あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 堂目道家の地下深くにある牢には、重苦しい静寂が沈んでいた。

 地上の光など一切届かぬ石牢。
 湿った空気が肌へまとわりつき、天井から落ちる水滴の音だけが、暗闇の中へ静かに響いている。

 牢の中には、奈津を襲った妖たちが拘束されていた。

 鉄格子の向こう。

 妖たちは後ろ手に縛られ、壁へ繋がれている。
 牙は抜かれ、口には猿轡。
 さらに妖力を封じる呪まで施されていた。

 並の妖なら、身動きひとつ取れない厳重な拘束。

 それでも。
 妖たちの瞳には、妙な静けさがあった。

 牢の前へ立つ九重は、静かに目を細めた。

 「今回の件……分家の妖たちが関与しているのは、ほぼ間違いないでしょう」

 低い声が、地下牢へ落ちる。

 「式神による結界探索といい、今回の襲撃といい……分家側が、かなり本格的に動き始めています」

 九重の視線が、牢の妖たちへ向けられた。

 「ですが、捕らえた者たちはあくまで実行役です」

 牢の中の妖たちは、身動きひとつせず佇んでいる。

 「腕は立つ。訓練も積んでいる」
 「ですが、紫鬼様襲撃の計画を独断で実行できる立場ではありません」

 夜刀が舌打ちする。

 「つまり、後ろにもっとデカいのがいるってわけか」

 「ええ」

 九重は静かに頷いた。

 「背後には、分家でも相応の立場にいる者たちがいるはずです」

 そう言って、九重は手にしていた布包みを開く。

 現れたのは、黒ずんだ呪具だった。

 禍々しい妖気。
 見ているだけで、肌の奥をざらついた不快感が這っていく。

 夜刀が眉を寄せた。

 「……気色悪ぃな」

 「ええ」

 九重の表情も険しい。

 「私も、このような物は見たことがありません」

 その言葉に、夜刀が目を細める。

 「九重(お前)でもかよ」

 「ですが、紫鬼様の部屋の結界を破ったのは、恐らくこれでしょう」

 堂目道家の結界。
 それも、紫鬼の私室へ張られていた結界は最上位のものだ。
 並の妖なら、触れることすらできない。

 「……そんなこと、普通の妖にできるわけねぇだろ」

 「だからこそ問題なのです」

 九重は低く続ける。

 「このような呪具が出回っているのであれば――」

 そこで言葉を切る。

 地下牢の空気が、さらに冷え込んだ。
 九重の視線が、牢の奥へ向けられる。

 「どこでこれを手に入れたのです?」

 低い問いかけが落ちるのとほぼ同時だった。
 夜刀が苛立ったように舌打ちする。

 「……チッ」

 鋭い爪が、ひとりの妖の口元へ走る。

 びり、と乱暴な音を立て、猿轡が切り裂かれた。

 猿轡から解かれた妖が、ゆっくり顔を上げる。

 「……誰が話すか」

 静かな、低い声。
 その目には、怯えより諦めに近い色が浮かんでいる。

 「本家の犬如きに」

 ガァンッ!!
 凄まじい音が地下牢へ響いた。

 「ぐっ……!」

 妖の身体が鉄格子へ叩きつけられる。
 夜刀が牢の隙間から腕を差し込み、その首元を掴み上げていた。

 ぎり、と爪が食い込む。

 「……今、なんつった?」

 低い声。

 ぞわり、と妖気が荒れる。
 金の瞳が、獣みたいに鋭く細められていた。
 だが妖は、苦しげに息を詰まらせながらも嗤う。

 「図星だろ」
 「お前らは……紫鬼のためなら、喜んで牙を振るう」

 その瞬間、夜刀の指へさらに力が込められた。

 「お望みとあらば、このまま始末してやってもいいんだぜ」

 「夜刀」

 静かな声が響く。
 九重だった。

 「駄目ですよ」

 夜刀が苛立ったように舌打ちする。
 だが九重は淡々と続けた。

 「まだ殺してはいけません」

 穏やかな声音。
 だが、その瞳はまったく笑っていない。

 「妖力は封じ、牙も抜いた」
 「この者たちには自害もさせません」

 ひやり、と空気が冷えた。

 「――情報を聞き出すまでは」

 夜刀はしばらく妖を睨みつけていたが、やがて舌打ちと共に手を離した。

 妖が激しく咳き込む。
 夜刀は冷え切った目で見下ろした。

 「……まぁいい」

 低い声。

 「どうせ、ぜってぇ吐かせる」

 だが妖たちは、それでも口を開こうとはしなかった。
 夜刀は苛立ったように踵を返す。

 「行くぞ、九重」

 「……ええ」

 二人の足音が、静かに遠ざかっていく。