土曜日の14時過ぎ。
「お邪魔しまーす!」
リュックやカバンの中に勉強セット、菓子やジュースを詰め込んだ俺と桔平、井ノ口は大賀の家にテスト勉強をしに来た。
大賀の部屋でテーブルを囲み、勉強を始めたものの、俺の頭ん中は昨日のことで埋め尽くされている。
あの後、何事もなかったかのように里村は「そろそろ帰るわ!お疲れ!」と教室を出て行った。
え、俺…告られた?…いや、別に好きとか付き合おうとか言われたわけじゃねぇし。つーか、何でテスト期間中に言ってくんだよ…。
「はぁー…」
思わずため息が出てしまった。
「どうしたの、宗ちゃん。どこか分かんないとこある?」
「いや、別にねぇけど…」
「まさか宗馬、悩み事!?」
「宗ちゃんの悩みなんて、クラスの騒がしさぐらいじゃないの?」
「おい」
「荒木、恋愛相談以外なら何でも話聞くぞ」
いや、その恋愛のことで…ん?別に恋愛の悩みではねぇか?
「…あれだ、人との距離感がムズイって話」
「距離感も何も、宗ちゃんは僕たち以外とは最低限の関わりしかしないじゃん。今さら何を悩むのさ」
大賀は雰囲気や喋り方とは裏腹に、意外と毒舌だ。
「おーおー、地味にディスってくんな」
「でもさ、もったいないよな」
「ん?」
「宗馬の良さが周りにあんま伝わってないの」
「たしかにな。荒木損してるぞ」
「別に得するために人付き合いしてねーもん」
月曜日の朝、教室へ向かう足取りは、いつもより重い。
近づいた教室から聞こえる里村の声に、一瞬身体に力が入った。
小さくため息をつき、後ろドアから入ってすぐの席に鞄を置いた。
「荒木、おはよう!」
伊永と話していた里村が、わざわざこっちを向いて挨拶をしてくる。
「…おはよ」
いつもと変わらない里村を見て、気にしているのは自分だけだったんだと拍子抜けした。
予鈴が鳴り、担任が入ってきたタイミングで、自分の席に着いていくクラスメイトたち。
椅子に横向きで座ったままの里村が、俺の机に腕を置き、じっと見てきた。
「…んだよ」
顔を近づけ、誰にも聞こえないぐらいの声で言ってくる。
「金曜の、本気だから」
「…っ」
身体を前に向けた里村は、いつもの調子で担任に絡み始めた。その後ろで下を向く俺は、教室内の騒がしさが聞こえないほど、心乱されている。
本気って…。
それからの毎日は、嫌でも前席の里村が視野に入るせいで、平常心を保とうにも保てないでいた。
そんな状況の中で、テスト用紙に空欄がなかった自分をめちゃくちゃ褒めたい。
月末の土曜日。俺は、弓道の大会が行われる会場へ来ていた。
「兄ちゃん、トイレ行きたい」
1人ではなく、小学生の弟を連れて来ている。
トイレの出入り口付近で、以前里村から送られてきた出場時間を確認した。
…そろそろか。
団体戦を見るため観客席に移動すると、ひとつ前の2校が弓を引いている最中だった。
「徹平、静かにな」
隣に立つ弟に小さな声で伝える。
最後の1人が射場から退場していく。
「なぁ、兄ちゃん。5人の順番って、なんか意味あるの?」
「えっ、どうなんだろ…」
やべーな。詳しいルールなんて知らずに応援に来てしまった。
「射る順番には、名前と役割があるんだよ」
俺たちの会話を聞いていたであろう近くにいたおじさんが、説明を始めてくれた。
「最初に射る人から順番に、大前、二的、三的、落前、落ちっていうんだ。大前は最初にチームの流れを作る重要なポジションだから、プレッシャーに強く、チームを引っ張れる実力のある人がなる事が多い。二的、三的、落前は、柔軟性や安定感が求められる。そして最後に射る落ちは、どんな状況でも確実に決めるズバ抜けた精神力と実力を兼ね備えた人が選ばれるかな」
「へぇ、そうなんすね」
「じゃあ、1番うまい人は最初か最後なんだ!」
「うん、学校で言えばエースや主将の子が務めることが多いかな」
次の試合が始まるアナウンスが流れ、会場全体がまたシーンとなる。そして、対戦相手の学校から順に選手が入場していく。
うちの学校で最初に出てきたのは、部長だ。
つまり、部長が大前ってことか。
その後ろから2、3年生がつづき、最後に一礼し現れたのは、里村だった。
え…里村、落ちなの?…あいつの上手さとかよく知らねーけど、さっきのおじさんの話からして、チーム内のトップ2に入る実力ってことだよな。
見ている俺らにも緊張が伝わる中、相手チームの大前が弓を引き、矢は見事に的に刺さった。
うわぁ、これ部長プレッシャーじゃん。大丈夫か?
そんな生意気なことを思っていたが、部長の放った矢は真っ直ぐに的を射った。
「…すげぇ」
素人の俺から見ても、部長の上手さがよく分かった。
次々と弓が放たれる中、里村の番がきた。凛とした表情で弓を構えた姿を見て、やっぱり美しいと思った。
「…。」
念の為持ってきていたミラーレスカメラをカバンから取り出し、夢中で里村を撮り続けた。
試合はハイレベルな戦いが続き、同点で最後の1射を迎えた。最後の命運を分けるのは、落ちを務める里村。
あいつの1本で勝敗が決まるかもしれない。
とんでもないプレッシャーを想像して、見ているこっちが吐きそうになってしまう。
撮影を止め、ただただ外れないことを祈りながら、里村の英姿を目に焼き付ける。
「…。」
会場全ての人の視線と意識が集中する中、里村の表情は、終始変わらない。
…ビュンッ…
弓から放たれた矢は、的のど真ん中を射抜いた。
「…っ!!」
「すっげーかっこよかった!オレも弓道しよっかな」
会場の出口へ向かう際、弟は始めて見た弓道への興奮を口にしていた。
「徹平、袴似合いそうじゃん」
「荒木っ!」
聞き覚えのある声がして、振り返ると袴姿の里村が駆け寄って来ていた。
「お疲れ。…おめでとう」
うちの学校は見事にベスト4に入った。
「ありがとう」
里村の視線が弟へ移る。
「もしかして、荒木の弟?」
「うん」
「あ、徹平です。あの、試合すげーカッコよかったです!」
「あはは、嬉しい。さんきゅー」
試合中とは別人のように笑顔全開の里村。
「悪りぃ、もう戻んないと。今日はわざわざ来てくれてありがと」
「いや、こっちこそありがと」
「じゃ、気をつけて帰ってな!…あ、今日の写真また今度見せて。んじゃ、お疲れー」
え、撮ってたのバレてた…?…いや、多分違う。バレたのはそこじゃない。
出口へ進みながら、顔だけ後ろを振り向いたら、数メートル先にいる里村が立ち止まり、こっちを見つめていた。
…ドキッ…
目が合い、胸あたりで小さく手を振ってくる表情は、落ち着いていて大人っぽい。
…やっぱ、バレてる。静寂を身に纏った姿に俺が心底虜になってるって。



