しばらく沈黙が流れたあと、翔太がゆっくりと口を開いた。
「……ごめん。俺、好きな人いるから」
その言葉に、思わず息を呑んだ。
……え。好きな人?
女の子も驚いたように目を見開いている。
「だから、ごめん」
翔太は申し訳なさそうに頭を下げた。それ以上は何も言わない。
女の子も泣きそうな顔で「そっか」とだけ笑うと、小さく「ありがとう」と言い残して昇降口を去っていった。
静けさが戻っても俺は柱の陰で固まったまま動けなかった。
翔太に好きな人。
胸の奥がまた小さく疼く。
……誰なんだろう。同じクラスか、部活のマネージャーか、それとも他校の子とか。
考えたって分かるはずもないのに、頭の中には次々と知らない誰かの顔が浮かんでは消えていく。
別に誰を好きでも俺には関係ないだろ。
そう思おうとするのに、不思議なくらいその一言が頭から離れなかった。
「……優」
突然、自分の名前を呼ばれて肩が跳ねる。
「もう隠れてなくていいぞ」
心臓が止まりそうになった。
恐る恐る柱の陰から顔を覗かせると、翔太は苦笑しながらこちらを見ていた。
「やっぱりいた。迎えに来てくれたんだ」
「ただいつもより、ちょっと早く終わったから」
「それでも嬉しい」
そう言って笑う翔太は、いつもの翔太だった。
さっきまで告白されていたなんて思えないくらい、普段通りの笑顔。
そのことに、なぜだか少しだけ安心する。
「じゃあ、帰ろっか」
翔太は何事もなかったように靴を履き替え、昇降口を出る。
俺もその隣を歩き出した。歩きながら何度も翔太の横顔を盗み見る。
自分でもどうしてこんなに気になるのか、分からないまま視線を落とす。
すると、隣から声が飛んできた。
「なぁ、コンビニ寄ってかない?」
顔を上げると、翔太が近くのコンビニを見つめた。
「腹減った」
その一言に思わず力が抜ける。
「……俺もなんか食べようかな」
「決まり」
そして、コンビニで飲み物とアイスを買い、店を出る。
「お腹すいてたけど、結局アイスにしちゃったな」
袋からアイスを取り出しながら翔太が笑う。
「やっぱ暑いからアイスに惹かれるよな」
俺も包装を破りながら頷く。
「優のそれ、新作?」
翔太が俺の手元を覗き込む。
「ああ。なんか初めて見たから」
俺が選んだのは、チョコでコーティングされた期間限定のアイスだった。
一方の翔太は、毎回買っているらしい氷系のアイスをくわえている。
「俺、こういう時いつも同じやつ買っちゃうんだよな」
「冒険しないタイプ?」
「失敗したくないタイプ」
翔太は苦笑しながら肩をすくめる。
「優は逆?」
「新しいの見つけたら、とりあえず一回は食べる」
「へぇ」
そんな他愛ない話をしながら、俺はチョコをひと口かじった。
パリッ、と気持ちのいい音が鳴る。
「……これ、うまっ!」
思わず声が大きくなる。
「そんなうまい?」
「うん。限定にするにはもったいないくらい美味い」
「そんな言われたら気にな。一口ちょうだい」
思わず固まる。
一口。たったそれだけなのに、妙に意識してしまう。
……いや、待て。何考えてるんだ俺は。
アイスを一口もらうくらい、友達なら普通のことだろ。
「……じゃあ、その代わりお前のもよこせよ」
できるだけ何でもないように言うと、翔太は少しだけ目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「交渉成立だな」
「……ほら」
そう言ってアイスを持ったまま少し差し出す。
すると翔太は受け取ることなく、「ありがと」と言って、俺の手首をそっと支えた。
「……っ」
ひんやりした指先が手に触れる。
そのまま翔太は顔を寄せ、俺が持っているアイスをぱくりとかじった。チョコが割れる小さな音が、妙に耳に残る。
「うわ、これめっちゃうまい」
