昨晩のうちにセットしておいたアラーム音が鳴るよりも早く、目が覚めた。
悩みに悩んで眠れなくなりそうな気がしていたので、昨日は昼食を食べたあとに一輝に付き合ってもらい、アクティビティ施設で体力をたくさん消耗しておいた。作戦が功を奏したらしい。ぐっすりと安眠できた上にすっきりしている。快眠だ。
寝る前に用意しておいた服に袖を通す。
ああでもないこうでもないと悩みに悩み、時間があっという間に溶けていってしまったものだ。今日は、諒と一緒にプラネタリウムを観に行った日に買った服を中心にしてコーディネートした。「ペアルックにならないように、この服着て一緒に遊ぶときは連絡し合おう」と諒に言われていたけれど、彼が今日この服を着てくることはないだろう。彼がこの服を着ているところを見ることは、もう一生ないかもしれない。
日々のバイトで通い慣れた道を歩く。
夏休み期間中にも何度も乗った電車なのに、今日はバイトのときとは違うように感じた。諒との最初で最後のデートになるからだろう。口には出さないから、俺の中ではデートだと思うことを許してほしい。
諒に会ったらなんて言おうか。
「久しぶり」「今日も暑いね」それとも「ごめん」?
何度も考えたのに答えは出ないまま、あっという間に遊園地の最寄り駅に到着してしまった。スマートフォンを確認する。待ち合わせ時間の三十分前の時刻が表示されていた。
よし、流石にこの時間であれば諒を待たせてしまうことはないだろう。
通行人の邪魔にならないように柱の近くに移動して、ふう、と息を吐く。まだ早朝だが、すでに太陽は燦々と輝いており、気温が高くなり始めている。ぬるい温度だけれど、嫌な気は少しもしなかった。
こうやって、諒の到着を待つのは初めてのことだからかもしれない。
楽しそうな笑い声をこぼして、わくわくした表情で目の前を歩いていくゲストの姿を見送る。夏真っ盛りの今日も一日中晴天で高い気温が続くという予報も何のその、期待に満ちた顔をしているひとばかりだ。
たら、と汗が頬を伝う。ああ、拭かないと。
タオルを取り出そうと俯いてボディバッグをごそごそと漁っていると、目の前が突然フッと暗くなった。
「……優真」
名前を呼ばれて、ゆっくりと顔を上げる。声の主は想像通りだった。
何か言いたそうな顔をした諒が、何も言わずに俺を見ている。
「おはよう、諒。来てくれてありがとう」
バッグから見つけ出したタオルで頬を拭う。諒が視線でそれを追うのが分かった。
「ごめん、汗かいて」と言ってタオルをバッグにしまうと、小さく首を振られる。
「……おはよう。いつから待ってたの?今日、暑いのに」
「や、さっき来たばっかりだよ」
「まだ十五分前だよ」
「待ちきれなかったから」
「…………」
諒はまだ何か言いたそうな顔をしていたけれど、諦めたようにはあ、と小さく息を吐いた。指摘してきた諒だって待ち合わせ時間の十五分も前に到着しているのだから、俺のことを言っていられないというのは自覚しているのだろう。お互いそれ以上そのことについて触れるのは止めて、入場ゲートに向かって歩き出す。
「こっちのゲートから入るの久しぶりだ」
「職員用は違うゲートなんだ。まあ、そうか」
「うん。ゲストからは見えないようになってるんだよね」
「へえ……あ、優真、これチケット」
チケットを受け取って「ありがとう」と返す。高校生である俺たちにとっては安くはないものだが、チケット代を渡そうと思っても受け取って貰えないと分かっている。代わりに、今日は諒にたくさんご馳走しようと決めていた。
「どこから行く?」
「主役なんだから、諒が決めていいよ」
思ったよりも自然に話せていると思うけれど、やはりどこかぎくしゃくしていると諒も感じているだろう。
どうすれば前のように話せるだろうか。そう思うものの、解決策は浮かばない。
俺としては、こうやって一緒に遊園地で遊んで貰えるだけでも感謝の気持ちしかないのだ。不相応にデートだと浮足立って主張してくる俺の心臓には気がつかないふりをして、パンフットを開いた。
「諒、誰かと遊園地来るの初めてなんだよね?」
「……うん」
「今日は諒が行きたいところに行きたい。俺が案内できるところは案内するし」
「今日、優真の誕生日なのに」
「俺の誕生日だから、俺のわがまま聞いてくれない?」
諒の性格を考えて、こんな言い方をする俺ははずるいだろう。渋々と頷いてくれた諒はバッグからガイドブックを取り出して見せてくれた。あの夜に見たときよりも付箋が増えている気がする。
「あ、あのときの」
ぽろ、と言葉がこぼれ落ちる。
あの日を思い出させるようなことは言わないでおこうと思っていたのにこれだ。あ、と慌てて口を抑えようと思ったけれど、それより先に諒が口を開いた。
「……あのときは拾ってくれてありがとう」
「いや……俺、あの日、諒のこと笑わせられなかったってずっと後悔してて」
「俺、あんなこと言っちゃったけど、あの日優真に救われたんだ。……ううん、モカか」
「……うん」
「あの日の俺さあ、この世の終わりだーみたいな顔してたでしょ?笑えるけど、本当にそう思ってて」
「……」
「あのまま帰ってたら、帰りの電車でもわんわん泣いてただろうなって思うよ。子供みたいにね」
