「でも、だめだよ」
そう言った湊は遙を抱きしめる手に力を入れた。言葉とは裏腹な行動を不思議に思いつつ、遙はこくりと頷いた。
「うん。わかってる」
「わかってないよ、なんにも」
思わず振り返ると、体を離されて腕を引かれる。くるりと向き合うと、湊は優しい表情で遙のことを見ていた。
「遙」
「う、うん」
「俺がどれだけ遙を好きか、知りたい?」
どれだけ遙を好きか。「好き」と言う言葉に確かに心臓が跳ねたけれど、必死で抑えこむ。でも湊にそう聞かれて、首を横に振れる人間はいないのではないだろうか。恐る恐る頷くと、湊は右手でそっと遙の頬を包んだ。
「まず、可愛いところ。自分を持っていて芯が強いところ。誰よりも頑張り屋なところ。それから他人に興味がないところ、でも愛情深いところ。全部が大好きだよ」
「……全部?」
「そう、全部。もうとっくに逃げられないと思ってる」
湊はそれだけ言うとふわりと微笑んだ。
「そもそも、逃す気もないしね」
*******
湊からの大好きは、果たしてどこまでの意味を含むのか。結局、追求するには至らなかったことが悔やまれる。
「何やってるの?」
目をこすりながら突如として現れた諒にそう聞かれて有耶無耶になったのだ。湊はピャッと離れた遙に苦笑して、そのまま諒を連れて行ってしまった。
寝る支度をする時も、自室に戻ってからも、考えるのは湊のことばかりだ。
「……可愛いところ、芯が強いところ、頑張り屋なところ、あとは」
なんだっただろうか。遙の好きなところをあんなにたくさん挙げてくれたのに、忘れてしまうのは惜しい。布団に入ると湊の笑顔が浮かんで、触れられた右の頬がジンと疼いた。
でも、と考えてしまう。遙の気持ちと、湊の好き、これは同列に扱えるものなのだろうか。湊との思い出を一つずつ思い出すと、確かに湊は遙に好意があるように思える。ただ、湊は誰にでも優しい人気者だ。凡人の遙がその真意まで理解できるわけがない。
つまりだ。つまり、確かなものとして残るのは、遙は湊のことを好きだということだけだ。居候が家主に恋をした事実だけがそこにある。しかも勢いに任せて気持ちを全て伝えてしまった気もするのだ。これは果たして許されるのだろうか。
結局一睡もできないまま朝になった。重怠い体は動きが鈍く、起き出すのもやっとだ。その上、今日は一限から体育の授業があることを思い出して、遙は途方に暮れた。
それでもいつもより早めに朝食を摂り、家政婦以外とは会わずに学校へと向かうと少し安心できた。一方的に告白した後なのだから、恥ずかしいし気まずいのは仕方がない。ただ湊は後ろの席だ。多少の接触はどうしたって免れないだろう。遙は少しだけ考えた。本当は昨日できなかった予習をしたいところだ。でも色々を天秤にかけてみる。
「よし」
そうして寝たふり作戦の決行を決めた。体も怠いしちょうどいいかもしれない。遙は机に突っ伏して、だんだんと賑やかになる教室を感じながら目を瞑った。
*******
遙の様子がおかしいことには気がついていた。朝食を共にしなかっただけでなく、いつもしゃんとしている背中を丸めて机に突っ伏す姿には違和感があったのだ。
事件は一限目、体育の授業で起きた。朝とはいえ夏の日差しは眩しく、ただでさえ色白の遙がさらに白く見えたのだ。サッカーのドリブル練習中も気になって自然と目で追っていると、遙の体がふらりと揺れて崩れるようにしゃがみ込んだ。
「遙!?」
慌てて駆け寄る。背中に手をあてると汗でぐっしょりと濡れていた。
「保健室行こう」
微かに頷いたことに少し安心して肩を抱くと、今度は力無くフルフルと首を横に振った。
「……一人で行ける」
「行けない、無理だよ」
「……大丈夫」
