あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 それから数日。
 奈津の護衛は以前より厳重になった。

 屋敷内を歩くだけでも、必ず誰かが側につく。

 庭へ出ればコマ。
 廊下には夜刀の配下。
 時には九重自ら奈津の様子を見に来ることもあった。

 まるで屋敷全体が、奈津を囲う檻になったようだった。
 腫れ物のような扱いに、奈津は何とも落ち着かなかった。

 けれど一方で、少しだけ変わったこともある。
 今までは九重やコマの同伴が必須だった紫鬼の部屋へ、奈津一人で入ることを許されるようになったのだ。

 最初に聞かされた時、奈津は思わず目を丸くした。

 「えっ……わ、私だけで……?」

 コマも驚いたように耳を揺らす。

 「紫鬼様が他人を一人で入れるなんて、ほとんどないことですよ……!」

 奈津は戸惑いながらも、毎日紫鬼の元へ通った。

 ある日。
 障子を開けると、薄暗い部屋の奥で紫鬼が静かに目を閉じていた。

 奈津が入った瞬間。
 周囲で揺れていた瘴気が、わずかに静まる。

 九重が静かに目を細めた。

 ――待っていた。
 言葉にしなくとも、それが分かってしまった。

 奈津は気づかないまま、寝台の側へ座る。

 「……では、私はこれで」

 九重が一礼して、その場を離れた。

 「今日は少し顔色がいいですね」

 「……そうか」

 短い返事。
 けれどその声音は、以前よりほんの少し穏やかだった。

 そばに置いた盆から、奈津は薬湯の器を手に取った。

 「今日の薬湯、九重さんに教えてもらって……」

 少し迷うように視線を揺らし、それから紫鬼へ差し出す。

 「……もし、よかったら」

 奈津がおずおずと器を差し出す。

 紫鬼はしばらくそれを見つめていた。
 本来なら、人間から差し出されたものなど口にしない。
 ましてや、人間が手ずから作ったものなど。

 けれど。
 紫鬼は何も言わず、奈津の手から器を受け取った。
 
 奈津はほっとしたように、小さく息を吐く。
 
 そのまま薬湯へ口を付けた瞬間、紫鬼の眉根が僅かに寄る。
 けれど何も言わず、そのまま飲み込もうとして。

 「……っ」

 奈津は思わず身を乗り出した。

 「すみません。少し熱かったですか?」

 「飲めないことはない」

 ぶっきらぼうな返事。

 本来なら、誰もが恐れる堂目道家の当主。

 こうして向かい合っているだけで、怯えて震えていたはずなのに。
 今の紫鬼は、奈津にはどこか年相応の子どものように見えてしまった。

 熱い薬を平気なふりで飲み込もうとして。
 苦しいはずなのに、弱音ひとつ吐かなくて。

 その不器用な強がりが、何故だか少し可笑しい。
 奈津の口元へ、思わず小さな笑みが浮かぶ。

 「……次からは、もう少し冷まして持ってきます」

 「……ああ」

 短いやり取り。
 それなのに、不思議と部屋の空気は以前より柔らかかった。

 「……では、手を」

 薬湯を飲み終えた紫鬼の手に、奈津がそっと触れる。
 包み込む手のひらは、もう震えていない。
 淡い光が滲み、荒れていた瘴気がゆっくり静まっていく。
 
 紫鬼もまた、静かにそれを受け入れていた。