俺の涙を止めてくれたのは優真だよ、と紡ぐ声音はやさしい。そのやさしさが突き刺さってじくじくと痛い。泣きそうだ。俺が泣いてどうする、と全力で目元に司令を出して涙が出ないようにぐっと堪える。
「だから俺は優真に感謝してるし……あの日、一方的に怒ってごめん」
「っ諒、謝らないで」
昨日も言ったけれど、俺が全部悪いのだ。謝るべきなのは俺であって、諒が謝ることはない。
「俺が、諒の気持ちをちゃんと考えられずに……聞かずに決めつけたせいだし、俺が悪い……というか、俺しか悪くないよ。ごめんなさい」
「……双方に非があったってことで、お互い謝ったしもうなかったことにしよう」
「でも」
「今日、俺が行きたいところに付き合ってくれるんだよね?時間がもったいないから早く移動したい」
ね、と有無を言わせない様子で紡ぐ諒に頷くことしかできなかった。
俺が切り替えやすいようにああいうふうに言ってくれているのだと知っている。諒のこういう面に触れるたびに心臓がうるさくなる。こういう諒は俺だけが知っていればいいのに、と醜い独占欲すら湧いてしまうので目も当てられない。
「それで、諒はどこ行きたい?」
「……ポップコーンとチュロスの味、全制覇したいなって。一人じゃ食べきれないけど、二人だったらシェアすればいけるかなって思ってるんだけど」
「了解。並ぶところがいくつかあるから、人がはけるタイミングで巡るようにしよう」
ガイドブックのマップを指差してここから行こう、ここから近いアトラクションはこれと案内するとぼそり、と「贅沢すぎるガイド……」と言われて、思わず笑いそうになった。
「すごく詳しいってわけじゃないから、そんなに期待しないで」
「今の時点ですごく尊敬してる。ありがとう」
「そうかなー……あ、アトラクションはどれに行きたい?ポップコーン持ち歩くって考えると、絶叫系大丈夫だったらこのジェットコースターがいいかも」
「大丈夫だと思う。乗ってみたい」
「もしかして初めて?」
「うん。前に来たときはほとんどアトラクション乗ってない」
「そっか。無理そうだったら言ってね」
「分かった」
この遊園地のジェットコースターはかなりスピードが早い上に乗車時間が長く、怖いと有名だ。初めての絶叫マシーンなのに大丈夫だろうか……と心配していたものの、ジェットコースターを乗り終えた諒は非常に楽しそうに目を輝かせていた。
「あのスピード、どうやって出してるんだろう。力学的エネルギーの保存……」
「あ、諒、写真出てるよ」
「写真?」
「あのジェットコースター、撮影ポイントで写真撮られるんだ。で、あのお店で買える」
「そういえば、ガイドブックに書いてあったな……ピースしてる」
「しちゃった。撮影タイミング、言えばよかったね」
「……聞いても、対応できなかったと思う」
「そう?」
じ、と俺たちが写っている写真を見上げる諒を横目で盗み見る。ピースサインをしている俺と、真顔の諒が対照的で面白い。今まで買ったことはなかったけれど、貴重なツーショット写真だ。
「買ってきていい?」
「俺も買う」
「諒も?」
「うん、記念」
「そっか、そうだよね。初めての遊園地だ」
「そう」
「じゃあ、スマホでも写真撮らない?嫌じゃなかったら、だけど……」
「嫌じゃない。あ、そういえば」
じと、と責め立てるような目で見ながらそう言われて、パッと姿勢を正す。何かだめなことをしてしまったのだろうか。思いつかなくてだらだらと内心は冷や汗でいっぱいだ。
「……その服、着るときは連絡してって言った」
「覚えてたの?」
「忘れるわけないでしょ」
「はは、ごめんね。諒は着てこないだろうなって」
「ちょっと、着てこようかなって迷ってた」
「え、そうなの?」
「……」
「どうせなら合わせればよかったね。遊園地だとお揃いの服で来てるひとも多いし、誰も気にしないよ」
「それは嫌だ」
「えー……」
すたすたと写真館へと早足で歩き出してしまった諒に急いでついて行く。
そっか、諒もこの服、着ようと思ったんだ。
じわじわと胸の中があたたかくなる。諒に嫌われているわけではないらしい。
彼は嫌なのであれば嫌だと断るタイプだと分かっているし、彼の言葉を信じていないわけではない。けれど、一度懐に入れた相手にはやさしいのだとも知っている。多少踏み込んでも許してくれたくらいだ、情に厚い彼は完全に俺のことを切り捨てはしないと思う。
また、踏み込んでもいいのだろうか。不快に思われないだろうか。
俺が彼を好きだと知ってほしいとか付き合いたいとか、そんな大それたことは思わない。けれど、前のように親友のような、仲のいい友達になりたい。
「優真?」
「ごめん、今行く!」
ひとりでいくら考えていても答えが出ない問答をしている場合ではない。最初で最後の諒との遊園地デートだ。俺自身も全力で楽しんで、思い出を胸に抱えて生きていきたい。諒に知られたら引かれてしまうであろう激情に気がつかれないようにぐっと胸の奥へ奥へと気持ちを押し込んで、諒を追いかけた。
◇ ◆ ◇
「もうお腹いっぱいかも……」
「あはは。ポップコーンとチュロス、全制覇できてよかったね」
「付き合ってくれてありがとう、優真」
「どういたしまして」
楽しい時間はいつだって足早に過ぎ去っていってしまうもので、日が長い夏だというのに辺りはすでに真っ暗になってしまっていた。日中よりは暑さが和らいで呼吸がしやすくなったものの、まだ暑さは続いている。閉園までの時間的に、次のアトラクションで最後になるだろう。
