弓道部の試合を見に行って数日。俺ん中の里村への感情が少しずつ変化を始めた。
…変化っつーより、全力で気付かない振りをしていた気持ちに、やっと素直になり始めたって感じ。
暑さで誰もいない昼休みの屋上で、1人カメラ内の撮影データを見つめていた。写っているのは、もちろん里村。
「…俺のセンスが良いのか、こいつの雰囲気が最高なのか…」
正直なところ、こうして写真を眺めるのは今に始まったことじゃない。
弓道場で始めて撮影した日から、凛とした横顔写真を何度も見返していた。なんで自分がそんなことをしていたのか、今なら分かる。
だけど、この特別な気持ちは、里村の言っていた気持ちと同じ一直線上にあるんだろうか、と考えてしまう。
教室の中に入る瞬間、出ようとした里村とぶつかり、そのまま勢いよく廊下に尻もちをついてしまった。
「いって…」
「わっ、大丈夫!?」
焦る里村がしゃがみ込んでくる。
「うん、大丈夫。…いっ…」
立ち上がろうとした時、右手首に激痛が走った。
「えっ、もしかしてどっか痛めた!?」
「…いや…うん、ちょっと保健室行ってくる」
…たぶん、手首やられてるな。
「俺も一緒に行く。…コレコレ、俺と荒木授業遅れるって伝えといて!」
「いや、いいって。1人で行くから」
「俺が急に飛び出たせいだし。ほら、行こ」
「…。」
養護の先生に診てもらったところ、手首は捻挫していて、包帯でぐるぐるに固定された。
「ほんとごめんっ!」
保健室からの帰り、里村は申し訳なさそうに謝ってくる。
「いや、俺もちゃんと見てなかったし」
「ううん、完全に俺が悪い。…その手だとノート書いたり、カメラ使ったりすんのむずいよな?」
「あぁー、まぁ1週間ぐらいで治るって言ってたし、問題ねーよ」
「俺、荒木に見せれるようにちゃんとノート書くから!治るまで、荒木の右手代わりになるからな!」
いきなり大声で宣言する里村。
「…声でけーよ。今、授業中」
「悪りぃ悪りぃ。しーっだな」
注意されたのに、里村はなぜか上機嫌だ。
「なんか途中から授業出んのもあれだな。いっそのこと残り時間サボるか!」
「はぁ?」
「いいじゃんたまには!この時間なら弓道場近くが良さそうだな」
普段の口の悪さやヤル気の無さから意外に思われるかもしれないが、授業を意図的にサボったのは初めてだった。
日陰になっている外階段に並んで座る。
「そろそろ梅雨入りかなー」
「来週末あたりとか?」
「北海道は梅雨ないから関係ないよな!?」
「たぶん」
今月中旬、2組の俺たちは北海道へ修学旅行に行く。
修学旅行のことや他愛ない話をしていたら、不意に里村が言ってきた。
「やっぱ荒木と2人ん時の、無理に喋んないでいいこの空気めっちゃ好きだわ」
「…。」
好きというワードに対し、密かに喜んでしまう。…なのに素直になれない。
「別に他にも無言で気まずくならねー奴いるだろ。気付いてないだけで」
もし、里村が俺を恋愛として見る理由が沈黙の平気さなら、もっと心地良いと思える奴が現れる可能性は大だ。
「そんな相手がずっといなかったから、荒木が運命なんじゃん」
「…っ」
「もちろん、特別仲良い友達とかはいるよ?だけど、こんな風に過ごす時間が心地良いとか、安心するとかは初めてだったから…。あっ、誤解のないように言っとくけど、それとおんなじぐらいドキドキするし、触れたくなるから恋なわけで…」
照れる里村は口元を片手で隠し、顔を赤くした。
…何こいつ、こんな表情まで持ち合わせてんの?……ずりぃって。
あの日から、どんどん知らない一面を知って、心臓を撃ち抜かれるばかり。
俺たちの空気を遮るようにチャイムが鳴り、ゆっくりと教室へ向かった。
2日後の昼休み。いつまのように4人で昼飯タイム。
手首に包帯を巻いている俺は、弁当箱の蓋を開け、フォークでおかずを食べていく。左手で食べやすいように、母さんがおにぎりをラップに包んでくれた。
「宗馬の母さん、優しいよな」
「ん?」
「だってさ、小中高の4人の子供いて大変なのに、そうやって弁当工夫してくれて」
「1回しか会ったことないけど、元気で優しそうなお母さんだったもんね」
「素敵な母親を持って、荒木は幸せ者だな」
「何お前ら。そんな褒めまくって、うちの母さん狙ってんの?」
「いや、何でそうなんの!」
「母さん、父さんにゾッコンだからお前らに勝ち目ねーよ」
「あはは、親が仲良いの最高じゃん」
「親は1番身近にある恋愛だから、知らない間に影響されたり、似たような人選ぶっていうよね。宗ちゃんは、ゾッコンになってくれる元気で優しい人を選ぶのかな」
「…。」
大賀の言葉を聞いて、里村の顔が頭に思い浮かんだ。
予鈴の後、教室に戻った俺と桔平に、廊下にいた伊永が伝えてくる。
「5限目図書室に変更になって、自習か読書するらしい」
「あ、そうなんだ。教えてくれてありがと!」
手ぶらで図書室へ移動した。
「自習でも本読むでも好きにしていいが、静かにするように。特に里村たち」
「はーい!黙ります!」
「…じゃ、あとお願いします」
指示をした担任は、司書教諭に任せて図書室を出て行った。
サッカー雑誌を手に取った桔平は、机に戻って読み始めた。他の奴らも座って読みだす中、俺は本棚の前で悩んでいた。
んー、右手使えねーし、雑誌のほうがめくりやすいか?でも、あんま読みたいのないしなぁ。
「…荒木」
横に来た里村が小声で話しかけてきた。
「…なに」
「なんか一緒に読もうぜ」
「え」
「俺は今、荒木の右手代わりなんだから、コキ使ってくれよ」
本を選んだ里村は机に行かず、端に置いている背もたれのないソファに座った。
その横に間を空けて座る俺に里村は、
「一緒に読むんだから、隙間空けるのなしだろ」
と言い、身体が触れる距離に座り直した。
…ドキッ…
里村の体温がもろに伝わってきて、一気に鼓動が早くなる。
律儀に「めくっていい?」と毎ページ聞いてくる里村の隣で、本の内容なんて全く入ってこない。
つーか、どう見てもこいつは平常心で、ドキドキなんかしてなさそうなんだけど。
チラッと顔を見ると、里村もこっちを見た。目が合ったままニコッと笑いかけられ、恥ずかしくなる。
「…今、めっちゃドキドキしてる」
俺にしか聞こえない声量で言われて、思わず声が出そうになった。
ああ、もうこれ恋じゃん…。



