勝手に射抜いてんじゃねぇよ


 新しいクラスになり、早2週間。我が2年2組は、めちゃくちゃ騒がしい。ここは動物園か?と思うほどだ。こんなにうるさくなるメンツを集めた教師陣を逆に尊敬する。
 そして、俺が2週間観察した結果、騒がしさの1番の元凶は…

 「あ!ゴールデンウィーク、クラスのみんなでカラオケ行かね!?」
「お、いいなそれ!」
「んじゃ、決まりな!何歌おっかなー」
「サト、ぜってぇマイク離さねーだろ」
「んなことないって!はははっ」

 クラスの奴らに囲まれ楽しそうに笑っている、サトというあだ名のこいつは、里村 真那斗。
 この男、誰がどう見ても陽キャと言われる部類に属し、常に口が開いているお喋り人間だ。声量も大きく、誰とでも分け隔てなく話すため、何処にいてもある程度の距離なら、こいつの声が聞こえる状況になる。

 うちの学校は一学年8クラス編成で、教室の棟が4クラスずつで分かれる。そのため、1年の時1組だった俺と8組だった里村は、校内ですれ違うことすらほぼ無かった。だから、こいつが歩くスピーカーのような男だとは知らなかったのだ。

 チャイムが鳴り、自分の席に戻る俺にすれ違い様「荒木もカラオケ来るよな!?」と、近距離とは思えない声のボリュームで聞いてくる里村。
「…行かねぇよ」

 里村の誘いに冷たく答えた俺、荒木 宗馬は、陽キャでもなければ、陰キャでもない、スクールカーストのど真ん中にいるような平凡な男。
 なるべく静かに学校生活を送りたいと願う俺にとって、このバカ騒ぎが好きそうなクラスは合うはずがない。

 「え!?宿題なんかあった!?」
授業が始まっても、里村の喋りは止まらない。
「やべー、今からするわ!」
「いや、それだと授業聞けないだろ」
教師は冷静に突っ込んだ。
「うわー、今だけ耳と手が2倍になんねーかな!」
ー…なるわけねーだろ、ばーか。
 休み時間や放課後だけでなく、授業中までうるさいとか、こいつは小学生か。


 「宗馬ー、行こー!」
昼休みになり、弁当片手に俺の所へ来たのは、関根 桔平。1年の時から同じクラスの桔平は、爽やかな見た目で、ちょい天然の良いやつ。

 桔平と向かった階段の踊り場に先に居たのは、3組の大賀と井ノ口。2人は元1組である。
 昼休みはいつも、元1組のこの4人で過ごしている。
「お疲れー」
「お疲れ様。宗ちゃん、なんか疲れてるね」
優しく声をかけてきた大賀は、小柄で柔らかい雰囲気だ。
「教室がうるさ過ぎて、脳がやられんだよ。あー、1組に戻りてぇ」
「賑やかで、俺は好きだけど!」
正反対の意見を言う桔平の隣で、弁当の蓋を開けた。
「荒木、賑やかなの苦手だったか?」
胡座をかいていても背の高さが伝わる井ノ口からの問いかけに、白飯でパンパンになった口で答える。
「あれは賑やかの範疇を超えてんだよ。たまにならまだしも、毎日は無理」
「まぁ、なんだ、そのうち慣れるさ」
しっかり者のくせに口下手な井ノ口のフォローは、俺の心に全く響かない。

 「あ、明日練習見に来るんだよな?」
桔平が俺と大賀に聞いてくる。
「見に行くんじゃなくて、撮影しに行くんだって」
「先輩たちがめっちゃ張り切ってるよ。よろしくな、写真部!」
「はいはい」
 俺と大賀は、写真部だ。明日の放課後は、各部活動の練習風景などを撮影する予定。リニューアルされる学校パンフレットやホームページに使用するためである。
 「あ、でもサッカー部は、先輩が撮りに行くはず」
「そうなのか」
「せっかくなら宗馬と大賀に来てほしかったなー」
サッカー部に所属する桔平と井ノ口は、残念そうな顔をした。



 翌日、2組の教室は朝から騒がしい。席に着いた俺は、ワイヤレスイヤホンを外したことを若干後悔している。
 「えー、コレコレ振られたのかよ!?」
里村の大声で、コレコレこと伊永の失恋情報が一気にクラスメイト内に広まる。
「ばか!声デカ過ぎっ」
「悪りぃ悪りぃ!彼女とお似合いだったのにな」
「…練習ばっかで、構ってやれなかった俺が悪いんだ」
 たしか、伊永は柔道部だったよな。ガタイの良さからして納得だけど、彼女いたのは意外。


 放課後、写真部の部室では、部長から各部員に撮影担当の部活が書かれたメモが渡されていた。
「各部活の撮影は10分程度で終わらせて、全部撮り終わったら部室に戻って来てねー」

 ー…俺の担当は、柔道部と剣道部、空手部…あとは弓道部か。武道系ばっかじゃん。
「宗ちゃん、何の部だった?」
「これ」
メモを見せた。
「日本を感じる競技だね」
「な。大賀は?」
「僕はね、吹奏楽部や美術部とか、文化部担当だよ」
「動き少ねーから撮りやすいじゃん」
「まぁね」

 ミラーレスカメラを首から下げた俺が初めに向かったのは、校地の1番端にある弓道場。
 カメラを持った俺に気付いた弓道部の部長が、軽く会釈をしてくれた。
「お疲れ様です。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
「じゃあ、えっと、どんなショットを撮って欲しいとかありますか?」
「真剣な練習してるとこと、みんなで和気あいあい楽しんでるとこを撮ってほしいかな」
「分かりました」
「じゃ、先に練習風景をお願いします。あ、ちょうど準備ができたみたい」

 弓道着を身に付け、一礼して射場に出てきた生徒を見て、俺は目を見開いた。
「…え」
 そこに立っていたのは、里村だった。

 …いやいやいや、こんなの聞いてない。嘘だろ、ありえない。2組の騒がしさの象徴である里村が“静の武道”と言われる弓道って……まじ?

 「すぐ弓を引くと思うから、もう準備してた方がいいよ」
隣の部長から小声で言われ、慌ててカメラを構えた。

 白の上衣に黒の袴姿の里村は、背筋をピンと伸ばし、的に向かってゆっくりと弓を構えた。その立ち姿と横顔は、レンズ越しでも分かるほど凛としていて美しい。

 静寂に包まれる中、弓から放たれた矢は的のど真ん中を射抜いた。
……すげぇ。

 視線を的からこっちに移した里村とレンズ越しに目が合った。

 …ドキッ…

 思わずシャッターを押した俺の右手人差し指。

 静けさを纏った里村は、俺の知っているお喋り男とはまるで別人で、今見ている光景は夢なんじゃないかと錯覚しそうになる。
 いや、むしろ夢であってほしい。別人みたいな里村から目が離せないなんて、嘘であってほしい。