「諒」
「うん?」
「時間的に、たぶん次に乗るアトラクションが最後になるかなって思うんだけど……最後に乗るアトラクション、俺が決めてもいい?」
「もちろん。どれに乗る?」
一日中園内を練り歩いていたお陰で、諒の脳内にも園内マップが出来上がっているらしい。ガイドブックはバッグにしまわれたままだ。諒に気がつかれないように遠回りをして、目的地を目指す。
「これ」
「……観覧車」
「いい?嫌だったら、違うのにする」
「乗りたい」
いいの?と続けた諒の声が少し震えているような気がして、諒の顔は見ないまま「じゃあ乗ろう」と手を引いて長くなっている列に並んだ。観覧車はいつも夜のこの時間帯が一番混んでいる気がする。夜になると園内がライトアップされることと、一日の集大成感があるからだろう。
「諒も食べる?」
「うん、ありがとう」
お腹はすいていなかったけれど、口寂しいのを埋めるように一番最後に買ったキャラメル味のポップコーンを押し込んだ。じわっと独特の甘さが広がる。おいしい。この遊園地で一番売れているポップコーンだと聞いたことがある。
「諒って、高いところ大丈夫?」
「たぶん」
「東京タワーとかは?」
「行ったことないな」
じゃあ今度一緒に行こう、といつもの癖で言いかけた言葉を慌てて引っ込める。
誘ったら諒は断れないかもしれない。……また、どこまで踏み込んでもいいのか、分かりかねている。
「優真は、観覧車結構乗るの?」
「いや、そんなに乗らないよ。久しぶり」
「そっか。……どんな感じなんだろう」
「ゆっくり登っていって、気がついたら地面についてるって感じ。十五分くらい乗ってるのにね」
「そうなんだ」
いつもよりも静かなトーンでぽつぽつと会話が続いた。
諒と話していると落ち着く。何度も思ったことを改めて感じて、なんだか泣きたくなった。まだ一緒にいたいって、思ったらだめかな。
「足元にお気をつけください。いってらっしゃーい!」
思ったよりも早く俺たちの順番が回ってきた。
オレンジ色のゴンドラにゆっくりと乗り込む。先に乗り込んだ諒に続くと、俺の体重によって傾いたゴンドラに彼が「わ、」と小さく声を上げた。
「ご、ごめん」
「や、俺こそごめん。ちょっとびっくりしただけ」
向かい合って座る。薄暗いゴンドラ内には俺と諒の呼吸音だけが響いた。空調が効いてくれているお陰で、汗がスッと引いていくのが分かる。
「……今日はありがとう。優真の誕生日なのに、俺が行きたいところばかり付き合ってもらっちゃった」
「ううん、すごく楽しかったよ。それに、観覧車は俺のリクエストだし」
「俺が乗りたかったって言ったからでしょ。優真はやさしいから」
紡がれる言葉たちが、どういう表情をした彼から出てきているのか見ることができない。
薄暗いから、盗み見てもバレないかもしれない。けれど、もし目があってしまったら、今日何度も口からこぼれ落ちてしまいそうだった恋情を堰き止められる自信がなかった。
「……俺、そんなにやさしくないよ。やさしいのは諒だ」
「俺?俺こそ違うでしょ。友達もそんなにいないし、クラスの人気者の優真とは大違い」
「そんなことない。だって、諒は仲良くならないようにしてるからでしょ」
「……気づいてたんだ。まあ、気づくか」
はは、と笑いをこぼす。ここまでは踏み込んでもいいらしい。
じゃあ、この先は?
俺は嫌われても構わないけれど、彼を傷つけたくはない。もう二度と、彼を泣かせたくはないのだ。
「俺、すごい鬱陶しかったと思うけど、仲良くしてくれてありがとう」
「……」
「俺は諒と話すの好きだし、仲良くしてもらえて嬉しかった」
「……感謝されるようなこと、何もしてないよ」
「そんなことない。……その、諒はさ、もしかしたらもう嫌だって思うかもしれないけど……俺は明日からも一緒に昼ご飯食べたいし、こうやって出掛けたりもしたいって思ってる。また仲いい友達になりたい」
「…………それは、無理かも」
「っごめん、やっぱり迷惑だよね。今のは全部忘れて」
俯いていた顔を上げると、諒と目が合った。
泣きそうな顔だ。そんな顔、もう二度とさせたくなかったのに。一度言った言葉は取り消せないし、時間は巻き戻せない。
「ごめん」と再びこぼした謝罪を打ち消すように「迷惑じゃない」と大きな声で言われた。
「全部俺が悪くて、俺のせいだから」
「……、どういう意味……?」
「もう、優真とは前と同じ感情でいられないんだ。今日で最後にするつもりだったし、言うつもりもなかったんだけど」
どくどくと心臓がうるさい。
聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ちが交差する。ごくり、と唾を飲み込んで、諒が紡ぐ次の言葉を待つ。
「……俺、優真のこと、好きになっちゃったから。優真にどうこうってことは絶対にないから安心してって言ったのに、裏切ってごめん」
俯いた諒の視線の先にあった両手はぎゅうぎゅうと握りしめられている。きっと白くなってしまっているだろう。諒の指に傷がついてしまいそうで心配だ。
諒から告げられた言葉をまだ受け止めきれなくて、現実から逃げるようにそんなことを考える。
……諒が、俺のことを好き?俺と、同じ意味で?
