勝手に射抜いてんじゃねぇよ


 朝、靴箱で上靴に履き替える俺はまだ、昨日の出来事が頭から離れていない。

 教室へ続く廊下では、すでに里村の声が聞こえている。
「はぁ…」
やっぱ昨日のあれは夢だったんじゃ…。

 教室に入るなり里村に声をかけられた。
「あ!荒木、おはよう!昨日ありがとな!!」
撮影のお礼を伝えられ、
「いや、全然…」
と、素っ気なく返事をした。
「サトも荒木に撮ってもらったのか」
里村のそばにいた伊永が話に加わってくる。

 ぶっちゃけ、弓道部の後に撮影した記憶がほぼ無い。それだけ里村の姿が衝撃だった。

 「お、コレコレも名カメラマンに撮ってもらったんだな」
…名カメラマンとか、うぜぇノリしてくんな。
机に鞄を置いた俺は、心の中で悪態をついた。

 「撮った写真って、いつ見れんの?」
席に着いた俺に、里村はまだ話しかけてくる。
「あぁ…来週、部内でチェックと修正して、その後生徒会と各部長と顧問に確認してもらうから…」
「え、それって、俺ら事前に見るタイミング無くね!?」
…たしかに。
「写真部って、活動すんの水曜だけだっけ?」
「うん。あとは隔週で金曜」
「そっか、了解!」
…何が了解なんだよ。



 翌週の水曜日。
 4限目終わりのチャイムが鳴り、教科書とノートを机の中へ戻した俺は、いつも通り鞄から弁当を取り出そうとする。
 鞄に向ける視線の中に、誰かの足元が入ってきて、顔を上げると里村が立っていた。
「…なに?」
愛想の欠片もない俺に対し、里村は笑顔で口を開いた。
「お、やっぱある!…関根っち、昼休み荒木のこと借りていい?」
 ちょうど俺を迎えに来た桔平にそう聞いた里村。
…は?
「うん、全然いいよ!」
「おい、何勝手に許可してんだよ」
「だって断る理由ないし」
「いや、俺が…っ」
「じゃ、荒木行くぞ!」
 何故か俺の鞄を持った里村に腕を掴まれ、強引に教室から連れ出された。


 連れて来られたのは、弓道場近くの誰もいない外階段。
 …何でこんなとこに。つーか、俺の鞄返せよ。
無言で里村の手から鞄を奪い返した。
 悪りぃ悪りぃ、と全く心の込もっていない謝罪をした里村は、階段に座るなり笑顔で言ってくる。
「写真見せて!」
「…は?」
「鞄の中にカメラ入ってるっしょ?そのカメラでこの前の撮影してたよな?」
「…。」
 こいつ…。写真部の活動日を聞いてきたのは、俺のカメラ目当てか。クソ、まんまとやられた。…つーか、そんな事ならわざわざここに来る必要なくね?教室で見れただろ。

 面倒な事を早めに終わらせたい俺は、仕方なく鞄からカメラを取り出し、スイッチを入れた。
「…汚すなよ?」
俺からカメラを受け取った里村は、上機嫌で「さんきゅー!」と笑顔を見せる。

 いつ終わるかわからないため、俺は渋々隣で弁当を食い始めた。
「あ、コレコレだ!かっけぇーな」
 最後に撮った写真から見始めたから、柔道部から順で見ることになる。弓道部まで一気に飛ばせばいいのに、里村は他の部の写真もじっくり見ながら、いちいちコメントを言っている。
 こいつ、ほんとに黙ってる時ねぇのかな。

 「あ、弓道部きた」
里村の声のトーンが一段上がった。
「おー、みんな楽しそう!仲良いのがすげぇ分かるわ」
弓道部部長に頼まれた和気あいあいのショットを、満足そうに見ている里村の言葉に嘘はなくて、撮影した身としては純粋に嬉しく思う。

 ずっとコメントを言っていた里村が急に黙り、真剣な顔で液晶モニターを見始めた。
 見ているのは、1番最初に撮った里村が弓を引く場面。
「…。」
 里村の急な真剣モードに、気に入らなかったか?と不安になると同時に、静かで伏し目がちな表情を綺麗だと思ってしまった。

 弁当のおかずを口に運ぶのも忘れ、じっと見ていたら、里村がボソッと呟いた。
「…もうちょい真っ直ぐ…」
 おそらく、自分の構えのことを言っているんだろう。
「…。」
聞いたことのない里村の囁き声に、色気を感じてしまった俺は、どうかしている。

 見終わった里村が急に俺を見たから、視線を逸らせず目が合ってしまった。

…ドキッ…

 「どの写真もすげー良かった!荒木、めっちゃセンスあるな!」
いつもの声量とテンションに戻った里村は、笑顔で褒めてくる。
「…ありがと」

 返されたカメラを丁寧に鞄の中へ仕舞う俺の隣で、コンビニで買ったであろうパンを食い始めた里村。
「俺さぁ、いつも教室か食堂で昼飯食べてるんだけど、荒木たちってどこで食べてんの?」
「どこでもいいだろ」
「あっ、もしかして秘密の隠れ場所あんの!?」
「…。」
「えー、どこだろ」
無視されてることなんて気にもせず、話を進める里村と食べ終わった弁当箱を片付ける俺。

 「荒木って、基本静かだよな」
突然明るい口調で言われ、どういう意味で言ってきてるのか分からなかった。

 お前の騒がしさを基準にすんな。俺のテンションは至って普通だ。

 「家でもあんま喋んないの?」
まるで俺に興味あるかのように質問してくる。
「普通。妹たちが好き勝手喋ってんの聞く方が多いけど」
「荒木、妹いるんだ!たちってことは、3人兄弟?」
「いや、妹2人と弟1人」
「えっ、4人兄弟!?わー、やば!!」
「別にやばくはねーだろ」
「いいないいなー!1人、俺に譲ってくれよ」
「何でだよ。里村一人っ子なわけ?」
「うん…」
そう言った里村の顔が、一瞬寂しげに見えたのは勘違いだろうか。

 結局、予鈴がなるまで昼休みを一緒に過ごした俺たち。
「教室戻るか」
鞄を持ち立ち上がった瞬間、里村に指先を軽く握られた。
…!?

 驚きつつ下を向くと、里村はまだ座っているため、自然と上目遣いになっている。
「…え、なに」
「えっ…あー、あのさ、来月末に試合あるんだけど、見に来いよ」
「試合?」
 脳をフル回転させたが、俺が試合観戦に誘われる理由は見当たらない。
「ま、考えといて!」
そう言って立ち上がった里村は「次の授業なんだっけ」と相変わらずのお喋りモードで歩き出した。
「…。」
 触れられた指先が、ほんの少しだけ熱い。

 あの静寂に包まれた里村をもう一度見られるなら、応援に行ってもいいかもしれない。
 そんな気持ちが自然に湧いてきた。