「遙、靴脱げる?」
「遙、ちゃんと手を洗って」
「遙、ゆっくり歩いたらいいよ」
湊から紡がれる怒涛の「遙」は、何度繰り返されても優しくて温かい響きだった。でも遙の性格上、繰り返されればそれだけ馬鹿にされているのかと疑ってしまう。何より、急に距離を詰められてることに対する違和感。嫌だと思い切れない自分が嫌だと思った。遙は意を決して、リビングへ促してくる湊を振り返った。
「ねえ、一条くん」
「なあに、遙」
「その、なんで、遙って」
少しだけ歯切れの悪い言い方をしたのは、「遙」という響きが惜しいと思ったからだ。居候の遙にとっては「白石くん」で十分なのだと頭では理解している。でも、「白石くん」という響きは、今の遙には少しだけ寂しいのかもしれない。体調が悪い時は心が脆くなって困る。
色々な葛藤を抱えている遙に対して、湊は少しだけ目を瞬かせると平然と口を開いた。
「だって、保護者だからね」
「保護者?」
「冗談。実際あんまり意味はないよ。正直、遙って呼びたいから呼んでみてる」
「呼びたいから」
「そう。遙も俺のこと好きに呼んで」
湊はそう言ってふわりと微笑んだ。彼の考えていることはよくわからない。
それから家政婦が作ってくれたらしい夕食を食べ、寝る支度を整えてベッドに入ると体がふわりと解けた。
「遙」
自分の名前をそっと口にしてみると、喉元がぎゅっとなった。遙のことを「遙」と呼ぶ人物は祖母だけだった。優しい声で、大切に呼ばれた記憶。涙が滲みそうになるのは、やはり弱っているからだろう。
「遙、帰るよ」
湊がそう言った時、心が大切にしてくれる人だと勝手に認識してしまったのかもしれない。だからこんなにも胸が騒ついて、嬉しくて、意味がわからないのだ。実際は御曹司とただの居候、人気者と平凡なクラスメイトである。
「一条くんは、やっぱり変な子だ」
明日は早く起きて、いつも通りの遙になろう。家政婦に使って良い食材を聞いて、自分で朝ごはんと弁当を作るのだ。使った食材は買い足しておこう。遙はそう決めて、そっと目を閉じるのだった。
*******
いつも通りの遙作戦、失敗である。
早朝、朝食と弁当を作ろうとキッチンに向かったところ、すでに湊と家政婦が談笑していた。
「真智子さん、俺でも作れそうなおかずってある?」
「坊ちゃんは器用ですから、卵焼きとか、炒め物なんかは作れますよ」
「作ってみようかな」
「ダメダメ。坊ちゃんはゆっくりしていてください」
「でも、作りたいじゃん」
「じゃあ、詰めてみますか」
そんな会話を聞きつつ、二人に近づいてみる。
「おはようございます」
遙が挨拶をすると、二人がくるりと振り返った。和やかな雰囲気が一気にピリついた気がする。特に湊は険しい顔をして、すぐに遙の腕を掴んだ。
「なんで早く起きてくるの」
「え?」
「言ってなかったけど、俺たち怒ってるの」
湊だけでなく、真智子も何やら複雑そうな顔をしている。何かやらかしただろうか。
「遙は居候なんだよ」
「う、うん」
「衣食住、真面目に甘えてもらわないと困る」
「十分甘えてるって。昨日のお弁当も夜食も、美味しかったです」
「アルバイトも禁止。これは家主命令」
「そ、それは困る」
「困らない」
「俺、大学行きたいから。奨学生になれたとしてもお金はたくさんかかるんだよ。今のうちに稼いでおかないと」
遙が必死にそう言うと、湊は仕方がないとでも言うように溜息をついた。
「じゃあ、条件付きならいいよ」
「条件?」
「叔父さんがやってるドーナツ屋があるんだ。居酒屋はやめて、そこで働くこと」
正直、嫌だなと思った。だって、今の居酒屋は時給が良いのだ。
「そんな顔しない。昨日店長さんに聞いたよ。遙は可愛いから、酔っ払いが絡んで大変だって。働き者だって褒めてたけど、俺は許せない」
許せない、とは。遙の頭に疑問符が浮かぶ。湊には関係ないのではないだろうか。それなのに、そっと頬に触れられた手の温もり。突然のことに驚く遙を、湊は真剣な眼差しで貫いた。
「お願い、遙」
ぐうっと言葉に詰まったのは、真剣な顔も息を呑むほどに美しいからだろうか。でも遙には譲れないものがあるのだ。
