隣のコートが青すぎる

 全試合が終わって陽が落ちてからも、俺の中の熱は冷めずにいた。一人で帰る気にもなれず、体育館から高瀬が出てくるのを待つ。
 緊張と空腹で胃がキリキリしている。体育館の壁に背中を預けて座っていると、エナメルバッグを下げた高身長集団が出てきた。その中に、高瀬もいた。

 チームメイトと喋っていた高瀬だったが、俺を見つけると「え?」と口を開ける。遠慮がちに手を振ってみると、高瀬はダッシュで俺のもとまでやってきた。

「嘘……。望月、まだいたの? もしかして、俺を待って?」
「うん、高瀬に会いたかったから」

 顔を見られたのが嬉しくて、本音を零してしまう。高瀬は目を見開いて驚いていたが、次第に柔らかく表情を緩めた。

「勝ったよ、二年チームの初陣」
「うん。見てた。すごくカッコよかった」

 第一試合は、高瀬がスパイクを決めたことをきっかけに劇的に流れが変わった。絶好調になったチームメイトが次々とファインプレーを決めて、逆転勝利を収めたのだ。
 その後の試合は、勝ったり負けたりしていたが、第一試合で勝利できたのは大きな自信に繋がったようだ。

「望月の応援も届いた。最初は全然スパイク決められなくて焦ってたけど、望月の声を聞いたら気持ちが落ち着いた。次こそ絶対に決めてやるって気合入ったし」
「うん、あれはすごかった。鳥かごに押し込められていた鳥が、ぱああっと飛び立ったみたいで」

 ぱたぱたと手振りを交えて伝えると、高瀬は肩を震わせながら笑う。

「その例えは面白いね。でもあれは、俺だけの力じゃない。コバたちがボールを繋いで、マキが俺を信じてボールを託してくれたから打てたんだ」
「うん。やっぱりバレー部の結束力はすごいね」

 羨ましいとは思ったけど、もう卑屈にはならない。俺はチームメイトとは違う形で、高瀬と繋がりたいから。

「あのさ、俺、高瀬に伝えたいことがあるんだ」
「俺もだよ。ずっと考えていたことの答えが出たから、伝えようと思ってた」

 熱い視線が交わる。心臓が飛び出しそうになりながらも、想いを告げた。

「好きだ」
「好き」

 言葉が交わる。想いがシンクロした瞬間だった。

「……今、俺の方が早かった?」
「いや、俺でしょ」
「言い終わるのは、高瀬の方が遅かった」
「なにその判定」

 高瀬は真顔を崩してくくっと笑い出す。俺もつられて笑った。

「えっと、両想いってことで良いんだよね?」
「だね。あー、よかったー。望月に振られたら、ショックでしばらく飯食えなくなりそうだったから」

 心底ほっとしている姿を見ていると、勇気を出して告白してくれたのが伝わってくる。俺と同じだ。
 ふぅっと息をついた高瀬は、まっすぐこちらを見据えた。

「前にさ、俺からバレーをとったら何も残らないって話したじゃん?」
「うん。してたね」
「あれ、撤回する」

 高瀬の手が、俺の両手を包み込む。大きくて、あたたかい。

「今の俺からバレーをとったら、望月が残るんだと思う。望月がいれば、俺はなんだって頑張れる」

 なんだよ、それ。バレーをとったとしても、もっといろんなものが残るだろう。
 大袈裟な言葉に驚いてしまったが、高瀬にとっての大事なものの一つに、俺を入れてくれたのだとしたら嬉しい。俺の存在が、頑張る糧になっていることも。

「バレーしている高瀬も、それ以外の高瀬も、全部見せてよ。カッコいいとこ、もっと見たい」

 繋いだ手を握り返すと、高瀬は驚いたように目を見開く。しばらく見つめ合っていると、高瀬が「くぅ……」と顔を歪めながら唸った。

「望月がかわいすぎて、胸がぐわんぐわんする」

 苦しそうに胸を押さえる高瀬。大丈夫か? 顔は熱があるみたいに真っ赤だし。
 手を貸そうかとした瞬間、突如高瀬に手首を掴まれた。

「望月、ちょっとだけこっち来て」
「う、うん。いいけど……」

 どこに行くつもりだ? 言われるがままついていくと、体育館裏に連れていかれた。
 狭い通路に押し込まれると、ガシャンと背中にフェンスが当たる。顔を上げると、高瀬に至近距離で見下ろされていた。その瞳は、甘ったるくて、熱っぽい。

「た、高瀬?」

 いつもと違う姿に戸惑っていると、高瀬が俺の前髪をかき上げる。視界を遮るものがなくなると、瞳の奥の熱がダイレクトに伝わってきた。耐えきれず目を逸らすと、高瀬にふっと笑われる。

