隣のコートが青すぎる

 水曜日。体育館の隣のコートでは、今日もバレー部が練習していた。

「次、サーブ」
「「サーブ!」」

 元気のいい掛け声とともに、バレー部員はボールを持ってエンドラインに走る。真新しい体操着を着た一年たちは、キビキビとした動きで対面コートに三角コーンを運んでいた。

 サーブ練習が始まると、三角コーンを狙ってすさまじい勢いでボールが飛んでいく。豪速球サーブを繰り出す部員たちに怯えながらも、俺は高瀬の姿を探していた。

 高瀬は、ダンッ、ダンッ、と床にボールを弾ませている。そろそろ打つ頃かな?
 ソワソワしながら見守っていると、ふと目が合う。戦闘モードに入った鋭い眼差しで見つめられると、バクンっと心臓が跳ね上がった。

 ――がんばれ。

 心の中で応援する。その直後、高瀬がボールを宙に投げた。
 助走をつけて踏み込むと、空中でボールを打つ。ジャンプサーブだ。
 まっすぐ飛んでいったボールは、対面コートに置かれた三角コーンをバコーンッと弾き倒す。俺もぶっ倒れるかと思った。

 あまりのかっこよさに言葉が出てこない。呼吸もままならないまま立ち尽くしていると、古河に「大丈夫かー?」と声をかけられた。興奮の冷めぬまま、古河に縋る。

「あ、あのさ、かっこいい~って伝えるサインって、どうやるの?」
「…………は?」

 この場で叫んだら、どう考えても練習の邪魔だ。なにより俺が恥ずかしい。
 この感動を高瀬に伝える方法はないものかと悩んでいると、古河は呆れ顔をしながら親指と人差し指をクロスさせた。

「これとか? 指ハート」
「こう?」
「ちげーよ。それだと金出せになってる」

 見よう見まねでやってみたが、違ったらしい。

「じゃあ、こっち、人差し指と中指でハート作って」
「人差し指と中指⁉ なんでそんなやりにくい指で……」
「いいからやれ」

 指をプルプルさせながら、どうにかハートらしきものを作る。それを高瀬に見せると、真剣だった表情が、ポカンと気の抜けた顔に変わった。
 あ、だめかもしれない……。
 慌ててハートを引っ込めて、手を後ろに隠す。隣では古河がブフォっと噴き出した。

 呆然としていた高瀬だったが、次第にへなへなと床に崩れていく。具合が悪くなったのではと心配したが、違ったようだ。笑っているんだ。
 高瀬はしゃがみ込みながら、プルプルと肩を震わせている。どうやらツボに入ったらしい。

 ひとしきり笑った後、深呼吸をしながら立ち上がった。
 もう一度目が合うと、高瀬はゆっくり右手を持ち上げる。片手でハートの半分を作ると、顔の横にくっつけた。

「……っ⁉」

 その仕草があまりにかわいすぎて、心臓がギュンギュンと締め付けられる。頬が真っ赤だから、本物のハートのようだ。

「ほっぺハートじゃん。よかったな、ファンサしてもらえて」

 古河に肩を叩かれる。嬉しさと恥ずかしさで、胸がいっぱいだ。爆発しそうになっていると――。

「うぉい、タカァァ! ふざけてんじゃねーぞ!」

 ふわふわした甘い空気は、先輩の怒声によってかき消された。高瀬はびくんっと肩を飛び上がらせた後、「すいませんっ!」と頭を下げた。
 どうしよう、邪魔した……。
 すぐさま、ごめん、と両手を合わせる。高瀬は目を細めながら、いいよ、と首を振っていた。

「おーい、満足したかー? こっちも練習しようぜー」

 呆れ顔の古河に声をかけられたところで、俺も気持ちを切り替えた。

「ごめん。やろう」



 翌朝。朝練を終えた高瀬が教室にやってきたところで、すぐに昨日のことを詫びた。

「昨日はごめん。先輩に怒られてたけど、大丈夫だった?」

 声をかけると、眠たげだった高瀬の瞳がキラッと輝く。

「あ、うん、怒られたのは平気。でも、大丈夫では、ないかも」
「どっちだよ?」

 煮え切らない返事にツッコミを入れると、高瀬はいつになく真面目な表情を浮かべた。

「今、俺の中で未知の現象が起きているんだ。その原因を究明するまでは、はっきりしたことは言えない」

 なんだ急に? 世紀の大発見を前にした科学者みたいなことを言って。化学のテストは赤点ギリギリだったくせに。

「そっか……。何か分かるといいね」
「うん。難しい問題だけど、頑張って答えを導いていくよ」

 なんだかよく分からないけど、とりあえず頑張れ。

「それよりさ、今週の土曜にバレー部の練習試合があるんだけど、観に来ない? 三年の先輩だけじゃなくて、俺ら二年も出るから」

 思いがけないお誘いを受けて、胸が弾む。

「いいの? 部外者が観に行っても」
「うん。うちの体育館でやるから、都合よければ来て」

 高瀬の出る試合……。見たい! ものすごく見たい!
 いままでは隣のコートからこっそり見ていたけど、次は堂々と見ていいんだ。高瀬のことも、堂々と応援できる。

「行く! 絶対行く!」

 力強く頷くと、高瀬は嬉しそうに目を細めた。

「ありがとう。望月が来てくれたら、勝てそうな気がするよ」

 土曜日が待ち遠しい。金曜日をスキップして、試合の当日になってほしかった。