あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

 その表情を見た紫鬼が、不意に口を開いた。

 「……人間」

 「っ、はい」

 奈津は肩を揺らし、顔を上げた。
 紫鬼は奈津を見つめたまま、静かに言った。

 「どうしてこんな利にもならないことをする?」

 「え……」

 「ここには、人間をよく思わない者がほとんどだ」

 淡々とした口調。

 「居心地も悪いだろう」

 奈津は言葉に詰まる。
 確かに、この屋敷で向けられる視線は優しいものばかりではなかった。

 「それに――」

 紫鬼が薄く嗤う。

 「妖は人間の敵だ」

 ぞくり、と空気が震えた。

 「その長である俺が死ねば、お前たちにとっては都合がいいはずだ」

 奈津は目を伏せる。

 脳裏に浮かぶのは、あの日の小さな妖だった。
 縄に縛られ、怯えながら震えていた子。
 泣きそうな顔で奈津へ縋ったコマ。
 そして、瘴気に蝕まれながら気丈に立ち続ける紫鬼。

 (確かに、人間と妖は……相容れない存在なのかもしれない)

 そう教えられてきた。
 ずっと。
 けれど。
 奈津はゆっくり顔を上げた。

 「私は……」

 紫鬼の紫の瞳を、真っ直ぐ見つめる。

 「全ての妖が“敵”だとは思いません」

 ほんの僅か、紫鬼の視線が揺れる。

 「少なくとも、私は――」

 視界の端で、コマが不安そうにこちらを見ていた。
 少し離れた場所では、九重が静かに奈津を見守っている。

 奈津はそっと息を吸った。
 「あなたに、生きてほしいと思っています」

 しん、と部屋が静まり返る。

 紫鬼は何も言わない。
 ただ、その紫の瞳だけが、奈津を見つめていた。
 理解できないものを見るように。
 けれど同時に、目を逸らせないものを見るように。

 やがて。

 「……理解できないな」

 ぽつりと落ちた声は、先ほどより幾分か熱を失っていた。
 けれど、どこか柔らかかった。

 奈津は、ほんの少しだけ笑った。