あやかしの癒し子〜祓い屋の出来損ないは、鬼の王の最愛〜

  朝餉を終えた奈津は、九重に案内されながら屋敷の廊下を歩いていた。

 九重は奈津の少し前を歩きながら、時折振り返るようにして歩調を合わせてくれる。

 昨夜は気づかなかったが、堂目道家の屋敷は驚くほど広い。

 長い渡り廊下。
 手入れの行き届いた庭。
 風に揺れる木々の音。

 まるで古い物語の中に迷い込んだようだった。

 「癒し子様!」

 ぱたぱたと足音が近づく。
 振り返ると、コマが嬉しそうに駆け寄ってきた。
 金色の耳がぴんと立ち、尾が忙しなく揺れている。

 「お、おはようございます!」

 「……おはよう」

 奈津がほのかに笑うと、コマはさらに嬉しそうに耳を揺らした。

 「よく眠れましたか?」

 「うん。びっくりするくらい……」

 九条家では、いつも気を張っていた。
 誰かの機嫌を損ねないように。
 怒鳴られないように。
 けれど昨夜は、久しぶりに穏やかに眠れた気がする。

 コマはほっとしたように胸を撫で下ろした。

 「それなら良かったです!」

 そこで、九重が静かに切り出す。

 「癒し子様」

 奈津はゆっくりと、九重に向き直った。

 「わが主――紫鬼様のため、本日もお力をお貸しいただけますでしょうか」

 穏やかさと同時に、真剣さが伝わる声だった。

 奈津は小さく頷いた。

 「……はい」

 九重は一礼する。

 「では、後ほど。お時間になりましたら、お迎えに参ります」

 そう言い残し、廊下の奥へ去っていった。

静寂の訪れた渡り廊下に、風が吹き抜ける。
 コマの尾が、ぱたぱたと揺れた。

 「奈津様は、お優しいですね!」

 「え……?」

 「紫鬼様のことを怖がらず……それに、助けようとしてくださいます」

 奈津は驚いたように一度瞬きをする。

 「……そんなことないよ」

 少し困ったように口元を緩めた。

 「……本当は、ちょっと怖かったし」

 「えっ!?」

 コマが耳をぴんと立てる。
 奈津は思わずくすりと笑った。

 「でも……すごく苦しそうだったから」

 そう呟いた後、奈津は少しだけ視線を逸らす。

 「あと、その……」

 「?」

 「“癒し子様”って呼ばれるの、なんだか落ち着かなくて」

 コマがきょとんと目を丸くする。
 奈津はどこか照れたように、小さく笑った。

 「……奈津でいいよ」

 ただでさえ大きな瞳が、さらに大きく見開かれた。