無邪気に笑うその横顔を見ていると、意識している自分の方が恥ずかしくなってくる。
今度は翔太が自分のアイスを差し出してくる。
「優も食べてみ」
俺は黙って受け取る。
……どこを食べればいい。さっき翔太が口をつけた場所が、やけに目についてしまう。
「早く溶けるぞ」
急かされ、俺は観念して一口かじった。冷たい甘さが口いっぱいに広がる。だけど、それよりも熱くなっている耳の方が気になって仕方なかった。
「どう?」
「……うまい」
アイスを食べ終え、包装を近くのゴミ箱へ捨てる。
「新作、当たりだったな」
「なくなる前にもう一回食べたい」
そんな他愛ない話をしながら歩いていると、不意に頬へ冷たいものが落ちた。
ぽつ。
「……」
見上げた瞬間、二粒、三粒と雨粒が増えていく。
「うわっ」
翔太も空を見上げる。
「あー……傘持ってないのに最悪」
言い終わる頃には雨はどんどん強くなり、地面を濡らし始めていた。
「俺、折りたたみあるから」
翔太はそう言ってリュックを開け、小さな折りたたみ傘を取り出す。
「助かった……」
ぱっと傘が開くが、
「……小さくないか?」
高校生の男二人が入るには、どう見ても心もとない大きさだった。
「まあ、ないよりマシだろ」
翔太は笑いながら傘を差し、俺を中へ招く。けれど、肩が触れそうになる距離に思わず一歩外側へ寄った。
これなら少しくらい濡れても――。
そう思った瞬間だった。
「優」
ぐいっ。腕を軽く引かれ、体が翔太の方へ寄せられる。
「濡れるぞ」
耳元で聞こえた低い声に、心臓が跳ねた。
「でも……」
「風邪ひいたら困るだろ」
そう言って翔太は何でもないように俺との距離を詰める。
肩と肩がぴたりと触れた。歩くたびに腕がかすかに当たる。
折りたたみ傘に当たる雨音がやけに大きく響く中、その温もりだけが妙にはっきりと伝わってきた。
さっきまで他愛ない話をしていたのに、不思議と会話が途切れる。
肩が触れ合うほど近い距離が、いつもより意識されてしまう。
俺は何度か口を開きかけては閉じた。聞いていいのか。
でも、友達ならこれくらい──。
「あのさ」
「ん?」
「……翔太って、好きな人いたんだな」
思い切ってそう口にすると、翔太が顔を覗き込んできた。
「気になる?」
翔太がいたずらっぽく目を細める。
「え」
「俺の好きな人」
その笑顔に、不意に心臓が跳ねた。
距離が近い。傘が小さいせいで、少し顔を向けるだけで目が合ってしまう。
「……まぁ、少し」
正直に答えると、翔太はふっと笑った。
「可愛い」
「……へ?」
思わず顔を上げる。
聞き間違いじゃなく。驚いて見つめ返すと、なぜか翔太の方が先に視線を逸らした。
耳が少し赤い。
「……いや、今のは」
珍しく言葉に詰まっている。そんな翔太を見るのは初めてだった。
「もし好きな人が」
小さく息を吐いて、翔太はもう一度俺を見る。
真っ直ぐな目だった。
「優だって言ったら、どうする?」
雨音だけが、二人の間を静かに埋めていた。
「何言って……」
言い終わる前だった。不意に翔太の手が俺の頬へ伸びる。
大きな手がそっと頬を包み、逃げるように向けていた顔をゆっくりと正面へ向けられる。
「翔、太……」
雨音だけが二人を包み込み、通りを歩く人の姿もない翔太は一瞬だけ俺の目を見つめ、それから折りたたみ傘を少し傾けた。
「っ……」
唇に柔らかな感触が触れ、驚きで目を見開く。
声を出そうとしても、息が詰まって何も言えない。翔太はゆっくりと唇を離し、額が触れそうな距離で小さく笑う。
「……これが、俺の返事」
何か言わなければ、と思うのに、喉の奥がぎゅっと詰まったように動かない。
「返事は今じゃなくていい。でも俺、本気だから」
「……ごめん。俺、好きな人いるから」
その言葉に、思わず息を呑んだ。
……え。好きな人?
