(……やばい。諒、もう待ってるかも)
降車して人混みをかき分けるように早足で待ち合わせ場所を目指す。本当は一本前の電車に乗る予定だったのに、昨晩なかなか寝付けなかったせいで乗り遅れてしまった。遅刻ではないが、いつも余裕を持って行動をしている彼のことだ。待ち合わせ時間よりも早く到着している可能性が高い。
中間テストが無事終了して結果が返ってきてから初めての週末、諒と二人で出掛けることになった。諒による勉強会のお陰で成績がグンと上がったお礼に、一緒にプラネタリウムを観に行く約束をしたのだ。お礼とは名ばかりで、休日に彼と遊ぶための口実だというのは内緒である。
諒と仲良くなる作戦は功を奏し、今では学校の中で一番仲が良い友達になれたと自負している。彼の懐に入れてもらえているという自覚もある。
だけれど、やはりどこか一線は引かれたままだ。踏み込ませてはもらえていない。
おそらく、俺が嫌いだとかそういう話ではなくて、たぶん諒自身のルールがあるのだろう。いつかその線も飛び越えられないだろうか、というのが最近の俺の挑戦だ。今日はそのための足掛かりとなる日でもある。
気合を入れ直して待ち合わせ場所に向かうと、想像通り諒はすでに到着していたようだった。まだ梅雨入り前だというのにじわじわと汗が滲むような気温の中、外で待たせていたと思うと罪悪感が募る。
「諒!ごめん、待たせて」
「いや、俺も今来たところだから。まだ待ち合わせの時間の十分前だし、遅刻じゃないよ」
直射日光こそは当たらないものの、蒸し暑い場所だというのに諒は涼しい顔をしている。服の中でだらだらと汗を垂らしている俺とは対照的だ。つう、と垂れ落ちる汗に不快感を覚える。早く涼しいところに行きたい。
ぱたん、と閉じた文庫本をバッグにしまいながら「まずはご飯食べる?」ちょうどお昼の時間だよね、と言う諒に生返事返しながら彼をまじまじと見つめる。彼と休日に遊ぶのは初めてなので、彼の私服姿を見るのも初めてだった。初めて見るというのに「彼らしい」と思うコーディネートに感心する。
「……優真?俺、どこか変?」
「うわごめん、じっと見て。変じゃないよ。私服見るの初めてだから、何か不思議だなって」
「そういえばそうだね。優真の私服も初めて見た」
「なんだかんだ休みの日に遊ぶの初めてだからね」
「遊園地って土日が稼ぎ時じゃないの?なんか、付き合って貰ってごめん」
「いやいや、俺が誘ったんだし!今日は付き合ってくれてありがとう」
最初に声を掛けた日に聞いたように、彼は宇宙全般に興味があるらしい。
成績アップのお礼を何にするか考えて色々と検索していたときに、ベテラン解説員によるアナウンスがある人気プラネタリウムのプログラムがあることを知ったのだ。諒に尋ねたらその解説員のことも知っており、いつか行ってみたいと思っていたと言っていたので約束を取り付けた。そのプログラムのチケットが取れたのが今日なのである。
「お昼食べよっか。何食べたい気分?」
「うーん、俺があんまり食べたことがないもの……?」
「はは、なんで疑問形なの」
「パッと思いつかないけど、優真だったら分かるかなって」
「そうだなあ……ラーメンとか?」
「あ、ないかも」
「よし、おいしい店行こ。醤油味でもいい?」
「うん、ありがとう」
昼休みのランチタイム中、食べ物の好みに関する話をすることが多いのでかなり彼の好みに詳しい人間になれていると思う。彼はあまり外食経験がないらしい。行くとしても料亭だとか、家族でしか行く機会がないところばかりなようで興味津々な様子だった。
ちょっと前の放課後にファストフードのハンバーガーショップに寄ったときも「家以外で初めて食べた」と言っていたくらいなので、ラーメン屋もおそらく未経験なのではないかと思っていたのだ。ビンゴだったようで、念のため調べておいたラーメン屋リストを活かすことができる。
マップアプリを開いて、あらかじめ調べておいたラーメン屋に向かう。昼時なこともあって並んでいたものの、回転率が早いようですぐに入店できた。食券を買って店員に手渡す。おいしい匂いが漂っている店内にぐう、と腹が鳴ってしまいそうだ。
「プラネタリウム、夕方の回だからちょっと時間あるんだ」
「それまでどこ行く?優真が行きたいところあるならそこ行こう」
「夏物の服が見たいかも。諒は?」
「俺は本屋が見たいかな」
「了解。じゃあ服見てから本屋にしようか。荷物重くなるだろうし」
「ちらっと見るだけだよ」
「そう言って、いつもいっぱい買ってるじゃん」
「う……」
放課後、一緒に遊ぶときに本屋巡りに付き合うことがある。
諒は電子よりも紙の書籍派らしく、なんだかんだ言ってもいつも絶対一冊は購入しているのだ。アルバイトをしている理由のひとつは「好きに本を買うため」だと言っていたが、本の虫である彼らしいと思う。
