あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜


 恐る恐る呼んだ名前。

 青年は奈津を抱きかかえたまま、静かに目を細めた。

 「ああ」

 低い声が返る。

 白銀の髪がさらりと肩へ落ちる。
 奈津を真っ直ぐに映す瞳。

 奈津をとらえて離さない――深い紫。

 「……本当に、紫鬼様なんですね……」

 呆然と呟く奈津へ、紫鬼は静かに視線を落とした。

 「……そうだ」

 その低い声が、胸の奥を静かに揺らした。

 紫鬼は奈津を抱く腕に、僅かに力を込める。

 「――もう二度と、あんな真似をするな」

 低く落ちた声に、奈津はぱちりと目を瞬かせた。

 「あ、あんな真似……?」

 「俺の前へ飛び出したことだ」

 紫鬼の紫の瞳が、奈津の首筋へ向けられる。

 浅い傷は既に塞がりかけていたが、白い肌へ残る赤い痕はまだ痛々しい。

 「……っ」

 奈津は反射的にそこを押さえた。
 あの時は、考えるより先に身体が動いていたのだ。

 「でも……紫鬼様が、危なかったから……」

 奈津がおずおずと言う。

 その瞬間。
 紫鬼の眉が、僅かに寄った。

 「お前が傷つく理由にはならない」

 静かな声。
 けれどそこには、押し殺したような苛立ちが滲んでいた。

 奈津はきょとんと紫鬼を見上げる。

 そして。
 ようやく気づく。

 紫鬼は――怒っているのではなく、自分を心配しているのだと。
 
 その時だった。
 ふと、自分の身体が浮いていることに気づく。

 「……っ」

 奈津はぴたりと固まった。

 抱きかかえられている。
 それも、かなり自然に。
 まるで離す気がないみたいに。

 それに、何より近い。

 息が触れ合いそうなほどすぐそばに、紫鬼の存在がある。

 ちゃんと紫鬼様であると分かっているはずなのに。
 じわじわと顔へ熱が集まっていく。

 前みたいに、平然と見上げられない。

 「し、紫鬼様……」

 「なんだ」

 「その……」

 奈津はおろおろと視線を彷徨わせる。

 「そろそろ、降ろしていただけませんか……?」

 数秒の沈黙。

 紫鬼は奈津を見つめたまま、ぴくりと眉を動かした。
 だが、すぐには動かない。
 深い紫の瞳が、じっと奈津を映している。