「時給は?最低賃金では働かない」
*******
個人営業のドーナツ屋なんて、今までの人生で訪れたこともなければ、街で見かけたこともない気がする。それなのに、お洒落なドーナツ屋は確かに駅近くの好立地に存在していて、そしてやたらと繁盛していた。働くために身につけたのは黄色のシャツ、アイボリーの帽子とタイ、緑のエプロンだ。居酒屋に比べて随分とファンシーである。
「可愛いね」
カウンター席で頬杖をついた湊はそれだけ言うとふわりと微笑んだ。馬鹿にされているのだろうか。ただ、例え馬鹿にされていても、遙は身を粉にして働くつもりだ。なぜなら時給が異様に良いからだ。
湊の叔父に雇われている店長は精悍な若者だった。元は一条家の使用人らしい。
「敦くん、頼むね」
湊がそう言うと、彼は「はい」と愛想良く答えた。
平日は十七時から二十時まで。休日は七時から十六時まで。遙は働きまくった。家事はほとんど真智子がしてくれるようになったため、バイトと勉強に注力できるようになり、体の負担は随分と楽になったのだ。
「白石くん。ちょっと仕込みしてくるから、表の仕事一人でお願いできる?」
「はい」
遙がそう答えると、敦は「助かるよ」と笑ってバックヤードに入っていった。
時刻は十九時。客足も落ち着いているため、やることは三十分後の閉店に向けて清掃くらいだ。特に今日は窓の汚れが気になって、内側から乾いた布で拭いていく。しばらく夢中になって汚れを擦っていたら、ふと外からの視線に気がついた。遙を見つめる猫背の男。一応会釈をすると、男は無表情のまま通り過ぎて行った。
それから連日、男の姿を見るようになった。バイト中、ふとした拍子に視線を感じると男が窓の外にいる。そして会釈をするとどこかに行ってしまう。その繰り返しだ。
ある日、いつものように男に会釈をした。
「誰?」
ちょうど遊びにきていた湊も、窓を振り返って男のことを見ていたらしい。
「知らない人。よく店の前に来るの」
湊は感情のない声で「へぇ」と言った。
「遙」
「ん?」
「何か困ってることない?」
「え?ないよ」
「そう?何かあったら言って」
湊はその日から、なぜだか頻繁に遊びにくるようになったのだった。
*******
湊は不良である。授業を真面目に受けないタイプというよりは、世間に不満があるタイプ。つまり、正義感のある不良だと自負している。だから、委員会の仕事などはきちんと全うするタイプだ。今期は飼育委員になってしまったがために、当番日にはウサギ小屋や鶏小屋で動物の世話をする。今日も取り巻きを適当に撒いて小屋までやってきたのだ。
「あっ」
放課後の校庭の隅、誰もいないと思ったそこには、思いがけず遙がいた。
「あっ、一条くん」
遙は一向に湊の名前を呼ばない。「一条くん」と呼ばれると一方的に距離を取られているように感じる。でも、好きに呼べと言った以上はどうすることもできない。
「何やってんの」
湊が尋ねると、遙は右手を掲げた。持っているのはホースに繋がったシャワーノズルだ。
「緑化委員だから」
どうやらウサギ小屋の近くにある花壇の世話に来たらしい。
「ふーん。この後はバイト?」
「うん。ちゃっとやって、ちゃちゃっと行くよ」
見かけによらずガサツな説明をして、遙は花壇に水を撒き始めた。その間、湊は小屋が汚れていないかチェックして、動物たちの餌を足していく。無事に仕事を終えて腰を上げると、少し遠くから遙がこちらを眺めていた。
「ねぇ」
「ん?」
「一条くんって、実はあんまり不良じゃないよね」
「え?」
「俺、あんまり不良じゃない一条くんのこと、結構好き」
告げられた言葉を理解するのにいくらか時間を要した。理解した瞬間、急に動悸がして体が熱くなる。遙はすでに蛇口を締め、ホースをまとめ始めている。何か気の利いたことを言わないといけない気がして、湊はごくりと喉を鳴らした。
「俺は遙のこと、変だと思ってる」
「変?」
「変だよ。ずっと変」
でも、と言いかけた時、ふと嫌な感覚が襲った。校庭のフェンスの外に視線を向けると、いつかドーナツ屋で遙を見ていた猫背の男がいる。じっと遙のことを見つめる姿に背中がゾワッとして、慌てて遙の元に駆け寄ろうと思った。その瞬間だった。