「……諒、そっちに行ってもいい?」
「…………うん」
たっぷりと数十秒経ってから、肯定の言葉を貰えた。
諒を驚かさないようにゆっくりと立って、ぎしぎしと鳴るゴンドラの中を移動する。二人並んで座れるサイズではあるものの、男子高校生が二人並ぶとかなりギチギチだ。
「……俺、諒のこと、好きだって言ってもいいの?」
「……は?え、」
「俺も諒のことが好き。たぶん、諒とおんなじ意味で」
「…………どういうこと?」
「そのままの意味。傷つけておいて何をって感じだし、恋はもうしないって言ってた諒には迷惑だって分かってたんだけど、止められそうになくて」
「……」
「言わないから、心の中で好きだって思うのは許してって思ってた」
「……なにそれ」
彼の両手にそっと触れる。触れたタイミングでその両手がビク、と震えたことに申し訳ない気持ちになったものの、きつく結ばれている指をゆっくりと解く。
「恋愛感情で、諒のことが好きです。俺と付き合ってください」
「…………本気で言ってる?」
「本気だよ。初告白で緊張してる」
俺から誰かに告白するのは初めてだ。
告白ってこんなに緊張するんだ、と、告げた後になってじわじわと実感し始めている。心臓はずっとうるさいし、口から飛び出てきそうだ。
「……俺、面倒くさいよ」
「そんなことないよ」
「嘘つかないで」
「はは、ちょっとかっこつけちゃったかも。たとえ面倒くさかったとしても、諒と一緒にいたいんだよ。だめ?」
「……そう聞かれたら、だめって言えない」
「ずるかったかも。ずるい俺は嫌?」
いやじゃない、と呟くように言われて口角が上がるのが分かった。
叫び出したい気持ちでいっぱいだ。狭いゴンドラ内でそんなことはできないけれど。
『お疲れ様です!』
「あ……」
いつの間にかゴンドラは地面に到着していたらしい。すぐ外からキャストのお姉さんの声が聞こえて、ドアが開かれた。
「……本当に、気がついたら地面についてた」
「でしょ?」
ゴンドラから降りる。まだ浮遊感が少しばかり残っていて変な感じだ。ふわふわした気持ちで満たされているということもあるだろう。
まだ諒と一緒に居たいのに、もうすぐ閉園時間だ。明日から新学期なので、もう帰らないといけない。
「……あ、ねえ諒。もうちょっとだけ時間ある?」
「うん。……え、」
「ごめん、一緒に走って!今の時間だとまだモカくんと写真撮れる!」
残り時間と今居る場所を考慮するとまだグリーティングができそうなことに気がついて、諒の腕をぐっと引いて走り出す。
こんな時間に慌てて走っているのは俺たちだけだ。他のゲストとできるだけ会わない道を選んで、今日のこの時間帯にモカが居るであろうエリアを目指す。
「っいた、モカくん!写真撮ってください!」
はあ、はあと息を切らしながらモカに声を掛ける。今日のここのエリアを担当しているのは先輩だったはずだ。モカは一瞬びっくりした様子だったけれど、すぐに応じてくれた。
「うわ、髪ぼさぼさ……」
「ごめんごめん」
乱れてしまった髪をさっさと整えて、モカを囲んでカメラを向ける。今日一番の笑顔で撮れているはずだ。
「あ、モカくん。この人、今日誕生日なんです」
モカは「わあ!」と驚いたポーズをしたあとに、誕生日のひとが貰える限定キーホルダーを手渡してくれた。渡したことは何度もあるけれど、もらうのは初めてだ。なんだかくすぐったい。
「……洋服は恥ずかしいけど、キーホルダーのお揃いだったらいいよ」
「俺もペンケースにつける!」
「それは、違うところにして」
ふふ、と笑ってそう言う諒に泣きそうな気持ちになった。こんなにしあわせになっていいのだろうか。
「ちょっと優真、どうしたの?目にゴミでも入った?」と慌てながらハンカチを貸してくれた諒を見て、気持ちだけではなく、本当に泣いてしまっていることに気がついた。
「う、うれしくて……」
「え、キーホルダーがそんなに……?」
難しい顔をしてそう言う諒に、吹き出して笑ってしまった。
これが彼の最後の恋になりますように。
そんな勝手なことを思いながら、「そうだよ」と言って、感傷ごとぜんぶまとめるように、彼の身体をぎゅっと抱き寄せた。
了
悩みに悩んで眠れなくなりそうな気がしていたので、昨日は昼食を食べたあとに一輝に付き合ってもらい、アクティビティ施設で体力をたくさん消耗しておいた。作戦が功を奏したらしい。ぐっすりと安眠できた上にすっきりしている。快眠だ。
寝る前に用意しておいた服に袖を通す。
ああでもないこうでもないと悩みに悩み、時間があっという間に溶けていってしまったものだ。今日は、諒と一緒にプラネタリウムを観に行った日に買った服を中心にしてコーディネートした。「ペアルックにならないように、この服着て一緒に遊ぶときは連絡し合おう」と諒に言われていたけれど、彼が今日この服を着てくることはないだろう。彼がこの服を着ているところを見ることは、もう一生ないかもしれない。
日々のバイトで通い慣れた道を歩く。
夏休み期間中にも何度も乗った電車なのに、今日はバイトのときとは違うように感じた。諒との最初で最後のデートになるからだろう。口には出さないから、俺の中ではデートだと思うことを許してほしい。
諒に会ったらなんて言おうか。
「久しぶり」「今日も暑いね」それとも「ごめん」?