女の子も驚いたように目を見開いている。
「だから、ごめん」
翔太は申し訳なさそうに頭を下げた。それ以上は何も言わない。
女の子も泣きそうな顔で「そっか」とだけ笑うと、小さく「ありがとう」と言い残して昇降口を去っていった。
静けさが戻っても俺は柱の陰で固まったまま動けなかった。
翔太に好きな人。
胸の奥がまた小さく疼く。
……誰なんだろう。同じクラスか、部活のマネージャーか、それとも他校の子とか。
考えたって分かるはずもないのに、頭の中には次々と知らない誰かの顔が浮かんでは消えていく。
別に誰を好きでも俺には関係ないだろ。
そう思おうとするのに、不思議なくらいその一言が頭から離れなかった。
「……優」
突然、自分の名前を呼ばれて肩が跳ねる。
「もう隠れてなくていいぞ」
心臓が止まりそうになった。
恐る恐る柱の陰から顔を覗かせると、翔太は苦笑しながらこちらを見ていた。
「やっぱりいた。迎えに来てくれたんだ」
「ただいつもより、ちょっと早く終わったから」
「それでも嬉しい」
そう言って笑う翔太は、いつもの翔太だった。
さっきまで告白されていたなんて思えないくらい、普段通りの笑顔。
そのことに、なぜだか少しだけ安心する。
「じゃあ、帰ろっか」
翔太は何事もなかったように靴を履き替え、昇降口を出る。
俺もその隣を歩き出した。歩きながら何度も翔太の横顔を盗み見る。
自分でもどうしてこんなに気になるのか、分からないまま視線を落とす。
すると、隣から声が飛んできた。
「なぁ、コンビニ寄ってかない?」
顔を上げると、翔太が近くのコンビニを見つめた。
「腹減った」
その一言に思わず力が抜ける。
「……俺もなんか食べようかな」
「決まり」
そして、コンビニで飲み物とアイスを買い、店を出る。
「お腹すいてたけど、結局アイスにしちゃったな」
袋からアイスを取り出しながら翔太が笑う。
「やっぱ暑いからアイスに惹かれるよな」
俺も包装を破りながら頷く。
「優のそれ、新作?」
翔太が俺の手元を覗き込む。
「ああ。なんか初めて見たから」
俺が選んだのは、チョコでコーティングされた期間限定のアイスだった。
一方の翔太は、毎回買っているらしい氷系のアイスをくわえている。
「俺、こういう時いつも同じやつ買っちゃうんだよな」
「冒険しないタイプ?」
「失敗したくないタイプ」
翔太は苦笑しながら肩をすくめる。
「優は逆?」
「新しいの見つけたら、とりあえず一回は食べる」
「へぇ」
そんな他愛ない話をしながら、俺はチョコをひと口かじった。
パリッ、と気持ちのいい音が鳴る。
「……これ、うまっ!」
思わず声が大きくなる。
「そんなうまい?」
「うん。限定にするにはもったいないくらい美味い」
「そんな言われたら気にな。一口ちょうだい」
思わず固まる。
一口。たったそれだけなのに、妙に意識してしまう。
……いや、待て。何考えてるんだ俺は。
アイスを一口もらうくらい、友達なら普通のことだろ。
「……じゃあ、その代わりお前のもよこせよ」
できるだけ何でもないように言うと、翔太は少しだけ目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「交渉成立だな」
「……ほら」
そう言ってアイスを持ったまま少し差し出す。
すると翔太は受け取ることなく、「ありがと」と言って、俺の手首をそっと支えた。
「……っ」
ひんやりした指先が手に触れる。
そのまま翔太は顔を寄せ、俺が持っているアイスをぱくりとかじった。チョコが割れる小さな音が、妙に耳に残る。
「うわ、これめっちゃうまい」