「冷たっ」
いきなり細かい水が飛んできて、湊の体を少しだけ濡らした。顔を上げると、遙がシャワーノズルを手に、いたずらに笑っている。
「誰が変だって?赤い髪!派手ピアス!」
この湊のことをそんな風に表現する人間を、湊は他に知らない。いつも居候だと身を縮ませているくせにやけに大胆で、やはり不思議な存在だ。耐えきれずに笑うと、細かく水が飛んできた。
「ちょっと、遙!」
楽しそうに笑う遙は、この世の何よりも可愛いかもしれない。だから濡れることも厭わず思い切り駆け寄る。水の攻撃が効かないことに驚く遙を捕まえて、抱え込むように抱きしめた。
「俺のそばから離れないでね」
「……へ?」
目を丸くする遙に微笑みかける。いつの間にか男の姿は消えていた。
「遙、ちゃんと手を洗って」
「遙、ゆっくり歩いたらいいよ」
湊から紡がれる怒涛の「遙」は、何度繰り返されても優しくて温かい響きだった。でも遙の性格上、繰り返されればそれだけ馬鹿にされているのかと疑ってしまう。何より、急に距離を詰められてることに対する違和感。嫌だと思い切れない自分が嫌だと思った。遙は意を決して、リビングへ促してくる湊を振り返った。
「ねえ、一条くん」
「なあに、遙」
「その、なんで、遙って」
少しだけ歯切れの悪い言い方をしたのは、「遙」という響きが惜しいと思ったからだ。居候の遙にとっては「白石くん」で十分なのだと頭では理解している。でも、「白石くん」という響きは、今の遙には少しだけ寂しいのかもしれない。体調が悪い時は心が脆くなって困る。
色々な葛藤を抱えている遙に対して、湊は少しだけ目を瞬かせると平然と口を開いた。
「だって、保護者だからね」
「保護者?」
「冗談。実際あんまり意味はないよ。正直、遙って呼びたいから呼んでみてる」
「呼びたいから」
「そう。遙も俺のこと好きに呼んで」
湊はそう言ってふわりと微笑んだ。彼の考えていることはよくわからない。
それから家政婦が作ってくれたらしい夕食を食べ、寝る支度を整えてベッドに入ると体がふわりと解けた。
「遙」
自分の名前をそっと口にしてみると、喉元がぎゅっとなった。遙のことを「遙」と呼ぶ人物は祖母だけだった。優しい声で、大切に呼ばれた記憶。涙が滲みそうになるのは、やはり弱っているからだろう。
「遙、帰るよ」
湊がそう言った時、心が大切にしてくれる人だと勝手に認識してしまったのかもしれない。だからこんなにも胸が騒ついて、嬉しくて、意味がわからないのだ。実際は御曹司とただの居候、人気者と平凡なクラスメイトである。
「一条くんは、やっぱり変な子だ」
明日は早く起きて、いつも通りの遙になろう。家政婦に使って良い食材を聞いて、自分で朝ごはんと弁当を作るのだ。使った食材は買い足しておこう。遙はそう決めて、そっと目を閉じるのだった。
*******
いつも通りの遙作戦、失敗である。
早朝、朝食と弁当を作ろうとキッチンに向かったところ、すでに湊と家政婦が談笑していた。
「真智子さん、俺でも作れそうなおかずってある?」
「坊ちゃんは器用ですから、卵焼きとか、炒め物なんかは作れますよ」
「作ってみようかな」
「ダメダメ。坊ちゃんはゆっくりしていてください」
「でも、作りたいじゃん」
「じゃあ、詰めてみますか」
そんな会話を聞きつつ、二人に近づいてみる。
「おはようございます」
遙が挨拶をすると、二人がくるりと振り返った。和やかな雰囲気が一気にピリついた気がする。特に湊は険しい顔をして、すぐに遙の腕を掴んだ。
「なんで早く起きてくるの」
「え?」
「言ってなかったけど、俺たち怒ってるの」
湊だけでなく、真智子も何やら複雑そうな顔をしている。何かやらかしただろうか。
「遙は居候なんだよ」
「う、うん」
「衣食住、真面目に甘えてもらわないと困る」
「十分甘えてるって。昨日のお弁当も夜食も、美味しかったです」
「アルバイトも禁止。これは家主命令」
「そ、それは困る」
「困らない」
