あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 奈津は完全に固まってしまう。
 こんな風に頭を下げられるなんて、思ってもいなかった。

 「や、やめてください……!」

 奈津は慌てたように首を振る。

 「私、本当にそんな大したことしてませんから……!」

 「当たり前ではない」

 静かな声が割って入った。

 奈津が顔を上げる。
 紫鬼は奈津を見つめたまま、ゆっくりと目を細めた。

 「お前は、俺を救った」

 「……っ」

 真っ直ぐ告げられた言葉に、奈津の胸が小さく揺れる。
 そんな風に言われるとは、思っていなかった。

 紫鬼が、奈津の手をとった。

 奈津がびくりと肩を揺らす。
 
 「……この手が」

 以前の小さな手とは違う。
 骨ばった、大人の男の手。

 「何度も、俺を救った」

 今はもう奈津よりもずっと大きいそれに、包み込まれる。

 「お前がいなければ、俺は戻れなかった」

 低い声が、静かに落ちる。

 とくん、とくんと。
 自分の心臓の音がやけに響く。

 奈津は、包み込まれた手を見つめた。
 冷たかったはずのその手は、今はほんの少しだけ温かい。

 「……助けたいって」

 奈津の声が、静寂を小さく揺らす。

 「こんなにも強く、誰かを想ったのは……はじめてでした」

 奈津がそっと、紫鬼の手を握り返す。
 
 「……もう、苦しくはありませんか?」

 握られた手を見て、紫鬼は顔を上げた。
 
 ふたりはただ、互いのことだけを見つめる。

 「……ああ」

 低い声が静かに落ちる。

 奈津は、ほっと息を吐く。

 「――よかった」

 月明かりに滲む微笑みは、淡く咲いた花のように柔らかい。

 それは奈津がこの幽世に来てから、一番の笑顔だった。