むしろ。
 “人間”という異質な存在に慣れないながら、どこか大切に扱おうとしている空気すらあった。

 ――癒し子様。

 そう呼ばれるたび、奈津は未だに落ち着かない。

 けれど。

 嫌では、なかった。

 「はい、奈津様。そこで火を少し弱めてください」

 「こ、こうですか?」

 「ええ、お上手ですよ」

 九重が穏やかに微笑む。

 奈津は薬湯の入った鍋を見つめながら、小さく息を吐いた。

 紫鬼の療養用に作っている薬湯だ。

 独特の香りと苦味が強く、夜刀などは「地獄みてぇな味」と評していた。

 だが紫鬼の身体には必要らしい。

 「大分、手慣れてきましたねぇ」

 「ほ、本当ですか?」

 「ええ。最初は危なっかしかったですが」

 「うっ……」

 奈津は少し肩を縮こまらせた。

 九重がくすりと笑った。

 「ですが、紫鬼様も奈津様が作ったものなら素直に飲まれますし」

 「え?」

 「以前は薬湯自体、あまり好まれておりませんでしたから」

 奈津はぱちぱちと瞬きを繰り返した。

 あの紫鬼にも、苦手なものがあるのだろうか。

 少しだけ意外で。
 同時に、なんだか可笑しくなる。


 薬湯の乗った盆を持ち、奈津は九重と共に紫鬼の部屋へ向かった。

 障子を開ける。

 室内には、既に夜刀とコマの姿があった。

 「お、来たか」

 夜刀が奈津の持つ盆を見るなり、露骨に顔をしかめる。

 「うげ。それ、すげぇ苦ぇやつだろ」

 「えっ、そんなに……?」

 「飲めば分かる」

 夜刀は心底嫌そうな顔をした。

 その横で、コマがぶんぶん尻尾を振る。

 「奈津様の薬湯、ちゃんと効いてるんですよ!」

 紫鬼は、窓際へ置かれた長椅子へ腰掛けていた。

 静かにこちらへ視線が向く。

 その眼差しに、奈津は思わず背筋を伸ばした。

 少しずつ今の紫鬼にも慣れてきたとはいえ、真正面から見られるとやはりまだ落ち着かない。