プラネタリウムが入っている施設のすぐ近くに規模が大きい本屋があることも調査済みなので、ウィンドウショッピングはそこそこにその本屋に連れて行く予定だ。今日は諒へのお礼のための一日なので最初から最後まで彼が行きたいところにしたかったけれど、彼の性格を考えると絶対に遠慮されると分かっているのでそういう段取りを組んでいる。ウィンドウショッピングも、諒が好きそうな雑貨屋などが入っているビルに行こうと思っている。俺のエゴかもしれないが、楽しい一日だったと思ってほしい。
ラーメンを食べ終えて、本屋近くのファッションビルへと向かう。店内は清潔で味もおいしく、当たりのラーメン屋だったことにホッと胸を撫で下ろした。お陰で足取りは軽い。
「初ラーメン屋、どうだった?」
「おいしかった」
「口にあったみたいで良かった。今日行ったお店はお洒落寄りのところだったから、今度はザ・ラーメン屋っぽいところにも行こ」
「そうなんだ、楽しみ。優真って経験豊富で詳しいよね」
「そうかな?」
「そうだよ。俺も優真のこと、楽しませたいなって思うもん」
「……そうなの?」
「うん。俺自身、面白味がないし流行りにも詳しいわけじゃないから、楽しくないかもしれないけど」
「そんなことないよ。諒と喋るの楽しいし」
「そうだったの?」
「うん。……はは、俺たち両想いじゃん。これからも仲良くしてね」
手を差し出す。少し考えてから、ああ、と気付いた諒がゆっくりと握り返してくれた。自分からしたことなのになんだか恥ずかしくなって、握手したままぶんぶんと腕を上下に振ると「勢いよすぎ」と笑われる。
人が多いエリアに差し掛かり、繋いだてのひらをパッと離す。俺よりも低く、ぬるい体温が離れていってしまったことに名残惜しさを覚える。
「ごめん俺、手汗かいてたかも」
「涼しそうな顔してるのに。手の温度も俺より低いよね」
「いや、普通に暑い。優真の手はあったかくて冬に良さそう」
「カイロ代わり?」
「ふふ、うん」
「友情価格で貸し出してあげようか」
「お金取るんだ」
「うーん、じゃあ初回限定無料にしようかな」
「お得だ」
そんなことを話しているうちに目的地であるファッションビルに到着した。お気に入りのブランドショップを覗く。すでに秋物が並んでいた。まだ今から秋のことは考えられない。
高校二年生である俺たちはそろそろ色々と考えなくてはいけない時期であると分かってはいるものの、もう少しだけ自由でいたい。成績優秀である諒はもう進路も決まっているのかもしれない。そういう話はしたことがなかったことに気がついた。恋愛の話と同じで、聞きたいけど聞きたくない。諒には、なぜだかそう思ってしまう自分がいる。
「……あ。ねえ諒、これ諒に似合いそうじゃない?」
「どれ?」
「このトップス」
「似合うかな。こういう系統の服、着たことない」
「絶対似合うと思う。試着してみない?」
「え……」
「そうだ。俺、諒の全身コーディネートしてみたい!」
「……たぶん買わないのに、迷惑じゃない?」
「大丈夫だと思うけど……顔見知りの店員さんいるから聞いてみるね」
よく話す店員に聞いてみると「うちのブランド、友達にも好きになって貰えたら嬉しい」と大歓迎してもらえたのを聞いて、諒も了承してくれた。鼻歌を歌いながらあれでもないこれでもないとピックアップする。
「はい、これとこれ。試着室はあそこだよ」
「分かった」
ここ最近で一番頭を悩ませて決めた洋服を手渡して、試着室に向かう諒を小さく手を振って見送る。絶対似合う、と思って決めたコーディネートだが、どきどきする。なんだか落ち着かなくて、近くの洋服を手に取っては戻した。
「……優真」
試着室のカーテンからひょこ、っと首だけ出した諒に呼ばれて足早に移動する。
「どう?」
「いや、何か……」
「だめだった?」
「だめじゃないけど、落ち着かない」
「見せて見せて」
「……」
諒は躊躇いがちにカーテンを引いた。俺の見立ては間違いではなかったらしい。普段着ない系統だと言っていたが、かなり似合っていると思う。
「わ、すごい似合ってますね!」
「ですよね?」
「これこないだ出たばかりの新作なんですよ。カラー三色あるんですけど、ブルーお似合いですね!」
「諒には絶対ブルーだって思ったんですよね」
「分かる。ちなみに、小倉さんはブラックが合うんじゃないかなって思ってます」
「ブラックいいな~って思ったんですよね」
「小倉さんも試着してみます?」
「うーん、じゃあ着てみようかな」
「俺より優真のほうが似合いそう」
「そうかな?諒もすごく似合ってるよ」
諒の隣の試着室に入って手早く着替えて、ミラーに映る自分の姿を見やる。俺より諒のほうが似合っていると思うが、持っていないタイプのデザインなので興味を引かれる。
「諒~」
「着れた?」
