勝手に射抜いてんじゃねぇよ


 2年の部で優勝した球技大会から1週間。今日からテスト週間が始まった。

 昼休み、元1組の俺たち4人は、いつも通り階段の踊り場で弁当を食っている。
「明日、何時に行けばいい?」
桔平が大賀に問いかけた。
「何時でも大丈夫だけど、昼食べてからなら14時とか?」
 明日は、桔平たちと大賀の家にテスト勉強をしに行く予定だ。
「じゃあ、お菓子とジュース持って14時頃行くなぁ」
「うん、ありがとう。待ってるね」
「そういえば、3組ってもう席替えした?」
「いや、まだだ。テスト明けにするって言ってた」
「2組は、もうしたの?」
「今日、帰りのホームルームでするんだってさ」
「…はぁ、まじ憂鬱」
俺は大きくため息をついた。
「宗ちゃん、席替え嫌なの?」
「今、窓際の席で、すげぇ快適なんだよ。万が一、中心に近い席やうるせぇ奴の近くになったら…想像しただけでしんど」
「別に席なんてどこでも良くない!?」
「僕も最前列の真ん中以外なら、どこでもいいかな」
「俺は、黒板見にくいって言われたくないからなるべく後ろか端がいい」
「お前ら平和だな。あー、いっそのことクラス替えしてぇー…」


 帰りのホームルームで、紙袋に入れられたクジを引いていく2組の生徒たち。
「よーし、みんな引き終わったかぁ?…じゃ、開けてー」

 「…。」
新しい席に着いた俺は、複雑な表情を浮かべた。
「荒木!よろしくな!」
里村が振り返り、笑顔で言ってくる。
「…。」
 廊下側の列、1番後ろの席。位置だけでみれば当たりの席だ。しかし、前の席に里村がいることで、一気にハズレの席になる。

 こいつと前後とか…まじ終わったんだけど。せめて俺が前なら無視できんのに、こいつが前だと振り返って絡まれる可能性大じゃん。

 新しい席からみんなが帰って行く中、
「宗馬、良い席じゃん」
と呑気に言ってくる桔平は、窓際の席になっていた。
「良くねーよ」
「そうかな?…どーする?帰るなら、一緒に帰ろー」
「ちょい残るから、先帰っていいよ」
「おっけー。じゃ、また明日!」
「うん、また明日」

 1人になった教室で、机の上に数学の教科書と自習ノートを広げた。

 とりあえず1時間くらいして、キリのいいとこで帰るか。

 シャーペンの芯を出した時だ。
「あれー、荒木残ってんの?」
今、1番避けたい声が後ろから聞こえた。
「…。」
 里村が前の椅子に足を広げ、後ろ向きで座ってくる。
…まだひと文字も書いてねぇのに…最悪。
「数学するんだ。あ、俺も一緒に勉強していい?現代文の教科書読むだけだけど」
 はぁ?ぜってぇ嫌だ。つーか、読むだけなら家に帰ってしろよ。…俺が帰るか。いや、今このタイミングで帰ろうとしたら、余計ウザい絡みされそう。
「…いいけど、邪魔すんなよ?」
「しないしない、約束する!」
 鞄から教科書を取り出す里村を待たず、ノートに文字を書き始めた。

 約40分経った教室の中は、ノートにシャー芯が削れていく音と、教科書がめくれる音だけ。
 約束通り里村が黙って読んでいる予想外の状況に、俺は内心驚いていた。

 こっち向かれてんのに、全然存在が気にならない。びっくりし過ぎて、逆に俺の集中が切れそう。

 シャーペンを置いた俺は、鞄に手を入れる。
「…グミ食う?」
「え、いいの?さんきゅー!」

 グミを口に含んだ里村は「ん、これうま」と言った後、おもむろに話し始めた。
「誰かと2人きりで、こんなに黙ったの久々かも」
「…?」
「俺さぁ、静かなの苦手っていうか、怖いっていうか…若干トラウマなんだよ」
「…トラウマ?」
「…うち母子家庭なんだけど、親が小学生になるタイミングで親が離婚したの。母親は養育費がもらえなったみたいで、朝から晩まで働き始めたんだよ。多分、働き過ぎて精神的にも不安定になっていったんだろな。だんだん仕事終わりにすぐ家に帰って来なくなって、居酒屋や知り合いの家に寄り道するようになってさぁ」
「…。」
 勉強中でもないのに、里村の声のトーンは落ち着いている。
 「…で、誰もいない家で1人留守番してる時に、窓の外から何の音も聞こえない日があったわけ。まるで世界にたった1人だけ取り残された気分になってさ。今ならそんなこと絶対思わないけど、まだ6歳?7歳?とかだったから、むちゃくちゃ怖くなって勝手に涙ぼろぼろ出てきて…。でも、泣いてても母親が帰ってくるわけでもないじゃん?だから俺、次の日からでかい声で一人言言うようになったんだ。いただきます!とか、お腹空いた!とか、少しでも静けさを感じないように必死だった」
「…。」

…知らなかった。いつもの馬鹿みたいな声量も賑やかの中心にいるのも、そんな理由があったなんて。

 「ある程度大きくなったら、静かな家になるべく居なくてすむように、友達の家やショッピングモール、公園とか、人が多くて賑やかな場所に行く事が増えてって。…そんな毎日を過ごしてた時に、たまたまイベントで弓道を知ったの。自分が怖いと思ってた静寂が、死ぬほどかっこよく感じて、一気にのめり込んだ。…もう一個もらっていい?」
「あ、うん」
里村はグミの袋に指を入れた。
「ありがと。……誤魔化すためだった賑やかさも今では普通に好きになったんだけど、今だに弓道以外で静かなのはダメなんだよなぁ。だから何で荒木と居る時は、沈黙が平気なのか不思議だったんだよ」
「うん…?」
「そんでさ俺、気付いたわけ。これ…恋なんじゃない?」
「……は?」
「だからー、運命の相手だから無言さえ心地いいんだって」
「いや、意味わかんねー。俺、男だけど?」
「うん、知ってる」
「んじゃ、この話は終了じゃん」
「んー、…俺の恋愛対象が男だったら、話は終わんなくない?」
「……え」

 少し上がった口角。見つめてくる瞳。急に醸し出された甘い雰囲気。

 これは、嘘じゃない…?