あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜


 奈津は、自室の布団へ身体を預けながら小さく息を吐いた。

 本来の姿へ戻った紫鬼と共に、堂目道家の妖たちの前へ立ったあの後。
 張り詰めていた糸が切れたように、奈津は再び倒れこんだ。

 癒し子の力を使い過ぎた反動。
 さらに慣れない妖気の中で気を張り続けていたこともあり、数日は安静が必要だと九重に言い渡されている。

 「……はぁ」

 ぼんやり天井を見上げる。

 身体は重い。
 けれど以前のような恐怖は、不思議と薄れていた。

 堂目道家へ来たばかりの頃なら、こんな風に落ち着いて横になどなれなかっただろう。

 その時。
 部屋の外から、声がかけられた。

 「奈津様ー! 起きてますかー?」

 聞き慣れた声に、奈津の表情が少し緩む。

 「コマ?」

 「はいっ!」

 奈津はゆっくり身体を起こし、障子へ近づいた。
 迷いもなく開けた瞬間。

 「――え」

 思わず言葉が止まる。

 コマの後ろ。
 廊下へ立っていたのは、紫鬼だった。

 長い白銀の髪。
 深い紫の瞳。

 本来の姿へ戻った紫鬼は、こうして見るとやはり圧倒的だった。

 少年の姿だった頃とは違う。
 横になっている姿ばかり見ていたせいか、こうして目の前に立つ紫鬼は想像以上に大きく見えた。

 奈津より遥かに高い背丈。
 
 見上げなければ、視線も合わない。
 ただ、紫の瞳は、奈津だけを静かに見つめていた。

 「し、紫鬼様……!?」

 奈津が慌てて背筋を伸ばす。
 紫鬼は、落ち着いた様子で尋ねる。

 「……具合はどうだ」

 奈津はぱちりと目を瞬かせる。

 まさか。
 わざわざ様子を見に来たのだろうか。

 「え、っと……もう大丈夫です」

 「顔色が悪い」

 「う……」

 即答され、奈津が言葉に詰まる。

 確かにまだ少し身体は重い。
 だが寝込むほどではないし、心配をかけたくなくて笑ったのに。

 紫鬼は僅かに眉を寄せた。

 「無理をするな」

 その声音は淡々としている。
 けれど奈津には、不思議と責められているようには聞こえなかった。

 むしろ。

 心配、されているみたいで。
 奈津の胸が、少しだけ落ち着かなくなる。

 その横で、コマが嬉しそうに尻尾を揺らした。

 「紫鬼様、ずーっと奈津様の様子気にしてたんですよ!」

 「コマ」

 咎めるような、低い声。
 コマがぴたりと口を閉じる。

 奈津は目を丸くした。

 ――紫鬼が?
 自分のことを?

 思わず紫鬼を見上げると、深い紫の瞳が静かに逸らされる。

 「……貴重な癒し子の身に、何かあったら困るからだ」

 「そ、そうですよね……」

 そういう意味だって、分かっている。
 けれど、“それだけ”ではないような気が、してしまった。

 微妙な沈黙が落ちる。
 奈津は落ち着かない気持ちのまま、視線を彷徨わせた。

 「な、中に……入りますか?」

 この家の当主様を、いつまでも廊下に立たせておくわけにいかない。
 そんな思いから、口をついて出た言葉。

 紫鬼が僅かに目を瞬かせた。

 「あ、でも、お忙しかったら――」

 「入る」

 即答だった。

 「えっ」

 奈津が目を丸くする。
 紫鬼は何事もなかったように部屋へ入ってきた。


 コマも慌てて後へ続く。