あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 「……紫鬼様?」

 奈津が不思議そうに首を傾げた時。

 「……珍しいもん見たな」

 夜刀がぽつりと呟いた。

 「え……?」

 奈津がきょとんと目を向ける。
 夜刀は紫鬼を見つめたまま、小さく息を吐く。

 「いや……」

 その金の瞳が、細く細められた。

 「正直、もう元には戻れねぇかと思ってた」

 低い声。
 けれどその声音は、どこか掠れている。

 長い間。
 紫鬼の瘴気病を見てきたのだ。

 少しずつ弱っていく姿も。
 苦しみながら力を抑え込む姿も。
 全部、近くで見てきた。
 
 だからこそ。
 こうして本来の姿へ戻った紫鬼を見て、胸の奥が熱くなる。
 夜刀は誤魔化すように、ぐしゃりと前髪を掻き上げた。

 「……っは。なのに今は、人間抱えて離さねぇとか」

 わざと軽い調子で笑う。
 
 「調子狂うんだけど」

 紫鬼は何も答えなかった。
 ただ奈津を抱く腕だけが、僅かに強くなった。

 「紫鬼様……」

 コマは潤んだ瞳で紫鬼を見上げていた。
 本来の姿へ戻った、その圧倒的な妖気。

 長い間、苦しみ続けていた瘴気病。
 少しずつ弱っていく紫鬼の姿を、コマはずっと見てきた。

 だからこそ。
 こうして再び本来の姿を取り戻したことが、夢みたいだった。

 「ほ、本当に……戻られたんですねぇ……」

 コマの声が震える。
  
 「うぅ……よかったぁ……っ」

 堪えきれなくなったように、コマは紫鬼の傍へ駆け寄った。
 ぼろぼろと涙を零しながら、紫鬼を見上げる。

 「ずっと、ずっと苦しそうだったからぁ……っ」

 尻尾が忙しなく揺れている。
 泣き顔なのに、どこか嬉しそうで。
 まるで主人の無事を喜ぶ犬みたいだった。

 「泣くな、鬱陶しい」

 紫鬼は淡々と言う。
 けれど以前のような冷たさはない。
 その変化に気づいたのか、コマは余計に涙ぐんだ。

 「だ、だってぇ……っ」

 九重は目を伏せる。

 長い間。
 誰にもどうすることもできなかった瘴気病。
 それを救ったのが、目の前の人間だった。

 九重が、静かに膝をつく。
 
 「……九重様!?」

 奈津が目を見開く。
 それだけではない。

 夜刀も。
 コマも。
 三人は奈津の前へ並ぶように座し、深く頭を垂れた。
 
 それは妖たちの中でも、最大級の敬意を示す礼だった。

 「……奈津様」

 九重の静かな声が響く。
 今までの“癒し子様”ではない。

 そこにあるのは、”奈津”をひとりの存在として認める響き。

 「紫鬼様をお救いいただき、心より感謝申し上げます」

 「ほ、本当にありがとうございますぅ……!」

 コマも涙声のまま頭を下げる。

 「奈津様がいなかったら、紫鬼様は……っ」

 そこまで言って、また涙ぐんでしまう。
 夜刀は少し居心地悪そうに視線を逸らしたまま、低く口を開いた。

 「……俺も同じだ」

 短い言葉。

 「紫鬼様を……戻してくれて、ありがとな」

 けれどそこには、確かな敬意が込められていた。