試着室の近くで待ってくれていたらしい諒にお披露目する。すでに着てきた服に戻っている諒に、少しばかり残念な気持ちになってしまった。
「うん。どう?」
「似合ってる」
「そうかな」
「買う?」
「うーん……諒は?」
「俺?そうだな……」
「諒が買うなら買う」
「え、決定権俺にあるの?」
「うん」
「えー……どうしよう」
たまにはいいか、と小さく呟いてから「じゃあ、買おうかな」と購入を決めてくれた諒に「本当!?」と返した声が思いのほか大きくなってしまって、てのひらで口元を覆った。「勧めてくれたの優真じゃん」と言ってくすくすと笑う諒に胸の奥がじわり、とあたたかくなる。こんな気持ちになるだなんて思っていなかった。提案してみてよかった、と数十分前の自分を褒めながら会計を済ませる。
諒が好きそうだと思っていた雑貨屋さんも、無事彼のお眼鏡にかなったらしい。ここまでリストアップした行き先候補は百点満点だ。心の中で小さくガッツポーズをして、プラネタリウムの次に本日の目玉である本屋さんへと向かう。行きたいと思いつつ、なかなか行く機会がない本屋だったらしい。
「プラネタリウムまでまだ時間あるし、好きに見て回って」
「いいの?でも優真、暇になっちゃうでしょ。せっかく一緒に遊んでるのに」
「諒に楽しんで貰えるのが一番だから。迷惑じゃなかったら、俺もついて回ってもいい?諒が解説してくれるの聞くの好き」
「俺の解説でよければ。飽きたら好きなところ見に行ってね」
「分かりやすいし、どの本も読みたくなるよ。そうだ、こないだ借りた本も面白かった。月曜返すね」
放課後、本屋巡りについていくときには大体諒の後ろをついて回って、彼が手にした本や面出しされている本の解説やあらすじを教えて貰っている。気になった本は買ったり、諒がすでに持っているものであれば借りたりしているので活字読む機会がぐんと増えた。マンガをたまに読む程度だったので、学力アップの一端を担っていると思う。
話題作のコーナーから巡り始めて、徐々に専門書籍エリアへと向かう。諒なりに俺のことを考えて、俺が知っていたり聞いたことがあるタイトルが並ぶコーナーも巡ってくれていたことに気付いて胸がぎゅうっとなった。最近、彼のやさしさに触れると頻繁にこうなる。独り占めできたらいいのに。……なんて、友達に向けるような感情が覗き見していることに気がついては蓋をしている。
「諒、そろそろプラネタリウムのビルに向かったほうがいいかも」
「分かった。これだけ買ってくるね」
「はーい。向こうで待ってる」
邪魔にならないように壁側に避けて、スマートフォンを取り出す。これから観る予定のプラネタリウムのプログラムを開き見た。大人向けのプログラムなのでカップルにも人気らしいとネットで調べたときに書いていた。彼女とプラネタリウムって観に行ったことないな。プラネタリウムを観に行くこと自体、小学生くらいぶりだ。ほとんど詳しくないので解説して貰えるのはありがたい。諒は元カノと観に行ったことがあるのだろうか。
会計を終えた諒と合流してプラネタリウムを目指す。すでに入場が開始されていた。ざわついているホール内はどこか浮ついたような、これから上映されるプログラムへの期待を感じられて心臓がばくばくする。
「優真、もしかして緊張してるの?」
「そうかも。プラネタリウム観るの、ひさしぶりだから。諒は?」
「一人で観ることはあったけど、誰かと観るのはひさしぶりかも」
「そうなんだ」
「うん。観終わった後に語るのもいいなって思うんだけどね」
「じゃあ今日は語ろう。俺は聞き専になっちゃうかもしれないけど……」
「ふふ、楽しみにしてる」
映画館のようにブザーが鳴って、辺りが暗くなる。打って変わってシン、と静まり返ったホール内は非日常感があった。ゆっくりと天井が明るくなって星座が映し出される。耳障りの良い声とトーンで語られる解説はスッと入り込んでいく。諒が気になっていたというのも納得だ。
彼と仲良くなってから星座についても少しばかり詳しくなったので、空に映し出された中には知っている星座や豆知識もあった。俺の手柄ではないのに、なんだか誇らしいような気持ちになる。全部諒のお陰だ。彼と知り合ってから俺の世界は広がりを見せている。あの夜、彼に会えたのは偶然だったけれど、俺にとっては運命だったのかもしれない。
上映が終わって、ゆっくりと明かりが灯された。眩しさに目を細めながら、すぐ隣に座っている諒を見やる。充足感でいっぱいだという表情を浮かべていた彼と、俺も同じ顔をしているだろう。
「すっごいよかった……」
「うん、来られてよかった。優真、ありがとう」
「いえいえ。星座の楽しみ教えてくれたの諒だし」
このあとどこ行こうか、と話しながらロビーに向かう。
「っわ、諒?どうしたの」
前を歩いていた諒が不意に立ち止まって、背中に軽くぶつかってしまった。忘れ物に気がついたのだろうか?
