勢いよく障子が開かれた。
「紫鬼様!」
夜刀の声に、室内の空気が張り詰める。
九重が目を見開いた。
「癒し子様……!」
その瞬間。
廊下の奥から、ばたばたと慌ただしい足音が近づいてくる。
「奈津様っ!!」
勢いよく障子が開き、コマが飛び込んできた。
肩で息をしている。
金色の尾も、落ち着かないように大きく揺れていた。
ずっと屋敷中を探し回っていたのだろう。
コマは夜刀の腕の中にいる奈津を見るなり、顔を青ざめさせた。
「奈津様……っ」
泣きそうな声だった。
紫鬼もまた、ゆっくりと視線を向ける。
そして。
奈津の姿を目にした瞬間。
――ぞわり。
室内の空気が揺れた。
瘴気が、まるで呼応するようにざわめき始める。
奈津の着物は水を吸って重く濡れ、白い肌には赤黒い痕が浮かんでいた。
細い指先は冷え切り、小さく震えている。
見るからに、まともな状態ではない。
次の瞬間。
重圧が、一気に室内へ満ちた。
「……っ」
妖たちが息を呑む。
コマの尾がぴたりと止まり、夜刀でさえ僅かに目を細めた。
紫鬼は横たわったまま動かない。
今の姿は、少年のように細く小さい。
それでも。
深い紫の瞳に見据えられた瞬間、この場にいる誰もが本能で理解する。
――逆らってはならない。
この妖こそが、堂目道家の頂点。
そして。
すべての妖を従える、“鬼”なのだと。
「……誰がやった」
低い声。
抑えきれず溢れた怒気に、瘴気がざわりと荒れ狂った。
奈津はぼんやりした意識のまま、紫鬼へ手を伸ばした。
「……よか、った……」
かすれた声。
「間に……合った……」
震える指先が、紫鬼の手へ触れる。
次の瞬間。
淡い光が、ふわりと溢れた。
荒れていた瘴気が、少しずつ静まっていく。
まるで暴れていた獣が、大人しく眠りにつくように。
奈津はほっとしたように、小さく息を吐いた。
「……これ、で……」
だが。
その身体がぐらりと傾く。
「奈津様!」
コマが青ざめた声を上げた。
奈津の意識は、そこでふっと途切れる。
倒れ込む身体を、夜刀が咄嗟に支えた。
「おい……!」
夜刀が眉を顰める。
腕の中の奈津は、驚くほど軽かった。
触れれば折れてしまいそうなほど、細く脆い身体。
瘴気に侵された肌は熱を失い、呼吸も浅い。
自分が傷ついても。
こんな状態になっても。
こいつは、紫鬼のもとへ行こうとした。
夜刀は奥歯を噛み締めた。
一方。
紫鬼は奈津を見つめたまま、静かに目を細めていた
瘴気は既に落ち着き始めている。
けれど胸の奥には、まだざらつくような感情が残っていた。
奈津の白い肌へ浮かぶ、赤黒い痕。
弱々しい呼吸。
そのどれもが、妙に目につく。
「九重」
低い声が落ちる。
「は」
「癒し子を治療しろ」
有無を言わせぬ声音だった。
九重が静かに頭を下げる。
「承知いたしました」
コマが慌てて奈津の傍へ駆け寄る。
「奈津様……奈津様っ……」
泣きそうな声だった。
そんなコマを見ながら、夜刀は小さく舌打ちする。
「お前……本当に、人間かよ」
問いかけるような呟きが、ぽつりと零れた。
紫鬼はしばらく黙ったまま奈津を見つめていた。
やがて、その紫の瞳が静かに夜刀へ向けられる。
「……夜刀」
「は」
夜刀が低く応じる。
「癒し子を傷つけた者を――」
静かな声。
けれどその瞬間、室内の空気がひやりと冷えた。
「ひとり残らず、連れて来い」
ぞわり、と瘴気が揺れる。
妖たちが息を呑む。
それは“命令”だった。
堂目道家の頂点が下す、絶対の言葉。
「……仰せのままに」
夜刀がゆっくり口元を歪める。
その金の瞳には、獰猛な光が宿っていた。
九重は夜刀の傍へ歩み寄り、奈津の容態を確かめる。
冷え切った手。
浅い呼吸。
九重が静かに眉を寄せた。
「コマ。湯と薬を」
「は、はいっ!」
コマが慌てて駆け出していく。
室内には、なお重い緊張が残っていた。
紫鬼は何も言わない。
けれど、その紫の瞳は、奈津から一度も離れなかった。