「もし一人で行けるとしても、俺は着いていく」
「迷惑、かけたくないんだ」
頑固な遙のことだ。埒があかないと判断して、湊は迷わず遙を抱え上げた。慌てたようにしがみつく遙の顔を覗きこむ。
「遙になら迷惑かけられたいんだよ」
にこりと笑いかけると首元に埋められた顔。青白かったはずの顔が少し熱い気がした。
保健室には誰もいなかった。窓際のベッドを選んで遙を寝かせる。額に触れると冷や汗のためか冷たくて、一層可哀想になった。その手を遙にきゅっと握られると、こんな状況なのに胸が躍るのだから恋とは不思議だ。
「大丈夫?」
「うん。ただの寝不足」
「寝不足?寝られなかったの」
遙はこくりと頷くと、そっと目を伏せた。
「ずっと考えちゃって」
そこでふわりと瞼を開く。潤んだ瞳が湊を見つめた。
「湊のこと」
胸の奥からキュンだかギュンだか、とにかく変な音がした。今のはどういう事だろうか。もしかして、この湊を、すでに遙に落ちている湊を、さらに落としにかかっているのだろうか。本当は大騒ぎしたいけれどそれはさすがにダサいから、静かに息を吸い込んで平静を装う。
「俺のこと、考えてくれたんだ」
なるべく優しく微笑みながら、握られた手を握り返す。遙は再びこくりと頷いて、ゆっくりと口を開いた。
「俺、もうあの家にはいられない」
思わず目を見開く。今度は胸の奥が鈍い音を立てた。
「だって、こんなに好きになっちゃったんだ」
何かを諦めたようにそう言った遙は、ベッドからゆっくりと体を起こした。
「わかってるから大丈夫。俺は居候。その上、身寄りのない貧乏人だよ。一条家の御曹司を好きになる資格なんてない」
凛とした声が静かな保健室に染み渡るように響く。
「でも好きになっちゃったから。湊が俺に興味あろうがなかろうが、大好き」
真っ直ぐな瞳から目を逸せない。これは、十六年生きてた中で一番のご褒美だと思った。少し泣きそうになりながらも、ゆっくりと息を吸い込む。
「だから、だめだってば」
「うん。夏休みに入ったらすぐ出ていく」
「そうじゃなくて。もう、本当に困ったな」
きっと遙はまだ理解していないのだろう。昨日あれほど真っ直ぐに伝えたつもりだったのに、十分に伝わっていないらしい。だからその綺麗な顔を、両手で優しく包み込んだ。
*******
湊に頬を包まれた時、心臓が派手に跳ねた。体はこんなに怠いのに、恋に一喜一憂する元気はあるらしい。そんな自分があまりにも浅はかに思えて嫌気がさす。それなのに湊があまりにも優しく見つめてくるから、遙の世界は湊だけになった。
「出ていくだなんて許さないよ」
「……でも」
「俺は遙が好きだって昨日も言ったでしょ。俺の心からの言葉、なんだと思ったの」
「……その好きは、俺の好きとは違うと思う」
言葉にしたら見事に腑に落ちた。いくら人間性を好いてくれているとはいえ、湊ほどの男が遙に恋をする理由がない。
「うん。確かに違うかもね」
わかりきっているのに心が萎んだ。泣きそうになるのを堪えて頷こうとすると、頬を包む手で優しく制される。そっと上を向かされて、湊の顔を真っ直ぐに見上げた。
「俺の方がずっと好きってこと。これは断言できる。遙が何にも思っていなかった時から、ずっとずっと好きなんだよ」
「……え?いや、待って」
「待たない。俺は遙の恋人になりたい。どんな瞬間でもキスがしたいくらい好き」
目を丸くして見つめ続ける。今のは、夢だろうか。まるで信じられなくて、思わずギュッと目をつぶった。
「遙?」
「夢なら早く覚めてくれないかな。これ以上溺れたら生きていけない」
「夢じゃないから安心してよ」
「溺れる」
「それなら俺が助けるから」
その言葉に恐る恐る目を開く。そこには変わらず優しい表情の湊がいて、遙の胸は熱くなった。
