そんな片想い、偽物だろ

***

「心!聞けよ」

放課後のチャイムが鳴り終わってすぐ、聞き慣れた声に顔を上げた。
万遍の笑みで走ってきた山崎を見て、悪い報告ではないってことだけはすぐにわかる。

「ん?なにがあった?」

「他校との試合決まった!俺ら一年は、入部して初めての試合だから、まじやべえ」

普段は基本冷静な山崎が、こんなに興奮している姿は中々ない。

ひとしきり喜んだあと俺を見て、はっとしたように少し真剣な顔になる。それから様子を伺うように、ゆっくり口を開いた。

「でさ…心、サッカー部のマネージャー引き受けてくれないか?」

「……は?」

「試合の時だけでもいい。サッカーの事わかってて、怪我の手当てまで出来るやつ、心しかいないだろ」

「試合の時だけのマネージャーなんて、いるかよ」

「顧問もチームメイトも、心なら!ってみんな賛成してた」

……みんなってことは、真も?
そう考えた瞬間、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
いや、今はサッカー部の事を考えよう。

合宿の時は必死で気づかなかった。

ベンチから試合を見る時間も。
みんなで騒ぎながら食べたご飯も。
思ってたより、嫌じゃなかった。
……いや、楽しかった。
山崎の誘いも、素直に嬉しい。

「……試合の時だけな」

「はっ!?まじで、いいのか!?」

断る理由なんて、なかった。

「保健委員は、やめないからな」

「それで十分だって!今日みんなに報告するわ!」

そう言って嬉しそうに部活に向かう山崎の背中を見送って、俺も保健室に向かった。

保健室に着いてすぐ、無意識にグラウンド側の扉を開けた。水道の隣の柱の横で足が勝手に止まる。

数ヶ月ぶりに見るサッカー部の練習。
それでもすぐに見つけてしまうあいつ。

真剣な顔でパス練習をしている真は、初めて見たあの時と同じ、なぜか目を引く。

迷いなくボールを追い続けて、無茶な体勢のまま足を伸ばした時、真を止めるチームメイトの声が響いた。

「神谷、止まれ!」
「無茶だって」

その直後、バランスを崩して派手に転ぶ。

「……なにやってんだよ」

数ヶ月経っても変わらない真に、思わず声が漏れた。

なのに、気づいた時には保健室へ急いでいた。

消毒液とガーゼを机の上に並べて、真が座るであろう椅子を置いたあと、我に返る。

「……なにしてんだ、俺」

真が保健室に来なくなって、どれくらい経ったんだろう。いつの間にか数えることもやめていた。

なのに、なぜだろう。
今日は来るかもしれない。
そんな気がした。

────

──コンコン

「心、おつかれー!……久しぶり」

懐かしい声に日誌を書いていた手を止めて、顔を上げる。

「いやー、パス練でちょっと突っ込んだら、怪我」

真はそう言いながら、昔と同じように迷いなく腰掛けた。

汗で湿ったユニフォーム。
少し乱れた髪。
初めて会った頃と何も変わってない。

でも、確かに変わったのは……鼓動の速さ、温度。
真が好きだっていう、この気持ち。

「……怪我、今日はどこ?」

気づけば、俺も昔と変わらないそんな言葉を口にしていた。

真は一瞬だけ目を丸くしたけど、すぐにへらっと笑った。

「それがさー、手足は大丈夫だったんだけど……ここ」

真が指差した先に視線を向けると、顎にうっすら赤く擦れた跡がある。

「なんだ……かすり傷じゃん」

「顎の傷って地味にヒリヒリ痛いんだな」

「痛みに強いんじゃなかったのかよ」

そう言って消毒液を手に取った俺を、真はただ黙って見ている。

「……痛い?」

「痛い!めっちゃ滲みる」

「嘘つくなよ」

「はー?ほんとだって」

気づいたら、笑ってる。
この感じが懐かしくて心地いい。

「はい、終わり」

傷にガーゼを貼って顔を上げた瞬間だった。

「心」

名前を呼ばれて視線を向けると、真が少し距離をつめるみたいに、身を乗り出した。

時間にしたら、ほんの一瞬。
唇に柔らかい感触が触れて、頭が真っ白になる。

「……は?」

声にならない声と同時に真を見ると、真も固まっていた。

「……あ」

心臓がうるさくて、何が起きたのかわからないまま、沈黙が流れた。

「記録、書いていい?」

しばらくして、先に沈黙を破ったのは真。

「……か、書かないとだめ」

まだ少し固まっている俺を見て小さく笑うと、保健室利用者記録表にペンを走らせた。

書き終えて俺に差し出すと、

「またな、心」

それだけ言って部活に戻って行った。

保健室の扉が閉まったあとも、しばらく動けないまま、視線だけ記録表に落とした。

────

〚名前〛 神谷 真
〚怪我をした場所〛 顎
〚その他〛
保健室に来た理由、桐谷 心。
怪我しなくても会いたい。

────

「……ぷっ、なんだよそれ」

思わず、笑った。


【完】




最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
真と心の不器用な初恋を書きました。
これからの二人の恋を応援したい!と思っていただけていたら、とても嬉しいです。