勝手に射抜いてんじゃねぇよ


 里村と付き合うことになった翌日。朝、駅の改札口を抜けると里村が立っていて、ワイヤレスイヤホンを付けようとした手が止まる。
「えっ」
「あ、おはよう!」
「おはよ。…なんでいんの?」
「昨日なかなか寝れなくてさ、家出るの遅くなったんだよ。だから、せっかくだし一緒に登校しようと思って!」
「…。」
「あれ、もしかして迷惑だったか!?」
「いや…嬉しい」

 学校へ向かいながら里村は聞いてくる。
「一夜明けてどう!?俺で大丈夫そ?」
「その聞き方なんだよ」
心配そうなセリフとは裏腹に、聞いてくる表情にどこか余裕がある。
「つーか、周りに言いふらすのだけはやめろよ?」
「分かってるって!極秘恋愛だな、逆に燃えるってやつだ」
「俺らは芸能人かよ」
「あはは。…あ、明日の午後か明後日暇?デートしねぇ?」
「え、デート?」
「来週の修学旅行、班違うし、自由行動も別だろうから、先にカップルっぽいことしときたいなぁって。あれ、俺浮かれ過ぎ!?」
「全然。…明後日なら何時でも空いてる」
「おっけ!どこ行く!?何する!?」
 相変わらずの声量とテンションの里村を見て、前みたいに嫌悪感を抱くことはない。むしろ、喜んでいるのが伝わって微笑ましくなる。


 当たり前だが、教室に入ると俺たちは前後で席についた。ハズレだと思っていたこの席は、一瞬で神席へ変わった。
 里村が席に着くなり、クラスの陽キャ女子たちが絡みに来た。
「サト、おはよー」
「おはよう!」
「今日来るの遅かったね」
「ちょい寝坊しちゃったんよ」
「珍しー。…あ、日曜空いてたりする?」
「日曜?」
「うん、クラスの何人かで遊び行こってなってて」
「おぉ、楽しそー」
…日曜日。
 聞きたくなくても聞こえてしまう話に静かに反応した。
「…だけど、日曜はめっちゃ大事な用あるから無理!」
「えー、そうなのー?ざんねーん」
「悪りぃ!次回は参加するわ」
 わざわざ大事というワードが追加されて、口元が緩みそうになる。

 つーか、付き合うまであんま意識したことなかったけど、里村って女友達多そうだよな。男女問わず仲良くするタイプだし。…そもそも、里村ってモテんのかな?いや、モテるか。普段里村と仲良い女子が狙ってるかもだし、そうじゃない女子も弓道してる姿なんか見たら、確実にやられるだろ。あ、でも、里村の恋愛対象が男なら、俺のライバルは男子か!?

 なんて勝手に想像している間に、朝のホームルームが終わっていた。


 放課後は写真部の活動日だったため、校内を歩き周り、好きなものを収めていく。
 2階の渡り廊下を1人で渡っていた時、ふと下を見ると1階の外を歩く袴姿の里村を見つけた。
…休憩中か?
「おーい」
声に反応し、俺に気付いた里村の表情が一気に明るくなる。
「お疲れー!良いの撮れてるー?」
「今日はあんまかなー」
「…あっ、じゃあ撮っていーぞ!」
そう言った里村に弓を引くポーズをされ、カメラを構えた。
 レンズ越しに見た里村の口元が「す」「き」と動いて、柄にもなくキュンとなる。
「…射抜いてんじゃねぇよ」
小さく呟いた俺の顔は、きっとすげぇ幸せそうだと思う。

…カシャッ…



 初デート当日。
「荒木ー!」
待ち合わせ場所にいる里村は、俺を見つけて大きく手を振る。
「お待たせ」
「俺もさっき着いたばっか」
 里村の私服姿を見るのは、ゴールデンウィークのカラオケ以来。
…前見た時より、オシャレっつーか…かっこいいな。
「…。」
「ん、どした?」
「いや、別に」

 やって来たのは、初デートの定番の一つである水族館。
「暑い時期は室内に限るなぁ」
チケット売り場に並び、手で顔を仰ぐ里村の横で、久しぶりの水族館に内心ワクワクしている。

 「もしかして、水族館好き?」
入館し、歩き進む俺に優しい口調で聞いてくる里村。おそらく施設内だから、声のトーンを下げてるんだろう。
「…うん、好き」
「やっぱな。水族館って決まった時から文面が嬉しそうだったし、着いてからなんか雰囲気が子供っぽくなったから好きなんかなって」
「子供っぽい…?」
「あ、馬鹿にしてるわけじゃねーから。楽しみなオーラ全開でかわいいなって意味」
「…。」
ワクワクしていたのがバレて恥ずかしくなる。

 一つ一つの水槽を見て回る時間は、想像以上に穏やかで、むちゃくちゃ楽しい。
「あ、クラゲだ」
ライトアップされた水槽内をぷかぷかと動くクラゲを夢中で見ている里村。
「クラゲ好きなの?」
「うん、めっちゃ好き!癒し効果半端なくない?俺、いつかクラゲ飼いたいんだよなぁ」
「え、クラゲって家で飼えんの?」
「飼えるらしい。でも、繊細だから飼育すんのムズイってネットで見た」
「へぇ」
「俺がクラゲ飼ったら、見に来てなっ」
「それ何年後だよ」
「何年後でもいいじゃん。ずっと一緒にいるんだし」
水槽を眺めながら、当たり前のように言った里村の横顔に、胸の奥がぎゅっとなる。


 「んー、薄暗いとはいえ結構人いるしなぁ」
イルカショーに移動しながら、里村は何かぶつぶつ言っている。
「どした?」
「手繋ぎたいけど、タイミングねぇなぁと思って」
気持ちや考えを、どストレートに伝えてくるのは、こいつの良いところだ。

 「よし。濡れにいくか!」
「え、まじ?」
「まじまじ。ほら、行くぞ」
戸惑いながら、最前列へ進んでいく里村の後ろをついて行った。

 ショーが始まり10分、ついにびしょ濡れタイムが始まってしまった。配布されたポンチョが何の意味もないほど、びしょびしょになっていく俺と里村。
「あははっ、やばー!びっしょびしょ!」
「やべー、ずぶ濡れ」

 ショーの盛り上がりが絶好調に達した時、隣り合う手がぎゅっと繋がれた。
「…っ!」
 ショーが終わるまで残り数分。俺たちの手元を見る人なんかここにはいない。
 …ぎゅっ、イルカたちを見ながら、強く握り返した。


 水族館を後にした俺たちは、近くの公園のブランコで揺られている。
「陽射しに感謝だな」
「それな!」
ジリジリ焼けるような陽射しのおかげで、服はほとんど乾いた。
 「あー、楽しかった!」
ペットボトルに口をつける里村の横顔は、まだ髪から水滴が落ちていて、なんだか色っぽい。
「…。」
つい見惚れていたら「飲む?」とペットボトルを差し出された。
「ありがと」
…これ地味に間接キスだよな。…って、こんなのでドギマギしてたら、この先どうすんだよ。
 雑念を必死に無くし、口をつけた。
「ごくっ……ん、ありがとう」
返そうと顔を向けた瞬間、

…ちゅっ…

 …っ!?
里村の唇が、ふわっと重なった。
「…今日ほんとありがと。やっぱ、すげー好きって思った」
「あ…うん、こっちこそありがと」
 動揺もあり、素直に好きと言い返せない俺に笑顔を見せる里村は心底優しい。

 早くこの意地っ張り直したい…。