無邪気に笑うその横顔を見ていると、意識している自分の方が恥ずかしくなってくる。
今度は翔太が自分のアイスを差し出してくる。
「優も食べてみ」
俺は黙って受け取る。
……どこを食べればいい。さっき翔太が口をつけた場所が、やけに目についてしまう。
「早く溶けるぞ」
急かされ、俺は観念して一口かじった。冷たい甘さが口いっぱいに広がる。だけど、それよりも熱くなっている耳の方が気になって仕方なかった。
「どう?」
「……うまい」
アイスを食べ終え、包装を近くのゴミ箱へ捨てる。
「新作、当たりだったな」
「なくなる前にもう一回食べたい」
そんな他愛ない話をしながら歩いていると、不意に頬へ冷たいものが落ちた。
ぽつ。
「……」
見上げた瞬間、二粒、三粒と雨粒が増えていく。
「うわっ」
翔太も空を見上げる。
「あー……傘持ってないのに最悪」
言い終わる頃には雨はどんどん強くなり、地面を濡らし始めていた。
「俺、折りたたみあるから」
翔太はそう言ってリュックを開け、小さな折りたたみ傘を取り出す。
「助かった……」
ぱっと傘が開くが、
「……小さくないか?」
高校生の男二人が入るには、どう見ても心もとない大きさだった。
「まあ、ないよりマシだろ」
翔太は笑いながら傘を差し、俺を中へ招く。けれど、肩が触れそうになる距離に思わず一歩外側へ寄った。
これなら少しくらい濡れても――。
そう思った瞬間だった。
「優」
ぐいっ。腕を軽く引かれ、体が翔太の方へ寄せられる。
「濡れるぞ」
耳元で聞こえた低い声に、心臓が跳ねた。
「でも……」
「風邪ひいたら困るだろ」
そう言って翔太は何でもないように俺との距離を詰める。
肩と肩がぴたりと触れた。歩くたびに腕がかすかに当たる。
折りたたみ傘に当たる雨音がやけに大きく響く中、その温もりだけが妙にはっきりと伝わってきた。
さっきまで他愛ない話をしていたのに、不思議と会話が途切れる。
肩が触れ合うほど近い距離が、いつもより意識されてしまう。
俺は何度か口を開きかけては閉じた。聞いていいのか。
でも、友達ならこれくらい──。
「あのさ」
「ん?」
「……翔太って、好きな人いたんだな」
思い切ってそう口にすると、翔太が顔を覗き込んできた。
「気になる?」
翔太がいたずらっぽく目を細める。
「え」
「俺の好きな人」
その笑顔に、不意に心臓が跳ねた。
距離が近い。傘が小さいせいで、少し顔を向けるだけで目が合ってしまう。
「……まぁ、少し」
正直に答えると、翔太はふっと笑った。
「可愛い」
「……へ?」
思わず顔を上げる。
聞き間違いじゃなく。驚いて見つめ返すと、なぜか翔太の方が先に視線を逸らした。
耳が少し赤い。
「……いや、今のは」
珍しく言葉に詰まっている。そんな翔太を見るのは初めてだった。
「もし好きな人が」
小さく息を吐いて、翔太はもう一度俺を見る。
真っ直ぐな目だった。
「優だって言ったら、どうする?」
雨音だけが、二人の間を静かに埋めていた。
「何言って……」
言い終わる前だった。不意に翔太の手が俺の頬へ伸びる。
大きな手がそっと頬を包み、逃げるように向けていた顔をゆっくりと正面へ向けられる。
「翔、太……」
雨音だけが二人を包み込み、通りを歩く人の姿もない翔太は一瞬だけ俺の目を見つめ、それから折りたたみ傘を少し傾けた。
「っ……」
唇に柔らかな感触が触れ、驚きで目を見開く。
声を出そうとしても、息が詰まって何も言えない。翔太はゆっくりと唇を離し、額が触れそうな距離で小さく笑う。
「……これが、俺の返事」
何か言わなければ、と思うのに、喉の奥がぎゅっと詰まったように動かない。
「返事は今じゃなくていい。でも俺、本気だから」