何度も考えたのに答えは出ないまま、あっという間に遊園地の最寄り駅に到着してしまった。スマートフォンを確認する。待ち合わせ時間の三十分前の時刻が表示されていた。
よし、流石にこの時間であれば諒を待たせてしまうことはないだろう。
通行人の邪魔にならないように柱の近くに移動して、ふう、と息を吐く。まだ早朝だが、すでに太陽は燦々と輝いており、気温が高くなり始めている。ぬるい温度だけれど、嫌な気は少しもしなかった。
こうやって、諒の到着を待つのは初めてのことだからかもしれない。
楽しそうな笑い声をこぼして、わくわくした表情で目の前を歩いていくゲストの姿を見送る。夏真っ盛りの今日も一日中晴天で高い気温が続くという予報も何のその、期待に満ちた顔をしているひとばかりだ。
たら、と汗が頬を伝う。ああ、拭かないと。
タオルを取り出そうと俯いてボディバッグをごそごそと漁っていると、目の前が突然フッと暗くなった。
「……優真」
名前を呼ばれて、ゆっくりと顔を上げる。声の主は想像通りだった。
何か言いたそうな顔をした諒が、何も言わずに俺を見ている。
「おはよう、諒。来てくれてありがとう」
バッグから見つけ出したタオルで頬を拭う。諒が視線でそれを追うのが分かった。
「ごめん、汗かいて」と言ってタオルをバッグにしまうと、小さく首を振られる。
「……おはよう。いつから待ってたの?今日、暑いのに」
「や、さっき来たばっかりだよ」
「まだ十五分前だよ」
「待ちきれなかったから」
「…………」
諒はまだ何か言いたそうな顔をしていたけれど、諦めたようにはあ、と小さく息を吐いた。指摘してきた諒だって待ち合わせ時間の十五分も前に到着しているのだから、俺のことを言っていられないというのは自覚しているのだろう。お互いそれ以上そのことについて触れるのは止めて、入場ゲートに向かって歩き出す。
「こっちのゲートから入るの久しぶりだ」
「職員用は違うゲートなんだ。まあ、そうか」
「うん。ゲストからは見えないようになってるんだよね」
「へえ……あ、優真、これチケット」
チケットを受け取って「ありがとう」と返す。高校生である俺たちにとっては安くはないものだが、チケット代を渡そうと思っても受け取って貰えないと分かっている。代わりに、今日は諒にたくさんご馳走しようと決めていた。
「どこから行く?」
「主役なんだから、諒が決めていいよ」
思ったよりも自然に話せていると思うけれど、やはりどこかぎくしゃくしていると諒も感じているだろう。
どうすれば前のように話せるだろうか。そう思うものの、解決策は浮かばない。
俺としては、こうやって一緒に遊園地で遊んで貰えるだけでも感謝の気持ちしかないのだ。不相応にデートだと浮足立って主張してくる俺の心臓には気がつかないふりをして、パンフットを開いた。
「諒、誰かと遊園地来るの初めてなんだよね?」
「……うん」
「今日は諒が行きたいところに行きたい。俺が案内できるところは案内するし」
「今日、優真の誕生日なのに」
「俺の誕生日だから、俺のわがまま聞いてくれない?」
諒の性格を考えて、こんな言い方をする俺ははずるいだろう。渋々と頷いてくれた諒はバッグからガイドブックを取り出して見せてくれた。あの夜に見たときよりも付箋が増えている気がする。
「あ、あのときの」
ぽろ、と言葉がこぼれ落ちる。
あの日を思い出させるようなことは言わないでおこうと思っていたのにこれだ。あ、と慌てて口を抑えようと思ったけれど、それより先に諒が口を開いた。
「……あのときは拾ってくれてありがとう」
「いや……俺、あの日、諒のこと笑わせられなかったってずっと後悔してて」
「俺、あんなこと言っちゃったけど、あの日優真に救われたんだ。……ううん、モカか」
「……うん」
「あの日の俺さあ、この世の終わりだーみたいな顔してたでしょ?笑えるけど、本当にそう思ってて」
「……」
「あのまま帰ってたら、帰りの電車でもわんわん泣いてただろうなって思うよ。子供みたいにね」
俺の涙を止めてくれたのは優真だよ、と紡ぐ声音はやさしい。そのやさしさが突き刺さってじくじくと痛い。泣きそうだ。俺が泣いてどうする、と全力で目元に司令を出して涙が出ないようにぐっと堪える。
「だから俺は優真に感謝してるし……あの日、一方的に怒ってごめん」
「っ諒、謝らないで」
昨日も言ったけれど、俺が全部悪いのだ。謝るべきなのは俺であって、諒が謝ることはない。
「俺が、諒の気持ちをちゃんと考えられずに……聞かずに決めつけたせいだし、俺が悪い……というか、俺しか悪くないよ。ごめんなさい」
「……双方に非があったってことで、お互い謝ったしもうなかったことにしよう」
「でも」
「今日、俺が行きたいところに付き合ってくれるんだよね?時間がもったいないから早く移動したい」
ね、と有無を言わせない様子で紡ぐ諒に頷くことしかできなかった。