「諒?」
何も言わない彼の顔を覗き込む。何も言わない彼は、何かを見てから目を見開いて、驚いたような、傷ついたような表情を浮かべていた。バッと諒の視線の先を追う。おそらく、その視線の先にいるのは大学生くらいのカップルだ。仲睦まじい様子で肩を寄せ合って、パンフレットを片手に楽しそうに笑っていた。カップルと諒の様子に、もしかして……の考えがよぎる。
「諒、大丈夫?」
諒に気を遣わせないようにやさしく聞こうと思ったのに、俺の喉から絞り出した声は心配が滲んでしまっていた。ああだめだ、俺のバカ。
へら、と力なく、俺を気遣うように笑って「急にごめん。今日はもう解散でもいい?」と言われてしまった。諒は傷ついている。ひとりになりたいのだろうと頭では分かっていたけれど、ひとりにしたくなかった。俺では頼りないかもしれないけれど、話を聞くことはできる。諒は自分ひとりで抱え込んでしまうタイプだから、しんどいときは吐き出すのも心を軽くする手段のひとつだと知らないのかもしれない。
「近くに公園あるから、そこに行かない?今の諒、ひとりで帰したくない」
「……」
動揺した表情を浮かべて、何かを言おうと開いた口をゆっくりと閉じる。たっぷりと数十秒考えてから、小さくこくん、と頷いてくれた諒の手を引いて、例のカップルとエレベーターに同乗することがないように移動した。
「ココアでよかった?」
「……ごめん、ありがとう。お金……」
「いいよ、俺の奢り」
この季節は日中は暖かいが、日が沈むとちょうどいい気温になる。頬を撫でる風が冷たくて気持ちいい。
手渡したココアの缶をぎゅっと両手で握りしめながら、視線を落とした諒は何も言わなかった。喋りたくないよな。俺のわがままに付き合わせてしまって申し訳ない気持ちになりながらも、諒が俺に気遣うことがないようにぺらぺらと今日楽しかったことを話す。プラネタリウムの話題をわざと避けていることにきっと諒は気付いていると思うけれど、彼に何も言われないことを良いことに話し続けた。
「……優真」
「うん?」
「聞いて楽しいものじゃないと思うけど、俺の話、聞いてくれる?」
「うん、俺でよければ」
「……たぶん、気付いてると思うけど。さっきプラネタリウムのロビーに居たの、俺の元恋人で」
「うん」
「科学部の二個上の先輩で、一年のときから付き合ってたんだ。今年の春に振られた」
「あの女の人、先輩だったんだ」
「……いや」
「うん?」
「付き合ってたのは、男のほう。あの女の人と付き合うからって、振られたんだ」
「そうだったんだ」
諒を遊園地に置き去りにして振った人間が形を持つ。振った理由も当日のドタキャンも最悪すぎる。いくらなんでもそれはないだろう。一度は諒が好きになった相手を貶すのはよくないと思いつつも、俺の中での印象は最悪だ。
「……あ、その。俺男と付き合ってたけどたぶん、同性が好きってわけではないと思う。今までに付き合ったことがあるの、あの人だけだからはっきりしてるわけではないけど……」
「そっか」
「だから、優真にどうこうってことは絶対にないから安心して。俺はもう、恋はしないから」
「…………」
「嫌だからもう一緒に居たくないとか、ご飯も食べたくないとか、そう思ったらいつでも言ってほしい」
「思わないよ。これからもこうやって一緒に遊びに行きたいし、昼だって一緒に食べたい。諒と話すの楽しいって言ったでしょ」
「……無理してない?」
「してないよ。諒のこと嫌だって思うわけない。相手の先輩にはムカついてるけど。諒が好きだった人なのに悪く言ってごめん」
「それは……」
「先輩のこと、まだ好き?」
静かに首を横に振る諒にひどく安心した。諒が幸せになれない相手を想い続けているのは、友達として辛い。安心するとともに、なぜだかもやもやする気持ちをコーラで喉の奥に流し込む。
「俺と先輩が付き合ってたこと知ってる人誰もいないはずだけど、もし俺と一緒にいることで誰かに何か言われたらすぐ言って」
「言わない」
「なんで」
「だって言ったら諒、俺と遊んでくれなくなっちゃうでしょ?他人の目なんてどうでもいいよ」
「……」
「喋ってたらお腹空いちゃった。諒はどう?もう家帰る?」
「……もうちょっとだけ、帰りたくないかも」
「よし、おいしいもの食べに行こ。今日楽しかったな~の気持ちで終わろう!諒、何食べたい?」
泣きそうな声で「優真、ありがとう」と紡がれた言葉は聞こえなかったふりをして、夕飯候補としてリストアップしていた店名を並べたのだった。
降車して人混みをかき分けるように早足で待ち合わせ場所を目指す。本当は一本前の電車に乗る予定だったのに、昨晩なかなか寝付けなかったせいで乗り遅れてしまった。遅刻ではないが、いつも余裕を持って行動をしている彼のことだ。待ち合わせ時間よりも早く到着している可能性が高い。
