あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 数日後。

 奈津は屋敷の外縁を囲う庭沿いの道を歩いていた。
 透明な膜のように張られた結界の向こうには、薄暗い森が広がっている。

 以前より、堂目道家の空気は少しだけ変わっていた。
 露骨に敵意を向けてくる妖は減った。
 奈津を見る目にも、戸惑いのようなものが混じっている。

 その時だった。

 「……ぅ……」

 小さなうめき声。

 奈津が足を止める。
 声は、結界のすぐ向こう側――薄暗い木立の陰から聞こえていた。

 そこには、幼い妖が蹲っていた。
 
 年の頃は五つか六つほどだろうか。

 ぼろぼろに汚れた着物。
 細い腕には裂けたような傷が走り、そこから黒ずんだ血が滲んでいる。
 白い頬は涙で濡れ、小さな肩が怯えるように震えていた。
 まるで、森へ置き去りにされた迷子の子どものようだった。

 「大丈夫……!?」

 奈津は思わず駆け寄った。
 幼い妖は、潤んだ瞳で奈津を見上げる。

 「……ぼくね、いたいの……」

 弱々しい声。
 
 「たすけてくれる……?」
 
 縋るように、奈津を見つめる。
 
 「そっちに……いれて……」

 奈津ははっとする。
 妖は結界の外側にいる。
 傷ついたまま、こちらへ入れずにいるのだ。

 「え……」

 結界越しに見えるその姿は、あまりにも幼く痛々しい。

 放っておけない。
 そう思ってしまった。

 奈津は迷うように唇を噛み、それでも小さく頷く。

 「いいよ――」

 その瞬間だった。
 幼い妖の口元が、ぐにゃりと裂けた。

 「――え?」

 裂けた口が、耳元まで大きく広がっていく。

 濁った目。
 黒ずんだ瘴気。
 細い腕が、不自然なほど長く歪む。

 骨が軋むような嫌な音が響いた。
 そこにいたのは、もう傷ついた子どもではない。
 
 異形だった。

 「ぁ――っ!?」

 異形が奈津へ飛びかかる。

 鋭い牙が、目の前まで迫ったその瞬間。

 「いい訳ねぇだろ」

 低い声が割って入った。
 奈津の視界へ、黒い影が滑り込む。

 次の瞬間。

 ――ドォン!!

 凄まじい衝撃。
 異形の身体が吹き飛び、地面へ叩きつけられた。