「俺のことずっと見てたくせに、見られんのは恥ずかしいんだ」

 色気のある表情に、顔が燃え上がりそうになる。

「は、恥ずかしいに決まってんじゃん! こんな至近距離で見つめられたら」
「じゃあ、目閉じてていいよ」

 言われた通り、ぎゅっと目を瞑る。その数秒後、弾力のある柔らかなものが唇に触れた。

「んっ……」

 突然のキスで一瞬身体が強張ってしまったが、嫌悪感はない。むしろ嬉しい。受け入れるように、ゆっくりと力を抜いていった。

 隣のコートから見ていた高瀬とキスをしている。こんなに近くで。
 感情が昂ってふわふわしていると、ゆっくりと唇が離れていく。名残惜しさを感じながら目を開けると、高瀬が困ったように眉を下げていた。

「ごめん。本当は段階踏むべきなんだろうけど、我慢できなくて……」

 気持ちが抑えきれなかったのか。そこまで夢中になってもらえたのは、なんだか嬉しい。

「びっくりしたけど、嫌じゃないよ。好きな人に、されたんだし……」

 照れながらも正直に伝えると、高瀬はまたしても「くぅ……」と悶え始めた。

「そんな風に煽られると、突っ走りそうになるんだけど」
「別に、突っ走ってきてもいいけど……」

 キスだったら、またしても構わない。俺も、もうちょっとしたいと思っているし。強請るようにぽってりとした唇を見つめていると、高瀬は「はあー」と頭を抱える。

「それ意味分かって言ってんの? 止めないと大変なことになるよ? 望月が」
「俺が?」
「そう、望月が」

 どう大変なことになるんだ? 首をかしげていると、苦しそうに顔を歪めた高瀬に抱きしめられた。

「わっ……」
「大丈夫、これ以上は突っ走らないから。今は」

 柑橘系の香りに混じって、ほんのり汗の匂いを感じる。それすらも愛おしく思えて、そっと背中に手を回した。すると高瀬も、俺を抱く力を強める。

「望月のことは苦しくなるくらい好きだけど、しばらくはプラトニックな付き合いをするつもりだから。せめて、望月が部活引退するまでは」
「長くね? 一年以上あるじゃん」
「うん。超長い。でも待つから。望月には部活も頑張ってもらいたいと思ってるし」

 高瀬が、俺の部活のことまで気にかけてくれているのは意外だった。
 俺はバドミントンが好きだけど、部活では目立った成績を残しているわけではない。全国を目指すなんて、口が裂けても言えなかった。
 だけど、あんなに熱い試合を見せられたら、俺だって思うところはある。

「……俺も、古河と県大出場くらいは目指してみようかな」

 胸の内で芽生えた目標を口に出してみると、高瀬が「うん」と頷く。

「俺も、隣のコートから見守ってるから」

 そうか。高瀬が見ていてくれるなら、もっと頑張れそうだ。そこそこではなく、本気で。
 どちらからともなく腕を解くと、顔を見合わせながらはにかむ。それから二人で体育館裏から抜け出した。

「ずっと待ってたから腹減ったでしょ? ファミレス行こうよ。望月の好きなハンバーグ、食べよう」
「家で飯食わなくていいの? 色々用意してくれてるんじゃない?」
「いいよ。試合に勝った日くらい、好きなもん食いたいじゃん。親には連絡しとくし」
「そういうことなら、行く。ファミレスのハンバーグ、食べたい」

 誘いに乗ると、高瀬は目を細めながら嬉しそうに微笑む。優しい眼差しを向けられると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
 正門を出たタイミングで、高瀬からごく自然に手を繋いできた。

「来週の土曜は、久々に部活が休みだからデートしようよ」
「デート⁉ う、うん! 行きたい! どこ行く?」
「無難に映画とか? あー、でも、俺、寝るなぁ……。望月は行きたいとこある?」
「それなら文具博に行きたい! 今月からやってて、行きたいと思ってたんだよね。大きな展示場に色んな文具が集まるんだよ。ペンとかノートとか付箋とか。そこでしか買えない限定商品もあるし」
「へえ、面白そうじゃん。行こうよ。お揃いのノートとか買おう。そしたら俺も、勉強のモチベ上がるかもしれないし」

 ファミレスに向かいながら、デートの予定を決めていく。
 高瀬がバレー部の貴重な休みを俺に費やしてくれることも嬉しいし、俺の好きなものを大事してくれるのも嬉しかった。

 コートから出ても、高瀬は高瀬だ。
 ちょっとゆるいところもあるけど、俺にとってはいつまでも見ていたい憧れの人だった。

<終>