中間テストが無事終了して結果が返ってきてから初めての週末、諒と二人で出掛けることになった。諒による勉強会のお陰で成績がグンと上がったお礼に、一緒にプラネタリウムを観に行く約束をしたのだ。お礼とは名ばかりで、休日に彼と遊ぶための口実だというのは内緒である。
諒と仲良くなる作戦は功を奏し、今では学校の中で一番仲が良い友達になれたと自負している。彼の懐に入れてもらえているという自覚もある。
だけれど、やはりどこか一線は引かれたままだ。踏み込ませてはもらえていない。
おそらく、俺が嫌いだとかそういう話ではなくて、たぶん諒自身のルールがあるのだろう。いつかその線も飛び越えられないだろうか、というのが最近の俺の挑戦だ。今日はそのための足掛かりとなる日でもある。
気合を入れ直して待ち合わせ場所に向かうと、想像通り諒はすでに到着していたようだった。まだ梅雨入り前だというのにじわじわと汗が滲むような気温の中、外で待たせていたと思うと罪悪感が募る。
「諒!ごめん、待たせて」
「いや、俺も今来たところだから。まだ待ち合わせの時間の十分前だし、遅刻じゃないよ」
直射日光こそは当たらないものの、蒸し暑い場所だというのに諒は涼しい顔をしている。服の中でだらだらと汗を垂らしている俺とは対照的だ。つう、と垂れ落ちる汗に不快感を覚える。早く涼しいところに行きたい。
ぱたん、と閉じた文庫本をバッグにしまいながら「まずはご飯食べる?」ちょうどお昼の時間だよね、と言う諒に生返事返しながら彼をまじまじと見つめる。彼と休日に遊ぶのは初めてなので、彼の私服姿を見るのも初めてだった。初めて見るというのに「彼らしい」と思うコーディネートに感心する。
「……優真?俺、どこか変?」
「うわごめん、じっと見て。変じゃないよ。私服見るの初めてだから、何か不思議だなって」
「そういえばそうだね。優真の私服も初めて見た」
「なんだかんだ休みの日に遊ぶの初めてだからね」
「遊園地って土日が稼ぎ時じゃないの?なんか、付き合って貰ってごめん」
「いやいや、俺が誘ったんだし!今日は付き合ってくれてありがとう」
最初に声を掛けた日に聞いたように、彼は宇宙全般に興味があるらしい。
成績アップのお礼を何にするか考えて色々と検索していたときに、ベテラン解説員によるアナウンスがある人気プラネタリウムのプログラムがあることを知ったのだ。諒に尋ねたらその解説員のことも知っており、いつか行ってみたいと思っていたと言っていたので約束を取り付けた。そのプログラムのチケットが取れたのが今日なのである。
「お昼食べよっか。何食べたい気分?」
「うーん、俺があんまり食べたことがないもの……?」
「はは、なんで疑問形なの」
「パッと思いつかないけど、優真だったら分かるかなって」
「そうだなあ……ラーメンとか?」
「あ、ないかも」
「よし、おいしい店行こ。醤油味でもいい?」
「うん、ありがとう」
昼休みのランチタイム中、食べ物の好みに関する話をすることが多いのでかなり彼の好みに詳しい人間になれていると思う。彼はあまり外食経験がないらしい。行くとしても料亭だとか、家族でしか行く機会がないところばかりなようで興味津々な様子だった。
ちょっと前の放課後にファストフードのハンバーガーショップに寄ったときも「家以外で初めて食べた」と言っていたくらいなので、ラーメン屋もおそらく未経験なのではないかと思っていたのだ。ビンゴだったようで、念のため調べておいたラーメン屋リストを活かすことができる。
マップアプリを開いて、あらかじめ調べておいたラーメン屋に向かう。昼時なこともあって並んでいたものの、回転率が早いようですぐに入店できた。食券を買って店員に手渡す。おいしい匂いが漂っている店内にぐう、と腹が鳴ってしまいそうだ。
「プラネタリウム、夕方の回だからちょっと時間あるんだ」
「それまでどこ行く?優真が行きたいところあるならそこ行こう」
「夏物の服が見たいかも。諒は?」
「俺は本屋が見たいかな」
「了解。じゃあ服見てから本屋にしようか。荷物重くなるだろうし」
「ちらっと見るだけだよ」
「そう言って、いつもいっぱい買ってるじゃん」
「う……」
放課後、一緒に遊ぶときに本屋巡りに付き合うことがある。
諒は電子よりも紙の書籍派らしく、なんだかんだ言ってもいつも絶対一冊は購入しているのだ。アルバイトをしている理由のひとつは「好きに本を買うため」だと言っていたが、本の虫である彼らしいと思う。
