あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 一瞬の静寂の後、広間が大きくざわめいた。

 「完治……!」

 「本当に……!」

 「お戻りになられた……!」

 「我らの主が……!」

 歓喜に震える声。
 涙を零す妖たち。

 そんな中。
 紫鬼は隣へ立つ奈津へ視線を向けた。
 奈津は突然注がれた無数の視線に、びくりと肩を揺らす。

 だが。
 紫鬼は静かに、その手を取った。

 「俺を救ったのは、この者だ」

 広間が、再び静まり返る。

 「――奈津」

 初めて。
 堂目道家の妖たちへ向け、正式にその名が告げられる。

 「奈津が、俺を瘴気から引き戻した」

 静かな声音。

 だが、その言葉は絶対だった。

 「故に、この者へ無礼は許さん」

 深い紫の瞳が、妖たちを静かに見下ろす。

 「奈津は、堂目道家にとって恩人だ」

 妖たちは、はっと目を見開いた。

 そして。
 再び一斉に頭を垂れる。

 「――奈津様!」

 ぽつぽつと上がり始めた声は、やがて歓声のように連なり、広間へ響いていく。
 奈津は目を見開いたまま、言葉を失っていた。

 こんな風に呼ばれたことなど、一度もなかったから。

 その時。

 「……っ」

 着物の裾が絡み、奈津の身体が小さく傾いた。

 倒れかける、その寸前。

 す、と大きな手が差し出される。

 「捕まっていろ」

 低い声。
 奈津はぱちりと目を瞬かせた。

 目の前にあるのは、紫鬼の手だった。

 一瞬だけためらう。

 けれど。

 「……はい」

 奈津はそっと、その手を取った。

 紫鬼は何も言わない。
 ただ自然な仕草で奈津を支え、そのまま広間を後にする。

 九重と夜刀が、その後ろへ静かに続いた。
 妖たちは深く頭を下げたまま、その背を見送っていた。

 堂目道家の主と。
 その主を救った、たったひとりの人間を。