死に愛された女の肖像

 三日後の夜。外は霧雨が降り、看板の湿った木肌が街灯を鈍く反射していた。カウベルが軽やかに鳴り、ずぶ濡れのビニール傘を手に、ユキが意気揚々と店に戻ってきた。

「ただいま戻りましたー! 香さん、聞いてください。例の聖鳳学園、潜入成功ですよ」

 ユキはカウンターに飛び乗るような勢いで座ると、濡れた髪を無造作にタオルで拭き始めた。私は読みかけの本のページに指を挟み、顔を上げる。

「ずいぶん早かったわね。で、時代遅れの愛煙家の正体は?」
「数学教師の阿久津。三十五歳、既婚。結論から言うと、香さんの読み通り……いえ、読み以上の小物でした」

 ユキはタブレットを取り出し、隠し撮りしたであろう数枚の写真をスライドさせた。そこには、どこにでもいそうな、けれどどことなく自分に自信がありそうな薄笑いを浮かべた男の姿があった。

「あいつ、別に生徒を本気で弄ぼうなんて野心もなければ、逆に誠実に付き合おうなんて気概も一ミリもありません。ただ、女子高生に慕われている自分っていうシチュエーションに酔ってるだけの、ただの軽薄な男です。あの子以外にも、適当に期待を持たせるような言葉をばらまいてるみたいですよ」
「……よくそこまで短期間でわかったわね」
「そりゃもう、潜入捜査の賜物ですよ。放課後の空き教室で、ちょっとスカート短くして『先生、勉強教えてくださいよぉ』って近づいたら、鼻の下伸ばしてペラペラと。お色気作戦、百発百中でしたね!」

 私は深く溜息をつき、ミルのハンドルを回し始めた。

「……本当に女子高生のフリをしたわけ? その歳で」
「失礼な! 廊下ですれ違った男子生徒に二度見されましたからね。現役で通ります。……あ、でも阿久津のやつ、私がちょっと色っぽく迫ったら、慣れた手つきで腰に手を回そうとしてきましたよ。最低です」

 ユキはラテを一口啜り、ふぅ、と息を吐いた。

「あ、それから、ついでに昨日の子――中野栄子ちゃんにも会ってきました」
「……彼女に接触したの?」
「はい。校門の前で待ち伏せして。私が『昨日の喫茶店の者ですけどー』って話しかけたら、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して固まってました。そりゃそうですよね、死ぬ相談をした翌日に、店員が制服着て学校に現れたんですから」

 私は手を止め、ユキの言葉の続きを待った。あの子は、私が渡さなかった出口を、まだ自分で探し続けているのだろうか。

「でも、彼女と少し話して、私、あることに気づいちゃったんです」

 ユキのトーンが、少しだけ真剣なものに変わった。私はミルの中の豆が完全に砕かれたのを確認し、静かに問い返す。

「……なに?」

 ユキはカップを置き、私の目を真っ直ぐに見つめて言った。

「あの子は死ぬべきじゃないです。少なくとも今は」

 ユキの声が少し真剣なものに変わっていった。