プラネタリウムが入っている施設のすぐ近くに規模が大きい本屋があることも調査済みなので、ウィンドウショッピングはそこそこにその本屋に連れて行く予定だ。今日は諒へのお礼のための一日なので最初から最後まで彼が行きたいところにしたかったけれど、彼の性格を考えると絶対に遠慮されると分かっているのでそういう段取りを組んでいる。ウィンドウショッピングも、諒が好きそうな雑貨屋などが入っているビルに行こうと思っている。俺のエゴかもしれないが、楽しい一日だったと思ってほしい。
ラーメンを食べ終えて、本屋近くのファッションビルへと向かう。店内は清潔で味もおいしく、当たりのラーメン屋だったことにホッと胸を撫で下ろした。お陰で足取りは軽い。
「初ラーメン屋、どうだった?」
「おいしかった」
「口にあったみたいで良かった。今日行ったお店はお洒落寄りのところだったから、今度はザ・ラーメン屋っぽいところにも行こ」
「そうなんだ、楽しみ。優真って経験豊富で詳しいよね」
「そうかな?」
「そうだよ。俺も優真のこと、楽しませたいなって思うもん」
「……そうなの?」
「うん。俺自身、面白味がないし流行りにも詳しいわけじゃないから、楽しくないかもしれないけど」
「そんなことないよ。諒と喋るの楽しいし」
「そうだったの?」
「うん。……はは、俺たち両想いじゃん。これからも仲良くしてね」
手を差し出す。少し考えてから、ああ、と気付いた諒がゆっくりと握り返してくれた。自分からしたことなのになんだか恥ずかしくなって、握手したままぶんぶんと腕を上下に振ると「勢いよすぎ」と笑われる。
人が多いエリアに差し掛かり、繋いだてのひらをパッと離す。俺よりも低く、ぬるい体温が離れていってしまったことに名残惜しさを覚える。
「ごめん俺、手汗かいてたかも」
「涼しそうな顔してるのに。手の温度も俺より低いよね」
「いや、普通に暑い。優真の手はあったかくて冬に良さそう」
「カイロ代わり?」
「ふふ、うん」
「友情価格で貸し出してあげようか」
「お金取るんだ」
「うーん、じゃあ初回限定無料にしようかな」
「お得だ」
そんなことを話しているうちに目的地であるファッションビルに到着した。お気に入りのブランドショップを覗く。すでに秋物が並んでいた。まだ今から秋のことは考えられない。
高校二年生である俺たちはそろそろ色々と考えなくてはいけない時期であると分かってはいるものの、もう少しだけ自由でいたい。成績優秀である諒はもう進路も決まっているのかもしれない。そういう話はしたことがなかったことに気がついた。恋愛の話と同じで、聞きたいけど聞きたくない。諒には、なぜだかそう思ってしまう自分がいる。
「……あ。ねえ諒、これ諒に似合いそうじゃない?」
「どれ?」
「このトップス」
「似合うかな。こういう系統の服、着たことない」
「絶対似合うと思う。試着してみない?」
「え……」
「そうだ。俺、諒の全身コーディネートしてみたい!」
「……たぶん買わないのに、迷惑じゃない?」
「大丈夫だと思うけど……顔見知りの店員さんいるから聞いてみるね」
よく話す店員に聞いてみると「うちのブランド、友達にも好きになって貰えたら嬉しい」と大歓迎してもらえたのを聞いて、諒も了承してくれた。鼻歌を歌いながらあれでもないこれでもないとピックアップする。
「はい、これとこれ。試着室はあそこだよ」
「分かった」
ここ最近で一番頭を悩ませて決めた洋服を手渡して、試着室に向かう諒を小さく手を振って見送る。絶対似合う、と思って決めたコーディネートだが、どきどきする。なんだか落ち着かなくて、近くの洋服を手に取っては戻した。
「……優真」
試着室のカーテンからひょこ、っと首だけ出した諒に呼ばれて足早に移動する。
「どう?」
「いや、何か……」
「だめだった?」
「だめじゃないけど、落ち着かない」
「見せて見せて」
「……」
諒は躊躇いがちにカーテンを引いた。俺の見立ては間違いではなかったらしい。普段着ない系統だと言っていたが、かなり似合っていると思う。
「わ、すごい似合ってますね!」
「ですよね?」
「これこないだ出たばかりの新作なんですよ。カラー三色あるんですけど、ブルーお似合いですね!」
「諒には絶対ブルーだって思ったんですよね」
「分かる。ちなみに、小倉さんはブラックが合うんじゃないかなって思ってます」
「ブラックいいな~って思ったんですよね」
「小倉さんも試着してみます?」
「うーん、じゃあ着てみようかな」
「俺より優真のほうが似合いそう」
「そうかな?諒もすごく似合ってるよ」
諒の隣の試着室に入って手早く着替えて、ミラーに映る自分の姿を見やる。俺より諒のほうが似合っていると思うが、持っていないタイプのデザインなので興味を引かれる。
「諒~」
「着れた?」
試着室の近くで待ってくれていたらしい諒にお披露目する。すでに着てきた服に戻っている諒に、少しばかり残念な気持ちになってしまった。
