あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 堂目道家の広間には、重苦しい沈黙が落ちていた。

 床へ跪かされているのは、奈津を地下水路へ落とした妖たちだった。

 誰一人、顔を上げられない。
 広間を満たす妖気が、肌へまとわりつくような圧を放っている。

 上座には、紫鬼。
 静かに目を伏せているだけだというのに、その場の空気は張り詰めきっていた。

 白銀の髪の隙間から覗く漆黒の鬼角が、荒れる妖気の中で妖しく浮かび上がる。
 
 まるで、少しでも機嫌を損ねれば喉元へ牙が食い込むと、本能が警告しているように。

 「……申し開きは」

 低い声が落ちる。
 妖たちはびくりと肩を震わせた。

 「も、申し訳ございません……!」
 「ただ追い出そうとしただけで……!」
 「人間など信用できぬと――」

 「俺は理由を聞いているんじゃない」

 その一声で、空気が凍りつく。

 どろり、と濃密な妖気が溢れた。
 妖たちの顔から血の気が引く。

 紫鬼は静かに言った。

 「誰が癒し子に手を出していいと言った?」

 それだけで、広間の温度が数度下がったようだった。

 壁際で腕を組んでいた夜刀が、低く鼻を鳴らす。

 「つーか、お前ら加減ってもん知らねぇのか」

 金の瞳が冷たく細められる。

 「追い出すどころか、殺しかけてんじゃねぇか」

 妖たちは震えながら額を擦り付けた。

 「し、しかし我らは、夜刀様のためを思って……!」

 夜刀の眉がぴくりと動く。

 「……勝手に決めつけて暴走してんじゃねぇよ」

 低い声だった。

 夜刀はゆっくり前へ進み出る。
 そして、紫鬼の前へ跪いた。

 「紫鬼様」

 「此度の失態の責は、部下たちを管理できなかった俺にあります」

 妖たちが目を見開く。

 「どのような処分も受け入れます」

 広間が静まり返る。

 妖たちは息を呑み、夜刀を見つめていた。
 夜刀ほどの妖が、自ら責を負うと言ったのだ。

 だが。
 紫鬼の表情は変わらない。
 深い紫の瞳が、静かに夜刀を見下ろしている。

 「……お前にも、相応の罰は受けてもらう」

 低い声が落ちた。
 夜刀は何も言わない。
 ただ静かに頭を垂れる。

 「しかし――」

 紫鬼の視線が、震える妖たちへ向けられる。

 「まずは、そいつらだ」

 ぞわり、と妖気が膨れ上がる。

 「ひっ……!」

 妖たちの顔が恐怖に引き攣った。
 だが紫鬼は止まらない。

 「俺の許可なく癒し子へ手を出した」

 静かな声音だった。

 それなのに。
 広間全体が押し潰されそうなほど重い。

 「――その罪は重い」

 びり、と空気が震える。

 「っ……!」

 妖たちは息を詰めた。

 紫鬼の周囲で、凄まじい妖気が膨れ上がっていく。

 本来ならば、妖たちの頂点に立つ“鬼”の力。
 だが今の紫鬼は、瘴気病によって力を制御しきれない。

 不用意に力を解放すれば、瘴気まで暴走しかねない。
 だからこそ普段の紫鬼は、自らの力を抑え込んでいた。
 
 怒りに呼応するように溢れ出した妖気だけで、広間の空気が軋み始める。

 その時だった。

 「待ってください……!」