俺が切り替えやすいようにああいうふうに言ってくれているのだと知っている。諒のこういう面に触れるたびに心臓がうるさくなる。こういう諒は俺だけが知っていればいいのに、と醜い独占欲すら湧いてしまうので目も当てられない。
「それで、諒はどこ行きたい?」
「……ポップコーンとチュロスの味、全制覇したいなって。一人じゃ食べきれないけど、二人だったらシェアすればいけるかなって思ってるんだけど」
「了解。並ぶところがいくつかあるから、人がはけるタイミングで巡るようにしよう」
ガイドブックのマップを指差してここから行こう、ここから近いアトラクションはこれと案内するとぼそり、と「贅沢すぎるガイド……」と言われて、思わず笑いそうになった。
「すごく詳しいってわけじゃないから、そんなに期待しないで」
「今の時点ですごく尊敬してる。ありがとう」
「そうかなー……あ、アトラクションはどれに行きたい?ポップコーン持ち歩くって考えると、絶叫系大丈夫だったらこのジェットコースターがいいかも」
「大丈夫だと思う。乗ってみたい」
「もしかして初めて?」
「うん。前に来たときはほとんどアトラクション乗ってない」
「そっか。無理そうだったら言ってね」
「分かった」
この遊園地のジェットコースターはかなりスピードが早い上に乗車時間が長く、怖いと有名だ。初めての絶叫マシーンなのに大丈夫だろうか……と心配していたものの、ジェットコースターを乗り終えた諒は非常に楽しそうに目を輝かせていた。
「あのスピード、どうやって出してるんだろう。力学的エネルギーの保存……」
「あ、諒、写真出てるよ」
「写真?」
「あのジェットコースター、撮影ポイントで写真撮られるんだ。で、あのお店で買える」
「そういえば、ガイドブックに書いてあったな……ピースしてる」
「しちゃった。撮影タイミング、言えばよかったね」
「……聞いても、対応できなかったと思う」
「そう?」
じ、と俺たちが写っている写真を見上げる諒を横目で盗み見る。ピースサインをしている俺と、真顔の諒が対照的で面白い。今まで買ったことはなかったけれど、貴重なツーショット写真だ。
「買ってきていい?」
「俺も買う」
「諒も?」
「うん、記念」
「そっか、そうだよね。初めての遊園地だ」
「そう」
「じゃあ、スマホでも写真撮らない?嫌じゃなかったら、だけど……」
「嫌じゃない。あ、そういえば」
じと、と責め立てるような目で見ながらそう言われて、パッと姿勢を正す。何かだめなことをしてしまったのだろうか。思いつかなくてだらだらと内心は冷や汗でいっぱいだ。
「……その服、着るときは連絡してって言った」
「覚えてたの?」
「忘れるわけないでしょ」
「はは、ごめんね。諒は着てこないだろうなって」
「ちょっと、着てこようかなって迷ってた」
「え、そうなの?」
「……」
「どうせなら合わせればよかったね。遊園地だとお揃いの服で来てるひとも多いし、誰も気にしないよ」
「それは嫌だ」
「えー……」
すたすたと写真館へと早足で歩き出してしまった諒に急いでついて行く。
そっか、諒もこの服、着ようと思ったんだ。
じわじわと胸の中があたたかくなる。諒に嫌われているわけではないらしい。
彼は嫌なのであれば嫌だと断るタイプだと分かっているし、彼の言葉を信じていないわけではない。けれど、一度懐に入れた相手にはやさしいのだとも知っている。多少踏み込んでも許してくれたくらいだ、情に厚い彼は完全に俺のことを切り捨てはしないと思う。
また、踏み込んでもいいのだろうか。不快に思われないだろうか。
俺が彼を好きだと知ってほしいとか付き合いたいとか、そんな大それたことは思わない。けれど、前のように親友のような、仲のいい友達になりたい。
「優真?」
「ごめん、今行く!」
ひとりでいくら考えていても答えが出ない問答をしている場合ではない。最初で最後の諒との遊園地デートだ。俺自身も全力で楽しんで、思い出を胸に抱えて生きていきたい。諒に知られたら引かれてしまうであろう激情に気がつかれないようにぐっと胸の奥へ奥へと気持ちを押し込んで、諒を追いかけた。
◇ ◆ ◇
「もうお腹いっぱいかも……」
「あはは。ポップコーンとチュロス、全制覇できてよかったね」
「付き合ってくれてありがとう、優真」
「どういたしまして」
楽しい時間はいつだって足早に過ぎ去っていってしまうもので、日が長い夏だというのに辺りはすでに真っ暗になってしまっていた。日中よりは暑さが和らいで呼吸がしやすくなったものの、まだ暑さは続いている。閉園までの時間的に、次のアトラクションで最後になるだろう。
「諒」
「うん?」
「時間的に、たぶん次に乗るアトラクションが最後になるかなって思うんだけど……最後に乗るアトラクション、俺が決めてもいい?」
「もちろん。どれに乗る?」
一日中園内を練り歩いていたお陰で、諒の脳内にも園内マップが出来上がっているらしい。ガイドブックはバッグにしまわれたままだ。諒に気がつかれないように遠回りをして、目的地を目指す。