「うん。どう?」
「似合ってる」
「そうかな」
「買う?」
「うーん……諒は?」
「俺?そうだな……」
「諒が買うなら買う」
「え、決定権俺にあるの?」
「うん」
「えー……どうしよう」
たまにはいいか、と小さく呟いてから「じゃあ、買おうかな」と購入を決めてくれた諒に「本当!?」と返した声が思いのほか大きくなってしまって、てのひらで口元を覆った。「勧めてくれたの優真じゃん」と言ってくすくすと笑う諒に胸の奥がじわり、とあたたかくなる。こんな気持ちになるだなんて思っていなかった。提案してみてよかった、と数十分前の自分を褒めながら会計を済ませる。
諒が好きそうだと思っていた雑貨屋さんも、無事彼のお眼鏡にかなったらしい。ここまでリストアップした行き先候補は百点満点だ。心の中で小さくガッツポーズをして、プラネタリウムの次に本日の目玉である本屋さんへと向かう。行きたいと思いつつ、なかなか行く機会がない本屋だったらしい。
「プラネタリウムまでまだ時間あるし、好きに見て回って」
「いいの?でも優真、暇になっちゃうでしょ。せっかく一緒に遊んでるのに」
「諒に楽しんで貰えるのが一番だから。迷惑じゃなかったら、俺もついて回ってもいい?諒が解説してくれるの聞くの好き」
「俺の解説でよければ。飽きたら好きなところ見に行ってね」
「分かりやすいし、どの本も読みたくなるよ。そうだ、こないだ借りた本も面白かった。月曜返すね」
放課後、本屋巡りについていくときには大体諒の後ろをついて回って、彼が手にした本や面出しされている本の解説やあらすじを教えて貰っている。気になった本は買ったり、諒がすでに持っているものであれば借りたりしているので活字読む機会がぐんと増えた。マンガをたまに読む程度だったので、学力アップの一端を担っていると思う。
話題作のコーナーから巡り始めて、徐々に専門書籍エリアへと向かう。諒なりに俺のことを考えて、俺が知っていたり聞いたことがあるタイトルが並ぶコーナーも巡ってくれていたことに気付いて胸がぎゅうっとなった。最近、彼のやさしさに触れると頻繁にこうなる。独り占めできたらいいのに。……なんて、友達に向けるような感情が覗き見していることに気がついては蓋をしている。
「諒、そろそろプラネタリウムのビルに向かったほうがいいかも」
「分かった。これだけ買ってくるね」
「はーい。向こうで待ってる」
邪魔にならないように壁側に避けて、スマートフォンを取り出す。これから観る予定のプラネタリウムのプログラムを開き見た。大人向けのプログラムなのでカップルにも人気らしいとネットで調べたときに書いていた。彼女とプラネタリウムって観に行ったことないな。プラネタリウムを観に行くこと自体、小学生くらいぶりだ。ほとんど詳しくないので解説して貰えるのはありがたい。諒は元カノと観に行ったことがあるのだろうか。
会計を終えた諒と合流してプラネタリウムを目指す。すでに入場が開始されていた。ざわついているホール内はどこか浮ついたような、これから上映されるプログラムへの期待を感じられて心臓がばくばくする。
「優真、もしかして緊張してるの?」
「そうかも。プラネタリウム観るの、ひさしぶりだから。諒は?」
「一人で観ることはあったけど、誰かと観るのはひさしぶりかも」
「そうなんだ」
「うん。観終わった後に語るのもいいなって思うんだけどね」
「じゃあ今日は語ろう。俺は聞き専になっちゃうかもしれないけど……」
「ふふ、楽しみにしてる」
映画館のようにブザーが鳴って、辺りが暗くなる。打って変わってシン、と静まり返ったホール内は非日常感があった。ゆっくりと天井が明るくなって星座が映し出される。耳障りの良い声とトーンで語られる解説はスッと入り込んでいく。諒が気になっていたというのも納得だ。
彼と仲良くなってから星座についても少しばかり詳しくなったので、空に映し出された中には知っている星座や豆知識もあった。俺の手柄ではないのに、なんだか誇らしいような気持ちになる。全部諒のお陰だ。彼と知り合ってから俺の世界は広がりを見せている。あの夜、彼に会えたのは偶然だったけれど、俺にとっては運命だったのかもしれない。
上映が終わって、ゆっくりと明かりが灯された。眩しさに目を細めながら、すぐ隣に座っている諒を見やる。充足感でいっぱいだという表情を浮かべていた彼と、俺も同じ顔をしているだろう。
「すっごいよかった……」
「うん、来られてよかった。優真、ありがとう」
「いえいえ。星座の楽しみ教えてくれたの諒だし」
このあとどこ行こうか、と話しながらロビーに向かう。
「っわ、諒?どうしたの」
前を歩いていた諒が不意に立ち止まって、背中に軽くぶつかってしまった。忘れ物に気がついたのだろうか?