「紫鬼様!」
夜刀の声に、室内の空気が張り詰める。
九重が目を見開いた。
「癒し子様……!」
その瞬間。
廊下の奥から、ばたばたと慌ただしい足音が近づいてくる。
「奈津様っ!!」
勢いよく障子が開き、コマが飛び込んできた。
肩で息をしている。
金色の尾も、落ち着かないように大きく揺れていた。
ずっと屋敷中を探し回っていたのだろう。
コマは夜刀の腕の中にいる奈津を見るなり、顔を青ざめさせた。
「奈津様……っ」
泣きそうな声だった。
紫鬼もまた、ゆっくりと視線を向ける。
そして。
奈津の姿を目にした瞬間。
――ぞわり。
室内の空気が揺れた。
瘴気が、まるで呼応するようにざわめき始める。
奈津の着物は水を吸って重く濡れ、白い肌には赤黒い痕が浮かんでいた。
細い指先は冷え切り、小さく震えている。
見るからに、まともな状態ではない。
次の瞬間。
重圧が、一気に室内へ満ちた。
「……っ」
妖たちが息を呑む。
コマの尾がぴたりと止まり、夜刀でさえ僅かに目を細めた。
紫鬼は横たわったまま動かない。
今の姿は、少年のように細く小さい。
それでも。
深い紫の瞳に見据えられた瞬間、この場にいる誰もが本能で理解する。
――逆らってはならない。
この妖こそが、堂目道家の頂点。
そして。
すべての妖を従える、“鬼”なのだと。
「……誰がやった」
低い声。
抑えきれず溢れた怒気に、瘴気がざわりと荒れ狂った。
奈津はぼんやりした意識のまま、紫鬼へ手を伸ばした。
「……よか、った……」
かすれた声。
「間に……合った……」
震える指先が、紫鬼の手へ触れる。
次の瞬間。
淡い光が、ふわりと溢れた。
荒れていた瘴気が、少しずつ静まっていく。
まるで暴れていた獣が、大人しく眠りにつくように。
奈津はほっとしたように、小さく息を吐いた。
「……これ、で……」
だが。
その身体がぐらりと傾く。
「奈津様!」
コマが青ざめた声を上げた。
奈津の意識は、そこでふっと途切れる。
倒れ込む身体を、夜刀が咄嗟に支えた。
「おい……!」
夜刀が眉を顰める。
腕の中の奈津は、驚くほど軽かった。
触れれば折れてしまいそうなほど、細く脆い身体。
瘴気に侵された肌は熱を失い、呼吸も浅い。
自分が傷ついても。
こんな状態になっても。
こいつは、紫鬼のもとへ行こうとした。
夜刀は奥歯を噛み締めた。
一方。
紫鬼は奈津を見つめたまま、静かに目を細めていた
瘴気は既に落ち着き始めている。
けれど胸の奥には、まだざらつくような感情が残っていた。
奈津の白い肌へ浮かぶ、赤黒い痕。
弱々しい呼吸。
そのどれもが、妙に目につく。
「九重」
低い声が落ちる。
「は」
「癒し子を治療しろ」
有無を言わせぬ声音だった。
九重が静かに頭を下げる。
「承知いたしました」
コマが慌てて奈津の傍へ駆け寄る。
「奈津様……奈津様っ……」
泣きそうな声だった。
そんなコマを見ながら、夜刀は小さく舌打ちする。
「お前……本当に、人間かよ」
問いかけるような呟きが、ぽつりと零れた。
紫鬼はしばらく黙ったまま奈津を見つめていた。
やがて、その紫の瞳が静かに夜刀へ向けられる。
「……夜刀」
「は」
夜刀が低く応じる。
「癒し子を傷つけた者を――」
静かな声。
けれどその瞬間、室内の空気がひやりと冷えた。
「ひとり残らず、連れて来い」
ぞわり、と瘴気が揺れる。
妖たちが息を呑む。
それは“命令”だった。
堂目道家の頂点が下す、絶対の言葉。
「……仰せのままに」
夜刀がゆっくり口元を歪める。
その金の瞳には、獰猛な光が宿っていた。
九重は夜刀の傍へ歩み寄り、奈津の容態を確かめる。
冷え切った手。
浅い呼吸。
九重が静かに眉を寄せた。
「コマ。湯と薬を」
「は、はいっ!」
コマが慌てて駆け出していく。
室内には、なお重い緊張が残っていた。
紫鬼は何も言わない。
けれど、その紫の瞳は、奈津から一度も離れなかった。

