あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 白い肌へ、じわじわと黒い痕が広がっていく。
 まるで病そのものが、身体を喰い破ろうとしているみたいに。

 「紫鬼、様……?」

 奈津は震える声で名を呼んだ。

 紫鬼の呼吸は荒い。
 溢れ出した瘴気が、部屋中を荒れ狂っている。
 障子が激しく軋み、床板がみしみしと悲鳴を上げた。

 「……が、ぁ……っ」

 苦しげな声。
 紫鬼が片手で顔を覆う。
 その指先にも黒い痕が浮かび上がり、紫の瞳が不安定に揺れていた。

 奈津の胸が締めつけられる。
 先ほどまで侵入者たちを圧倒していた妖気が、今は暴走した瘴気に呑まれ始めている。

 このままでは。

 「っ……」

 奈津が一歩近づいた、その瞬間。

 ――ドォン!!
 屋敷全体を揺らすような衝撃が響いた。

 「っ!?」

 奈津が顔を上げる。
 いつの間にか、部屋全体が黒い膜のようなものに覆われていた。
 空間そのものを閉ざすような、不気味な結界。

 その外側から、何かが激しく結界を叩いている。

 「紫鬼様!!」

 夜刀の声だった。

 「開けろ!!」

 続けざまに衝撃が走る。
 だが、黒い結界はびくともしない。
 
 妖のひとりが、床へ這いつくばったまま嗤った。

 「く、は……っ……無駄だ……」

 その手には、禍々しい紋様の刻まれた呪具が握られている。

 「特別製だ……そう簡単には破れない……」

 奈津が息を呑む。
 けれど今は、それどころではなかった。
 紫鬼の瘴気が、さらに膨れ上がる。

 息苦しい。
 立っているだけで意識を持っていかれそうになるほど濃い瘴気。

 外から、再び激しい衝撃音が響いた。

 ――ドォン!!

 「チッ……!」

 夜刀の舌打ちが聞こえた。

 「内側から術式を重ねられてやがる……!」

 「紫鬼様の結界へ干渉するなんて……!」

 コマの悲鳴のような声。
 続いて、九重の低い声が響く。

 「……この術式、普通ではありませんね」

 その声音には、僅かな緊張が滲んでいた。

 奈津は紫鬼を見つめる。

 「……っ、は……」

 苦しそうだった。
 黒い瘴気が、まるで生き物のように紫鬼へ絡みついている。
 このままでは、本当に――。

 「紫鬼様とあいつが中にいるんだぞ!」

 夜刀の怒声。

 「壊せ!!」

 次の瞬間。
 外側から三つの妖気が一気に膨れ上がった。

 ――ドォン!!

 凄まじい衝撃が走る。
 黒い結界へ、ぴしり、と亀裂が入った。

 「まだだ……!」

 夜刀が拳を叩き込む。
 
 その横で、九重が素早く印を結んだ。
 淡い光を帯びた術が結界へ絡みつき、黒い膜を内側から軋ませていく。

 「コマ、今です」

 「は、はい!」

 コマの妖気が一気に流れ込む。
 内と外、二方向から力がぶつかり――。

 ――バキィン!!
 激しい破砕音と共に、結界が砕け散った。

 「紫鬼様!!」

 三人は、一気に部屋へ飛び込む。