「じゃあ、じゃあさ」
「うん」
「俺に、キスできるわけ」
強い口調になったのは照れ隠しだ。なんて可愛くないのだろう。そう思ったのに、湊は堪らないとでも言うように顔を綻ばせた。
「本当に、可愛い」
ゆっくりと美しい顔が近づいてくる。こういう時は目を瞑るのだろうか。わからないなりにギュッと目を閉じた。ふわりと一瞬触れて、すぐに離れる。
「う、うわあ!」
今のが、噂の。恋人ならみんなすると言われるキスというものか。正直よくわからなかったけれど、思わず顔を手で覆った。湊がくすくすと笑っている。そのことが少し腹立たしいと思ったのに、次の瞬間にはガバりと抱きしめられて、気がついた時にはベッドに寝かされていた。ゆっくりと手を顔から外すと、至近距離に湊の顔。
「遙、可愛い。大好き」
「う、うん」
「遙は?」
「お、俺は」
「うん」
「湊のこと、やっぱりすごく変だと思ってる」
「え?」
「この俺を好きだなんて、変だよ。なんでも持ってる御曹司が居候の貧乏人を好きだなんて変。信じられない。変なの」
湊は少し寂しそうに頷いてから、今度は何かを閃いたようにニヤリと笑った。
「じゃあ、信じてもらえるように頑張るよ。もう一回キスしようか」
「し、しない」
「だって信じてもらわないと」
「大丈夫。あとで」
これ以上は心臓が持たない。遙の必死さが伝わったのか、「残念」と言いながら湊は顔を離した。正直、遙も少し残念だ。
「今日から恋人だからね。忘れないで」
「本当に、良いのかな」
「良いんだよ。誰の許可もいらない。邪魔するやつはぶっ潰す」
湊はそう言うと、遙の額にそっと口付けた。
「俺がどんなことからも遙を守るよ。前にも言ったでしょ」
今度は確かに心に届いた。猫背の男から救ってくれた時、あれは確かに遙に向けて言ってくれていたのだと、今ならわかる。だから遙は大きく頷いた。
そう言った湊は遙を抱きしめる手に力を入れた。言葉とは裏腹な行動を不思議に思いつつ、遙はこくりと頷いた。
「うん。わかってる」
「わかってないよ、なんにも」
思わず振り返ると、体を離されて腕を引かれる。くるりと向き合うと、湊は優しい表情で遙のことを見ていた。
「遙」
「う、うん」
「俺がどれだけ遙を好きか、知りたい?」
どれだけ遙を好きか。「好き」と言う言葉に確かに心臓が跳ねたけれど、必死で抑えこむ。でも湊にそう聞かれて、首を横に振れる人間はいないのではないだろうか。恐る恐る頷くと、湊は右手でそっと遙の頬を包んだ。
「まず、可愛いところ。自分を持っていて芯が強いところ。誰よりも頑張り屋なところ。それから他人に興味がないところ、でも愛情深いところ。全部が大好きだよ」
「……全部?」
「そう、全部。もうとっくに逃げられないと思ってる」
湊はそれだけ言うとふわりと微笑んだ。
「そもそも、逃す気もないしね」
*******
湊からの大好きは、果たしてどこまでの意味を含むのか。結局、追求するには至らなかったことが悔やまれる。
「何やってるの?」
目をこすりながら突如として現れた諒にそう聞かれて有耶無耶になったのだ。湊はピャッと離れた遙に苦笑して、そのまま諒を連れて行ってしまった。
寝る支度をする時も、自室に戻ってからも、考えるのは湊のことばかりだ。
「……可愛いところ、芯が強いところ、頑張り屋なところ、あとは」
なんだっただろうか。遙の好きなところをあんなにたくさん挙げてくれたのに、忘れてしまうのは惜しい。布団に入ると湊の笑顔が浮かんで、触れられた右の頬がジンと疼いた。
でも、と考えてしまう。遙の気持ちと、湊の好き、これは同列に扱えるものなのだろうか。湊との思い出を一つずつ思い出すと、確かに湊は遙に好意があるように思える。ただ、湊は誰にでも優しい人気者だ。凡人の遙がその真意まで理解できるわけがない。
