手首を捻挫して1週間。まだ若干の痛みは残っているものの、やっと包帯生活とお別れだ。
朝、教室に入ってきた俺を見て、里村が駆け寄ってきた。
「おはよーう!包帯取れてんじゃん!もう大丈夫なの?」
「うん、ほぼほぼ治った」
「あー、まじで良かったぁ。ってことは、シャーペン持てる?」
「うん。またノート見たいから、写メって送ってほしい」
「…荒木、今日放課後ヒマ?」
「えっ?…暇だけど」
「今日珍しく部活休みだから、どっかでノート写し会しようぜ!」
「写し会?」
「ノート渡してもいいけど、書く量多いし、ある程度一緒に手分けして書いた方が楽だろ?」
「いや、自分でやるって」
「まぁまぁ、ここは甘えとけって!また後で場所決めような」
「…。」
里村の強引さなのか、好きと自覚したからなのか…全力で断れない俺がいる。
帰りのホームルームが終わり、里村とどこでするか決めようとしていた時。スマホを見たら、母さんからメッセージが送られてきていた。
「…まじか」
「どうかした?」
「母さんが、なんか急きょ仕事が長引くみたいで、妹のことお願いって…。だから今日はやっぱ…」
「じゃあ、荒木ん家でしよう!!」
「は!?」
「俺ん家より学校から近いし、友達の家遊び行くの俺好きだし!」
いやいや、そーゆー問題じゃねーよ!好きな相手が家に来るって一大事だろ。
結局押しに負け、俺の家へ行くために2人で電車に乗った。
座ることはできなかったが、車内はそこまで混んでいない。なのに、ドア付近に立つ俺たちの距離は、電車が揺れるたびに手が触れるほど近い。
「…。」
…近ぇよ、おい。…蒸し暑いし、肌ベタベタしてんのに、嫌じゃねぇのかな。
そう思いつつ、自分からは離れようとしない俺は、里村の気持ちに甘えている。
最寄駅から10分ほどで着いた俺の家。
「ただいまー。…どーぞ」
「お邪魔します!」
リビングのダイニングテーブルで、小学生の妹が宿題をしていた。
「お兄ちゃん、おかえり!…えっ」
俺の後ろにいる里村に気づき、人見知りの妹は緊張した表情を見せた。
「初めまして!お兄ちゃんの大親友です!」
…こいつ、調子いいな。
妹は小さく会釈する。
「兄ちゃんたち、部屋で勉強するんだけど、リビングに1人で大丈夫?」
「うん。もうすぐ徹平兄帰ってくるし」
「おっけ。なんかあったら声かけて」
「はーい」
菓子とジュースを持って俺の部屋に移動した。
「妹、荒木に似てんね!前に会った弟は、あんま似てなかったけど」
「見た目は俺と下の妹が母さん似、上の妹と弟が父さん似だから。中身はみんなバラバラだけど」
「へぇ、なんかそういうの良いな!あと上の妹に会えば、荒木兄弟コンプリート!」
「部活で遅いから、今日は会えねーぞ」
「まじかー」
おやつタイムの後にノートを写すこと1時間。途中、弟が帰ってきた声が聞こえたが、集中を切らせたくなくて書き続けた。
「ふぅー、久々なのに使い過ぎたかも」
シャーペンを置き、手をグーパーする俺。
次の瞬間、
…っ!?
里村が俺の手を両手で優しく揉み始めた。
「えっ、あっ…なん…」
突然の行為にパニックになってしまう。
「頑張った右手への労い。…と、荒木に触れる口実みたいな…」
静かに俺を見つめる里村と目が合った。
…ドクンッ…
「荒木は…俺と触れ合いたいとか思える?」
「え…」
俺の気持ちに気付いてて聞いたなら確信犯だ。
リビングに弟たちがいるのに、どんどん甘い雰囲気になっていく里村を前にして、これ以上誤魔化すのは不可能かもしれない。
「…思える…よ。…触れたいし、触れてほしい…って」
自分の口から出た甘い言葉に、みるみる顔は赤くなり、目線を逸らしてしまう。
「え、待って待って。それはつまり、俺のこと好きってこと…で合ってる?」
問いかけに小さく頷いた。
「…やば。…あーっと…待って。ちゃんと言いたいし、ちゃんと聞きたい」
里村は俺の手を軽く握ったまま、正座に座り直し、真剣な顔をした。
「荒木のことが大好きです。俺と付き合ってください」
…普段ふざけてばっかなのに…ほんと敵わない。
「俺も…大好きです。…よろしくお願いします」
返事を聞き、満面の笑みを浮かべた里村は、
「ありがとう!絶対大事にするから!!」
と男前なことを言い、
「…ぶっ飛ばし過ぎなら断ってくれていいんだけど、抱きしめていい!?」
と恥ずかしげもなく聞いてくる。
「…別にいいけど」
相変わらず無愛想な俺をぎゅっと抱きしめた。
ぎゅーっ…
「…めっちゃ好き」
この不意の囁き声に俺は死ぬほど弱い。
耳が赤く染まり、初めて包まれる里村の体温と匂いにフラつきそうになる。
里村が帰る時間になりリビングに行くと、弟は「あ!弓道のかっこいい兄ちゃん!」と目を輝かせた。
「久しぶりー!」
「来るなら教えてほしかった!オレ、聞きたいこといっぱいあったのに」
「え、そうなん?」
「俺に聞きたいこと?」
「うん!今度いつ遊びに来ますか!?兄ちゃんと仲良いし、すぐ!?」
仲良しっつーか、ついさっき恋人になった。なんて言えるわけもなく、前のめりな弟を落ち着かせる。
「はいはい。また遊び来てくれる時は、ちゃんと言うから。俺、駅まで送ってくるから留守番よろしくな」
「はーい」
「またねー、お邪魔しました!」
駅までの道中、あまりの急展開にまだ1人そわそわしている。
この間好きって自覚して…里村と付き合う…え、こんなスピード展開信じれる?
「荒木?大丈夫?」
「えっ、あぁ、うん」
「…なんかさ、寝て起きて冷静になった荒木に、やっぱ付き合うのは無理って思われそうで怖い」
「んだよそれ。そんなのお互い様じゃね?」
「え、お互い様?俺は今日も明日もその先も、ずーっと冷静だけど?常に冷静に恋してる」
「あはっ、なにその発言」
「えー、至って真面目なんだけど!…俺にとって荒木は、弓道と同じぐらい俺を変えてくれた存在だから。競技と比べられても嬉しくないかもしんねーけど」
「嬉しいよ。里村が死ぬほど弓道愛してんの知ってるから、同じぐらいってのは最上級の言葉」
「…うわー、そんなの言われたら惚れ直す!え、ときめき殺しにきてる?」
「うぜーノリしてくんな。…じゃ、また明日な」
「うん、明日からよろしくな」
改札に入っていった里村は、振り向いて笑顔で手を振ってきた。
…かわい。…うん、どう頑張っても冷静になれねーよ。



