あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 部屋へ入った紫鬼は、奈津の向かいへ静かに腰を下ろした。
 コマはそんな二人を見守るように、少し離れた場所へちょこんと座り込む。
 
 紫鬼は静かに、奈津を見つめる。

 落ち着かない。
 
 やはり、この姿の紫鬼にはまだ慣れない。
 真正面から視線が合うたび、心臓が変な音を立てる。

 奈津はつい視線を逸らした。
 
 「……おい」

 「は、はいっ!」

 びくりと肩が跳ねる。
 紫鬼が僅かに眉を寄せた。

 「……何故こっちを見ない」

 低い声が、静かな室内へ落ちる。
 その声音は、どこか不満げだった。

 「い、いや、その……」
 
 見れない。
 とは、とても言えなかった。

 奈津がしどろもどろになっていると、紫鬼が小さく目を細める。

 「俺の姿が、そんなに恐ろしいか」

 「ち、違います!」

 奈津は慌てて首を振った。

 「怖いとかじゃなくて……!」

 「では何だ」

 「そ、それは……」

 言葉に詰まる。
 
 怖いわけじゃない。

 むしろ逆だった。

 整い過ぎた顔立ちも。
 低く響く声も。
 真っ直ぐ向けられる紫の瞳も。

 全部が落ち着かなくて、まともに見れない。

 ――綺麗すぎる、なんて。
 そんなこと、言えるわけがなかった。

 奈津が真っ赤になったまま俯くと、紫鬼はじっとその様子を見つめていた。

 その時だった。

 「紫鬼様」

 障子の向こうから、九重の声が響いた。

 「……急ぎ、ご報告があります」

 室内の空気が僅かに変わる。

 紫鬼が静かに視線を向けた。

 「入れ」

 障子が開く。

 入ってきたのは、九重と夜刀だった。

 夜刀は奈津の部屋へいる紫鬼を見て、わずかに眉を上げる。
 だが何も言わず、そのまま表情を引き締めた。

 九重は静かに一礼する。

 「地下牢の件です」

 その一言で、空気が張り詰める。

 紫鬼が僅かに目を細めた。

 「……話せ」

 だが九重は、そこで一度奈津へ視線を向けた。

 奈津も思わず息を呑む。

 地下牢――そこに、襲撃犯である妖たちが捕らえられていることは知っていた。
 自分にも関わる話なのだと、すぐに分かった。

 すると。
 紫鬼が静かに奈津を見る。

 深い紫の瞳。

 奈津は小さく迷った後、こくりと頷いた。