つまりだ。つまり、確かなものとして残るのは、遙は湊のことを好きだということだけだ。居候が家主に恋をした事実だけがそこにある。しかも勢いに任せて気持ちを全て伝えてしまった気もするのだ。これは果たして許されるのだろうか。
結局一睡もできないまま朝になった。重怠い体は動きが鈍く、起き出すのもやっとだ。その上、今日は一限から体育の授業があることを思い出して、遙は途方に暮れた。
それでもいつもより早めに朝食を摂り、家政婦以外とは会わずに学校へと向かうと少し安心できた。一方的に告白した後なのだから、恥ずかしいし気まずいのは仕方がない。ただ湊は後ろの席だ。多少の接触はどうしたって免れないだろう。遙は少しだけ考えた。本当は昨日できなかった予習をしたいところだ。でも色々を天秤にかけてみる。
「よし」
そうして寝たふり作戦の決行を決めた。体も怠いしちょうどいいかもしれない。遙は机に突っ伏して、だんだんと賑やかになる教室を感じながら目を瞑った。
*******
遙の様子がおかしいことには気がついていた。朝食を共にしなかっただけでなく、いつもしゃんとしている背中を丸めて机に突っ伏す姿には違和感があったのだ。
事件は一限目、体育の授業で起きた。朝とはいえ夏の日差しは眩しく、ただでさえ色白の遙がさらに白く見えたのだ。サッカーのドリブル練習中も気になって自然と目で追っていると、遙の体がふらりと揺れて崩れるようにしゃがみ込んだ。
「遙!?」
慌てて駆け寄る。背中に手をあてると汗でぐっしょりと濡れていた。
「保健室行こう」
微かに頷いたことに少し安心して肩を抱くと、今度は力無くフルフルと首を横に振った。
「……一人で行ける」
「行けない、無理だよ」
「……大丈夫」
「もし一人で行けるとしても、俺は着いていく」
「迷惑、かけたくないんだ」
頑固な遙のことだ。埒があかないと判断して、湊は迷わず遙を抱え上げた。慌てたようにしがみつく遙の顔を覗きこむ。
「遙になら迷惑かけられたいんだよ」
にこりと笑いかけると首元に埋められた顔。青白かったはずの顔が少し熱い気がした。
保健室には誰もいなかった。窓際のベッドを選んで遙を寝かせる。額に触れると冷や汗のためか冷たくて、一層可哀想になった。その手を遙にきゅっと握られると、こんな状況なのに胸が躍るのだから恋とは不思議だ。
「大丈夫?」
「うん。ただの寝不足」
「寝不足?寝られなかったの」
遙はこくりと頷くと、そっと目を伏せた。
「ずっと考えちゃって」
そこでふわりと瞼を開く。潤んだ瞳が湊を見つめた。
「湊のこと」
胸の奥からキュンだかギュンだか、とにかく変な音がした。今のはどういう事だろうか。もしかして、この湊を、すでに遙に落ちている湊を、さらに落としにかかっているのだろうか。本当は大騒ぎしたいけれどそれはさすがにダサいから、静かに息を吸い込んで平静を装う。
「俺のこと、考えてくれたんだ」
なるべく優しく微笑みながら、握られた手を握り返す。遙は再びこくりと頷いて、ゆっくりと口を開いた。
「俺、もうあの家にはいられない」
思わず目を見開く。今度は胸の奥が鈍い音を立てた。
「だって、こんなに好きになっちゃったんだ」
何かを諦めたようにそう言った遙は、ベッドからゆっくりと体を起こした。
「わかってるから大丈夫。俺は居候。その上、身寄りのない貧乏人だよ。一条家の御曹司を好きになる資格なんてない」
凛とした声が静かな保健室に染み渡るように響く。
「でも好きになっちゃったから。湊が俺に興味あろうがなかろうが、大好き」
真っ直ぐな瞳から目を逸せない。これは、十六年生きてた中で一番のご褒美だと思った。少し泣きそうになりながらも、ゆっくりと息を吸い込む。
