あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 低く唸るような声。
 金の瞳が奈津を射抜いている。
 
 背筋が粟立った。
 息の仕方を忘れたように、肺が上手く動かない。
 
 目の前にいるのは、人ではない。
 額に鬼角を持つ、圧倒的な異形。

 逃げなければ。
 そう思うのに、身体は恐怖に縫い止められたように動かなかった。

 瞬きさえも許されないような、その視線には。
 隠しようのない殺意があった。

 「答えねぇなら――」

 爪先に、わずかに力が込められる。

 「やめてくださいっ!!」

 その瞬間、コマが奈津の前へ飛び出した。
 小さな身体を目一杯広げ、庇うように両手を伸ばす。

 「……コマ」

 夜刀の目が細くなる。

 「お前の仕業か?」

 「……っ」

 コマはびくりと肩を震わせた。
 それでも退かない。

 「何、人間なんかに肩入れしてやがる」

 唸るような、低い声だった。
 それだけで空気が重くなる。

 コマは怯えたように耳を伏せながらも、奈津の前へ立ち続けた。

 「奈津様は……!」

 だが言葉を続ける前に、静かな声が割って入る。

 「やめなさい、夜刀」

 張り詰めていた空気が、ぴたりと止まった。

 九重だった。
 いつの間にか二人の間へ立っている。

 穏やかな微笑みは崩れていない。
 けれど細められた深緑の瞳には、冷たい光が宿っていた。

 夜刀は忌々しげに舌打ちする。

 「……九重」

 「お帰りなさいませ。随分お早いお戻りで」

 九重は静かに一礼した。
 夜刀は爪を下ろし、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 「成果がなかったんでな」

 吐き捨てるような声音。
 奈津は思わず夜刀を見つめた。

 (この人……)

 恐ろしい。
 けれど、その声には焦りのようなものも滲んでいた。

 するとコマがそっと奈津へ近づき、小声で耳打ちする。

 「紫鬼様の側近が一人、夜刀様です」

 「側近……」

 「紫鬼様の奇病を治す方法を探すため、長く遠征へ出られていました」

 奈津ははっとする。
 この人もまた、紫鬼を助けようとしていたのだ。