「これ」
「……観覧車」
「いい?嫌だったら、違うのにする」
「乗りたい」
いいの?と続けた諒の声が少し震えているような気がして、諒の顔は見ないまま「じゃあ乗ろう」と手を引いて長くなっている列に並んだ。観覧車はいつも夜のこの時間帯が一番混んでいる気がする。夜になると園内がライトアップされることと、一日の集大成感があるからだろう。
「諒も食べる?」
「うん、ありがとう」
お腹はすいていなかったけれど、口寂しいのを埋めるように一番最後に買ったキャラメル味のポップコーンを押し込んだ。じわっと独特の甘さが広がる。おいしい。この遊園地で一番売れているポップコーンだと聞いたことがある。
「諒って、高いところ大丈夫?」
「たぶん」
「東京タワーとかは?」
「行ったことないな」
じゃあ今度一緒に行こう、といつもの癖で言いかけた言葉を慌てて引っ込める。
誘ったら諒は断れないかもしれない。……また、どこまで踏み込んでもいいのか、分かりかねている。
「優真は、観覧車結構乗るの?」
「いや、そんなに乗らないよ。久しぶり」
「そっか。……どんな感じなんだろう」
「ゆっくり登っていって、気がついたら地面についてるって感じ。十五分くらい乗ってるのにね」
「そうなんだ」
いつもよりも静かなトーンでぽつぽつと会話が続いた。
諒と話していると落ち着く。何度も思ったことを改めて感じて、なんだか泣きたくなった。まだ一緒にいたいって、思ったらだめかな。
「足元にお気をつけください。いってらっしゃーい!」
思ったよりも早く俺たちの順番が回ってきた。
オレンジ色のゴンドラにゆっくりと乗り込む。先に乗り込んだ諒に続くと、俺の体重によって傾いたゴンドラに彼が「わ、」と小さく声を上げた。
「ご、ごめん」
「や、俺こそごめん。ちょっとびっくりしただけ」
向かい合って座る。薄暗いゴンドラ内には俺と諒の呼吸音だけが響いた。空調が効いてくれているお陰で、汗がスッと引いていくのが分かる。
「……今日はありがとう。優真の誕生日なのに、俺が行きたいところばかり付き合ってもらっちゃった」
「ううん、すごく楽しかったよ。それに、観覧車は俺のリクエストだし」
「俺が乗りたかったって言ったからでしょ。優真はやさしいから」
紡がれる言葉たちが、どういう表情をした彼から出てきているのか見ることができない。
薄暗いから、盗み見てもバレないかもしれない。けれど、もし目があってしまったら、今日何度も口からこぼれ落ちてしまいそうだった恋情を堰き止められる自信がなかった。
「……俺、そんなにやさしくないよ。やさしいのは諒だ」
「俺?俺こそ違うでしょ。友達もそんなにいないし、クラスの人気者の優真とは大違い」
「そんなことない。だって、諒は仲良くならないようにしてるからでしょ」
「……気づいてたんだ。まあ、気づくか」
はは、と笑いをこぼす。ここまでは踏み込んでもいいらしい。
じゃあ、この先は?
俺は嫌われても構わないけれど、彼を傷つけたくはない。もう二度と、彼を泣かせたくはないのだ。
「俺、すごい鬱陶しかったと思うけど、仲良くしてくれてありがとう」
「……」
「俺は諒と話すの好きだし、仲良くしてもらえて嬉しかった」
「……感謝されるようなこと、何もしてないよ」
「そんなことない。……その、諒はさ、もしかしたらもう嫌だって思うかもしれないけど……俺は明日からも一緒に昼ご飯食べたいし、こうやって出掛けたりもしたいって思ってる。また仲いい友達になりたい」
「…………それは、無理かも」
「っごめん、やっぱり迷惑だよね。今のは全部忘れて」
俯いていた顔を上げると、諒と目が合った。
泣きそうな顔だ。そんな顔、もう二度とさせたくなかったのに。一度言った言葉は取り消せないし、時間は巻き戻せない。
「ごめん」と再びこぼした謝罪を打ち消すように「迷惑じゃない」と大きな声で言われた。
「全部俺が悪くて、俺のせいだから」
「……、どういう意味……?」
「もう、優真とは前と同じ感情でいられないんだ。今日で最後にするつもりだったし、言うつもりもなかったんだけど」
どくどくと心臓がうるさい。
聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ちが交差する。ごくり、と唾を飲み込んで、諒が紡ぐ次の言葉を待つ。
「……俺、優真のこと、好きになっちゃったから。優真にどうこうってことは絶対にないから安心してって言ったのに、裏切ってごめん」
俯いた諒の視線の先にあった両手はぎゅうぎゅうと握りしめられている。きっと白くなってしまっているだろう。諒の指に傷がついてしまいそうで心配だ。
諒から告げられた言葉をまだ受け止めきれなくて、現実から逃げるようにそんなことを考える。
……諒が、俺のことを好き?俺と、同じ意味で?
