そんな片想い、偽物だろ

「山崎に彼女!?」
「うわっ!まじじゃん」
「てか、めっちゃかわいくね!?」
「俺も恋したいわー」

山崎に彼女ができた。
そんな噂が流れはじめたのは数日前。
その日からほぼ毎日、教室は山崎の話題で持ち切りだった。幸せそうに笑う山崎を見るのは、素直に嬉しい。

同時に、俺や真の話題が出ることがなくなり、内心ほっとしている自分もいた。

保健室で最後に会ったあの日から、もう三週間くらいが経った。あれから真が放課後に保健室に来る事はなくなって、昼休みにグランドで自主練する姿も一度も見ていない。

”「神谷、最近は屋上で自主練してるらしい」”

少し前に山崎が言っていたけど、会いに行く理由が見つけられなかった。

だから今日も、サッカー部が練習しているグラウンドを見ないふりして、保健室に向かった。

今までのように真の練習を見ることもなく、ただ黙々と保健委員の仕事をしていた。

──コンコン

「……失礼します」

扉が開いたと同時に聞こえてきた控えめな声に、保健日誌を書いていた手を止めた。

「心くん。なんかちょっと久しぶり」

鈴原春香が照れたみたいに俯きながら、立っている。

「今日は、どうしたの?真なら……しばらくここには来てないよ」

「ううん、今日は心くんに会いに来た」

「え?……俺?」

鈴原は、こくん、と小さく頷いた。

「伝えたいことがあって……」

真の話だって嫌でもわかる。
鈴原が俺に話しかける理由なんて、それ以外に浮かばない。

「真と何かあった?でも俺、最近会ってないし話すことも──」

言いかけたところで、鈴原が遮るように声を重ねた。

「ち、違くて、……好きです」

は?好きって?
真のこと、だよな?

「それって、えっと……つまり」

どういうこと?

「私と、付き合ってください」

「……っ!?」

俺に、言ってる?
状況をさっぱり理解できなくて、言葉に詰まる。

「覚えてないかもしれないけど、花壇で水かかっちゃった時……優しい人だなって思って」

既にぐちゃぐちゃな頭をフル回転させて記憶を辿った。

思い当たる出来事は、ひとつしかない。

花壇の前で水遊びしてたやつらに巻き込まれて、水をかけられた女子を見た。
そいつら、謝るどころか爆笑してて、思わず注意したら先輩で……めっちゃ怖かったんだよな。

あの時の子が、鈴原?

「それから、心くんが気になるようになって……気づいた時には、もう好きになってて…」

”気づいた時にはもう好きになってて”

俺も、そうだった。
なぜか気になって、気づいた時にはもう真を好きになってた。

爽やかな笑顔。
サッカーしてる時の真剣な顔。
肝試しの時に繋いだ手の温度。
言い過ぎた時の胸の痛み。
保健室で、引き寄せられた時の鼓動。

浮かんでくるのは真の事ばかりだった。

「心…くん?」

目の前の声に、はっとして我に返る。

「えっ?あ、ごめん……」

「私こそ、急にこんな事…ごめん」

困ったように笑う鈴原を見て、胸が傷んだ。

「俺、ずっと、鈴原は真のこと好きだと思ってた」

「……え?」

「だから、今びっくりしてて……うまく言えないかもしれないけど」

ちゃんと話したい。
曖昧にはしたくない。

「……同じ気持ち、知ってるから」

「同じ気持ち?」

「気づいたら、その人のことばっか考えてる感じ、かな」

「……心くんもいるんだ。好きな人」

鈴原は少し視線を落として、小さく息を吐いた。

「だから、ごめん。鈴原の気持ちには答えられない」

「うん……なんとなく、そんな気がしてた」

それって、俺が断るってわかってたってこと?

「それなら、どうして……」

「伝えないまま後悔するの嫌だったから」

後悔……
その言葉が胸の奥にまっすぐ刺さった。

「じゃ、私帰るね」

そう言って歩き出す鈴原の背中は、少し寂しそうに見えた。

「……鈴原、ありがとう」

保健室を出て行く背中を最後まで見送った。

鈴原が帰った後も”後悔”という言葉が、離れなかった。

”俺の気持ちは、俺にしかわからないだろ”
あの日、真に言われた言葉が突き刺さる。

俺はずっと、”偽物”とか”本物”とかそんな事ばかり考えて、肝心なことから逃げていた。

好きだって伝えること。
ちゃんと向き合うこと。

それが出来なかった。

なのに……
勝手に決めつけて、傷ついて、真の気持ちを”偽物”だなんて言った。

誰かを好きになる気持ちに、本物も偽物もない。

鈴原が俺に伝えてくれた気持ちも。
俺が真を好きになった気持ちも。

誰かを想う気持ちは、

「全部、本物なんだ……」