あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜


 「本日は昨日より、瘴気の濃度が安定しております」
 九重が静かに言う。

 「奈津様のお力のおかげです!」
 コマが嬉しそうに尾を揺らした。

 「わ、私は……そんな……」

 奈津が戸惑っていると、九重が静かに促す。

 「どうか、お手を」

 奈津はこくりと頷いた。
 紫鬼のもとへ歩み寄る。

 室内を漂う瘴気が、不穏に揺らめいた。
 けれど昨日のような激しい拒絶はない。
 まるで奈津を探るように、黒い靄が静かに漂っている。

 奈津はそっと膝をつく。
 
 白銀の髪。
 伏せられた長い睫毛。
 漆黒の鬼角からは、隠し切れない妖気が滲んでいた。
 
 近くで見る紫鬼は、白い肌へ広がる黒い痕があってもなお、息を呑むほど美しい少年だった。

 けれど。
 その細い身体から滲む妖気は、
 恐ろしいほど強大だった。

 奈津は思わず紫鬼を見つめる。

 こんなにも弱っているのに。
 それでもなお、抑えきれないほどの力を感じる。

 「今の紫鬼様は、瘴気の進行を抑えるため、無理やり力を封じておられる状態なのです」

 九重の静かな声に、奈津は目を瞬かせた。

 「本来の妖力を解放すれば、瘴気の侵食も一気に進んでしまう」

 九重は紫鬼へ視線を向ける。

 「そのため、長い間ご自身の力を極限まで抑え込んでおられるのですよ」

 奈津はそっと紫鬼を見る。

 細い身体。
 苦しげな呼吸。

 ――だから、こんなにも幼い姿なのだ。

 (私が、この人を)

 奈津が手を重ねた瞬間、淡い光がふわりと溢れた。
 月光によく似た、静かな光。 
 その光が黒い瘴気へ沁み込んで広がっていく。
 
 荒れていた瘴気が、波を引くように薄れていった。

 室内の空気が変わる。

 肌を刺していた重苦しさが、わずかに和らいだ。
 紫鬼が僅かに目を細める。

 紫鬼の呼吸も、先ほどより落ち着いている。

 (……昨日より、苦しそうじゃない)

 奈津の胸から、小さく息が漏れる。

 「……よかった」

 思わず零れた声だった。