「……諒、そっちに行ってもいい?」
「…………うん」
たっぷりと数十秒経ってから、肯定の言葉を貰えた。
諒を驚かさないようにゆっくりと立って、ぎしぎしと鳴るゴンドラの中を移動する。二人並んで座れるサイズではあるものの、男子高校生が二人並ぶとかなりギチギチだ。
「……俺、諒のこと、好きだって言ってもいいの?」
「……は?え、」
「俺も諒のことが好き。たぶん、諒とおんなじ意味で」
「…………どういうこと?」
「そのままの意味。傷つけておいて何をって感じだし、恋はもうしないって言ってた諒には迷惑だって分かってたんだけど、止められそうになくて」
「……」
「言わないから、心の中で好きだって思うのは許してって思ってた」
「……なにそれ」
彼の両手にそっと触れる。触れたタイミングでその両手がビク、と震えたことに申し訳ない気持ちになったものの、きつく結ばれている指をゆっくりと解く。
「恋愛感情で、諒のことが好きです。俺と付き合ってください」
「…………本気で言ってる?」
「本気だよ。初告白で緊張してる」
俺から誰かに告白するのは初めてだ。
告白ってこんなに緊張するんだ、と、告げた後になってじわじわと実感し始めている。心臓はずっとうるさいし、口から飛び出てきそうだ。
「……俺、面倒くさいよ」
「そんなことないよ」
「嘘つかないで」
「はは、ちょっとかっこつけちゃったかも。たとえ面倒くさかったとしても、諒と一緒にいたいんだよ。だめ?」
「……そう聞かれたら、だめって言えない」
「ずるかったかも。ずるい俺は嫌?」
いやじゃない、と呟くように言われて口角が上がるのが分かった。
叫び出したい気持ちでいっぱいだ。狭いゴンドラ内でそんなことはできないけれど。
『お疲れ様です!』
「あ……」
いつの間にかゴンドラは地面に到着していたらしい。すぐ外からキャストのお姉さんの声が聞こえて、ドアが開かれた。
「……本当に、気がついたら地面についてた」
「でしょ?」
ゴンドラから降りる。まだ浮遊感が少しばかり残っていて変な感じだ。ふわふわした気持ちで満たされているということもあるだろう。
まだ諒と一緒に居たいのに、もうすぐ閉園時間だ。明日から新学期なので、もう帰らないといけない。
「……あ、ねえ諒。もうちょっとだけ時間ある?」
「うん。……え、」
「ごめん、一緒に走って!今の時間だとまだモカくんと写真撮れる!」
残り時間と今居る場所を考慮するとまだグリーティングができそうなことに気がついて、諒の腕をぐっと引いて走り出す。
こんな時間に慌てて走っているのは俺たちだけだ。他のゲストとできるだけ会わない道を選んで、今日のこの時間帯にモカが居るであろうエリアを目指す。
「っいた、モカくん!写真撮ってください!」
はあ、はあと息を切らしながらモカに声を掛ける。今日のここのエリアを担当しているのは先輩だったはずだ。モカは一瞬びっくりした様子だったけれど、すぐに応じてくれた。
「うわ、髪ぼさぼさ……」
「ごめんごめん」
乱れてしまった髪をさっさと整えて、モカを囲んでカメラを向ける。今日一番の笑顔で撮れているはずだ。
「あ、モカくん。この人、今日誕生日なんです」
モカは「わあ!」と驚いたポーズをしたあとに、誕生日のひとが貰える限定キーホルダーを手渡してくれた。渡したことは何度もあるけれど、もらうのは初めてだ。なんだかくすぐったい。
「……洋服は恥ずかしいけど、キーホルダーのお揃いだったらいいよ」
「俺もペンケースにつける!」
「それは、違うところにして」
ふふ、と笑ってそう言う諒に泣きそうな気持ちになった。こんなにしあわせになっていいのだろうか。
「ちょっと優真、どうしたの?目にゴミでも入った?」と慌てながらハンカチを貸してくれた諒を見て、気持ちだけではなく、本当に泣いてしまっていることに気がついた。
「う、うれしくて……」
「え、キーホルダーがそんなに……?」
難しい顔をしてそう言う諒に、吹き出して笑ってしまった。
これが彼の最後の恋になりますように。
そんな勝手なことを思いながら、「そうだよ」と言って、感傷ごとぜんぶまとめるように、彼の身体をぎゅっと抱き寄せた。
了