「だから、だめだってば」
「うん。夏休みに入ったらすぐ出ていく」
「そうじゃなくて。もう、本当に困ったな」
きっと遙はまだ理解していないのだろう。昨日あれほど真っ直ぐに伝えたつもりだったのに、十分に伝わっていないらしい。だからその綺麗な顔を、両手で優しく包み込んだ。
*******
湊に頬を包まれた時、心臓が派手に跳ねた。体はこんなに怠いのに、恋に一喜一憂する元気はあるらしい。そんな自分があまりにも浅はかに思えて嫌気がさす。それなのに湊があまりにも優しく見つめてくるから、遙の世界は湊だけになった。
「出ていくだなんて許さないよ」
「……でも」
「俺は遙が好きだって昨日も言ったでしょ。俺の心からの言葉、なんだと思ったの」
「……その好きは、俺の好きとは違うと思う」
言葉にしたら見事に腑に落ちた。いくら人間性を好いてくれているとはいえ、湊ほどの男が遙に恋をする理由がない。
「うん。確かに違うかもね」
わかりきっているのに心が萎んだ。泣きそうになるのを堪えて頷こうとすると、頬を包む手で優しく制される。そっと上を向かされて、湊の顔を真っ直ぐに見上げた。
「俺の方がずっと好きってこと。これは断言できる。遙が何にも思っていなかった時から、ずっとずっと好きなんだよ」
「……え?いや、待って」
「待たない。俺は遙の恋人になりたい。どんな瞬間でもキスがしたいくらい好き」
目を丸くして見つめ続ける。今のは、夢だろうか。まるで信じられなくて、思わずギュッと目をつぶった。
「遙?」
「夢なら早く覚めてくれないかな。これ以上溺れたら生きていけない」
「夢じゃないから安心してよ」
「溺れる」
「それなら俺が助けるから」
その言葉に恐る恐る目を開く。そこには変わらず優しい表情の湊がいて、遙の胸は熱くなった。
「じゃあ、じゃあさ」
「うん」
「俺に、キスできるわけ」
強い口調になったのは照れ隠しだ。なんて可愛くないのだろう。そう思ったのに、湊は堪らないとでも言うように顔を綻ばせた。
「本当に、可愛い」
ゆっくりと美しい顔が近づいてくる。こういう時は目を瞑るのだろうか。わからないなりにギュッと目を閉じた。ふわりと一瞬触れて、すぐに離れる。
「う、うわあ!」
今のが、噂の。恋人ならみんなすると言われるキスというものか。正直よくわからなかったけれど、思わず顔を手で覆った。湊がくすくすと笑っている。そのことが少し腹立たしいと思ったのに、次の瞬間にはガバりと抱きしめられて、気がついた時にはベッドに寝かされていた。ゆっくりと手を顔から外すと、至近距離に湊の顔。
「遙、可愛い。大好き」
「う、うん」
「遙は?」
「お、俺は」
「うん」
「湊のこと、やっぱりすごく変だと思ってる」
「え?」
「この俺を好きだなんて、変だよ。なんでも持ってる御曹司が居候の貧乏人を好きだなんて変。信じられない。変なの」
湊は少し寂しそうに頷いてから、今度は何かを閃いたようにニヤリと笑った。
「じゃあ、信じてもらえるように頑張るよ。もう一回キスしようか」
「し、しない」
「だって信じてもらわないと」
「大丈夫。あとで」
これ以上は心臓が持たない。遙の必死さが伝わったのか、「残念」と言いながら湊は顔を離した。正直、遙も少し残念だ。
「今日から恋人だからね。忘れないで」
「本当に、良いのかな」
「良いんだよ。誰の許可もいらない。邪魔するやつはぶっ潰す」
湊はそう言うと、遙の額にそっと口付けた。
「俺がどんなことからも遙を守るよ。前にも言ったでしょ」
今度は確かに心に届いた。猫背の男から救ってくれた時、あれは確かに遙に向けて言ってくれていたのだと、今ならわかる。だから遙は大きく頷いた。



