「……で?」
夜刀が九重を睨む。
「お前がいながら、こりゃどういうことだ? 九重」
視線が再び奈津へ向けられる。
獲物を見定めるような目だった。
九重は表情を変えない。
「このお方は、現世でコマが見つけ出した方」
そして静かに告げる。
「――癒し子様です」
夜刀の眉がぴくりと動いた。
「……癒し子だぁ?」
低い声。
胡散臭いものを見るように片眉を上げる。
九重は淡々と続けた。
「お前も知っているでしょう」
「唯一、瘴気の暴走を鎮められるという伝承を」
「確かに、このお方にはその力の片鱗が見られました」
夜刀は鼻で笑った。
「ごちゃごちゃ並べてるが、所詮は人間だろ」
獰猛な金の瞳が、奈津を射抜く。
「我らが主を任せるには値しねぇ」
空気が張り詰める。
だが九重は少しも動じなかった。
「では、お聞きします」
穏やかな声が響く。
「他に打つ手があるのですか?」
「……っ」
夜刀の表情が険しく歪む。
拳がぎり、と軋んだ。
九重は静かに続ける。
「癒し子様のお力によって、紫鬼様の状態は確かに安定しています」
「それは事実です」
沈黙が落ちる。
夜刀はしばらく奈津を見下ろしていた。
値踏みするような視線。
やがて。
「……滞在は許してやる」
奈津はびくりと肩を揺らした。
だが、と夜刀は低く続ける。
長い黒髪がさらりと揺れた。
夜刀は奈津へ顔を寄せる。
獣のような妖気が、間近で肌を刺した。
「紫鬼様を治せなかったその時は――」
金の瞳が細くなる。
「俺がお前を殺す」
「……っ」
喉がひゅっと鳴った。
「夜刀様……!」
コマが青ざめた声を上げる。
だが夜刀はそれ以上何も言わず、踵を返した。
妖たちが慌てて道を開ける。
黒い背中が、そのまま廊下の奥へ消えていった。
奈津はしばらく動けなかった。
(……怖い……)
指先が小さく震えている。
喉の奥も、まだひりつくように熱かった。
あの金の瞳を思い出すだけで、身体が強張る。
もし紫鬼を救えなければ。
本当に殺されるのかもしれない。
けれど。
脳裏に浮かぶのは、瘴気に苦しむ紫鬼の姿だった。
人間の敵。
その頂点に立つはずの妖。
それなのに。
苦しむ姿を見ていると、放っておけなかった。
そして今、紫鬼を救えるかもしれないのは、自分だけなのだ。
(……このままじゃ、終われない)
奈津はそっと、震える手を握りしめた。