「諒?」
何も言わない彼の顔を覗き込む。何も言わない彼は、何かを見てから目を見開いて、驚いたような、傷ついたような表情を浮かべていた。バッと諒の視線の先を追う。おそらく、その視線の先にいるのは大学生くらいのカップルだ。仲睦まじい様子で肩を寄せ合って、パンフレットを片手に楽しそうに笑っていた。カップルと諒の様子に、もしかして……の考えがよぎる。
「諒、大丈夫?」
諒に気を遣わせないようにやさしく聞こうと思ったのに、俺の喉から絞り出した声は心配が滲んでしまっていた。ああだめだ、俺のバカ。
へら、と力なく、俺を気遣うように笑って「急にごめん。今日はもう解散でもいい?」と言われてしまった。諒は傷ついている。ひとりになりたいのだろうと頭では分かっていたけれど、ひとりにしたくなかった。俺では頼りないかもしれないけれど、話を聞くことはできる。諒は自分ひとりで抱え込んでしまうタイプだから、しんどいときは吐き出すのも心を軽くする手段のひとつだと知らないのかもしれない。
「近くに公園あるから、そこに行かない?今の諒、ひとりで帰したくない」
「……」
動揺した表情を浮かべて、何かを言おうと開いた口をゆっくりと閉じる。たっぷりと数十秒考えてから、小さくこくん、と頷いてくれた諒の手を引いて、例のカップルとエレベーターに同乗することがないように移動した。
「ココアでよかった?」
「……ごめん、ありがとう。お金……」
「いいよ、俺の奢り」
この季節は日中は暖かいが、日が沈むとちょうどいい気温になる。頬を撫でる風が冷たくて気持ちいい。
手渡したココアの缶をぎゅっと両手で握りしめながら、視線を落とした諒は何も言わなかった。喋りたくないよな。俺のわがままに付き合わせてしまって申し訳ない気持ちになりながらも、諒が俺に気遣うことがないようにぺらぺらと今日楽しかったことを話す。プラネタリウムの話題をわざと避けていることにきっと諒は気付いていると思うけれど、彼に何も言われないことを良いことに話し続けた。
「……優真」
「うん?」
「聞いて楽しいものじゃないと思うけど、俺の話、聞いてくれる?」
「うん、俺でよければ」
「……たぶん、気付いてると思うけど。さっきプラネタリウムのロビーに居たの、俺の元恋人で」
「うん」
「科学部の二個上の先輩で、一年のときから付き合ってたんだ。今年の春に振られた」
「あの女の人、先輩だったんだ」
「……いや」
「うん?」
「付き合ってたのは、男のほう。あの女の人と付き合うからって、振られたんだ」
「そうだったんだ」
諒を遊園地に置き去りにして振った人間が形を持つ。振った理由も当日のドタキャンも最悪すぎる。いくらなんでもそれはないだろう。一度は諒が好きになった相手を貶すのはよくないと思いつつも、俺の中での印象は最悪だ。
「……あ、その。俺男と付き合ってたけどたぶん、同性が好きってわけではないと思う。今までに付き合ったことがあるの、あの人だけだからはっきりしてるわけではないけど……」
「そっか」
「だから、優真にどうこうってことは絶対にないから安心して。俺はもう、恋はしないから」
「…………」
「嫌だからもう一緒に居たくないとか、ご飯も食べたくないとか、そう思ったらいつでも言ってほしい」
「思わないよ。これからもこうやって一緒に遊びに行きたいし、昼だって一緒に食べたい。諒と話すの楽しいって言ったでしょ」
「……無理してない?」
「してないよ。諒のこと嫌だって思うわけない。相手の先輩にはムカついてるけど。諒が好きだった人なのに悪く言ってごめん」
「それは……」
「先輩のこと、まだ好き?」
静かに首を横に振る諒にひどく安心した。諒が幸せになれない相手を想い続けているのは、友達として辛い。安心するとともに、なぜだかもやもやする気持ちをコーラで喉の奥に流し込む。
「俺と先輩が付き合ってたこと知ってる人誰もいないはずだけど、もし俺と一緒にいることで誰かに何か言われたらすぐ言って」
「言わない」
「なんで」
「だって言ったら諒、俺と遊んでくれなくなっちゃうでしょ?他人の目なんてどうでもいいよ」
「……」
「喋ってたらお腹空いちゃった。諒はどう?もう家帰る?」
「……もうちょっとだけ、帰りたくないかも」
「よし、おいしいもの食べに行こ。今日楽しかったな~の気持ちで終わろう!諒、何食べたい?」
泣きそうな声で「優真、ありがとう」と紡がれた言葉は聞こえなかったふりをして、夕飯候補としてリストアップしていた店名を並べたのだった。
