あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜


 その瞬間。

 「っ……!」

 夜刀が息を呑んだ。
 部屋の中は、凄まじい瘴気で満ちていた。

 空気が重い。
 肌が焼けるように痛む。
 立っているだけで、瘴気が身体を蝕んでくる。

 そして、その中心。
 紫鬼が、苦しげに呼吸を乱していた。

 白い肌へ広がる黒い痕。
 暴走した瘴気が、その身体へ絡みつくように荒れ狂っている。

 「紫鬼様……!」

 コマが青ざめる。
 九重の表情も険しかった。

 「まずいですね……完全に瘴気病が暴走しかけています」

 さらに、床へ転がる侵入者たちを見て夜刀が舌打ちする。

 「クソ共が……!」

 その時。

 「……近づくな」

 低い声が響いた。
 奈津がはっと顔を上げる。
 
 紫鬼だった。
 けれど、その紫の瞳はひどく不安定に揺れている。

 「紫鬼様……?」

 「今の俺に、触れるな」

 荒れ狂う瘴気が、さらに膨れ上がる。
 畳が軋み、空気が悲鳴を上げるように震えた。
 夜刀が思わず顔を歪める。

 「っ……!」

 今の紫鬼は危険だった。
 理性ごと、瘴気に呑まれかけている。
 九重が静かに奈津を庇うよう前へ出る。

 「癒し子様、少しお下がりください」

 「でも……!」

 奈津は紫鬼を見る。
 苦しそうだった。
 今にも壊れてしまいそうなほど。
 
 そんな姿を、放っておけるはずがない。

 奈津はぎゅっと拳を握る。
 
 助けたい。
 この人を。
 絶対に――死なせない。

 その瞬間だった。
 奈津の胸の奥が、熱く脈打つ。

 「……っ」

 淡い光が、奈津の身体から滲み始めた。

 柔らかな光。
 けれどそれは、これまでとは比べものにならないほど強い。

 九重が目を見開く。

 「これは……」

 光は奈津の足元から溢れ、荒れ狂う瘴気へ触れていく。

 すると。
 じゅう、と音を立てるように、黒い瘴気が揺らいだ。

 「な……っ」

 夜刀が息を呑む。

 暴走していた瘴気が、押し返されている。

 まるで。
 闇を祓うように。

 奈津は、苦しげな紫鬼を見つめた。
 
 怖くないわけじゃない。

 溢れ出す瘴気は恐ろしい。
 少しでも触れれば、人間など簡単に呑み込まれてしまうだろう。

 それでも。
 奈津の足は止まらなかった。

 「奈津様!」

 コマの声を背に、奈津はゆっくりと紫鬼へ近づいていく。
 瘴気が唸るように揺れた。

 拒絶するように。
 喰らおうとするように。
 けれど、奈津の身体を包む光が、それを寄せ付けない。

 奈津は紫鬼の前へ膝をついた。
 
 苦しそうだった。

 白い肌を侵食する黒い痕。
 荒い呼吸。
 不安定に揺れる紫の瞳。

 その姿に、胸が締めつけられる。