「俺、大学行きたいから。奨学生になれたとしてもお金はたくさんかかるんだよ。今のうちに稼いでおかないと」
遙が必死にそう言うと、湊は仕方がないとでも言うように溜息をついた。
「じゃあ、条件付きならいいよ」
「条件?」
「叔父さんがやってるドーナツ屋があるんだ。居酒屋はやめて、そこで働くこと」
正直、嫌だなと思った。だって、今の居酒屋は時給が良いのだ。
「そんな顔しない。昨日店長さんに聞いたよ。遙は可愛いから、酔っ払いが絡んで大変だって。働き者だって褒めてたけど、俺は許せない」
許せない、とは。遙の頭に疑問符が浮かぶ。湊には関係ないのではないだろうか。それなのに、そっと頬に触れられた手の温もり。突然のことに驚く遙を、湊は真剣な眼差しで貫いた。
「お願い、遙」
ぐうっと言葉に詰まったのは、真剣な顔も息を呑むほどに美しいからだろうか。でも遙には譲れないものがあるのだ。
「時給は?最低賃金では働かない」
*******
個人営業のドーナツ屋なんて、今までの人生で訪れたこともなければ、街で見かけたこともない気がする。それなのに、お洒落なドーナツ屋は確かに駅近くの好立地に存在していて、そしてやたらと繁盛していた。働くために身につけたのは黄色のシャツ、アイボリーの帽子とタイ、緑のエプロンだ。居酒屋に比べて随分とファンシーである。
「可愛いね」
カウンター席で頬杖をついた湊はそれだけ言うとふわりと微笑んだ。馬鹿にされているのだろうか。ただ、例え馬鹿にされていても、遙は身を粉にして働くつもりだ。なぜなら時給が異様に良いからだ。
湊の叔父に雇われている店長は精悍な若者だった。元は一条家の使用人らしい。
「敦くん、頼むね」
湊がそう言うと、彼は「はい」と愛想良く答えた。
平日は十七時から二十時まで。休日は七時から十六時まで。遙は働きまくった。家事はほとんど真智子がしてくれるようになったため、バイトと勉強に注力できるようになり、体の負担は随分と楽になったのだ。
「白石くん。ちょっと仕込みしてくるから、表の仕事一人でお願いできる?」
「はい」
遙がそう答えると、敦は「助かるよ」と笑ってバックヤードに入っていった。
時刻は十九時。客足も落ち着いているため、やることは三十分後の閉店に向けて清掃くらいだ。特に今日は窓の汚れが気になって、内側から乾いた布で拭いていく。しばらく夢中になって汚れを擦っていたら、ふと外からの視線に気がついた。遙を見つめる猫背の男。一応会釈をすると、男は無表情のまま通り過ぎて行った。
それから連日、男の姿を見るようになった。バイト中、ふとした拍子に視線を感じると男が窓の外にいる。そして会釈をするとどこかに行ってしまう。その繰り返しだ。
ある日、いつものように男に会釈をした。
「誰?」
ちょうど遊びにきていた湊も、窓を振り返って男のことを見ていたらしい。
「知らない人。よく店の前に来るの」
湊は感情のない声で「へぇ」と言った。
「遙」
「ん?」
「何か困ってることない?」
「え?ないよ」
「そう?何かあったら言って」
湊はその日から、なぜだか頻繁に遊びにくるようになったのだった。
*******
湊は不良である。授業を真面目に受けないタイプというよりは、世間に不満があるタイプ。つまり、正義感のある不良だと自負している。だから、委員会の仕事などはきちんと全うするタイプだ。今期は飼育委員になってしまったがために、当番日にはウサギ小屋や鶏小屋で動物の世話をする。今日も取り巻きを適当に撒いて小屋までやってきたのだ。
「あっ」
放課後の校庭の隅、誰もいないと思ったそこには、思いがけず遙がいた。
「あっ、一条くん」
遙は一向に湊の名前を呼ばない。「一条くん」と呼ばれると一方的に距離を取られているように感じる。でも、好きに呼べと言った以上はどうすることもできない。
「何やってんの」
湊が尋ねると、遙は右手を掲げた。持っているのはホースに繋がったシャワーノズルだ。
「緑化委員だから」
どうやらウサギ小屋の近くにある花壇の世話に来たらしい。
「ふーん。この後はバイト?」
「うん。ちゃっとやって、ちゃちゃっと行くよ」
見かけによらずガサツな説明をして、遙は花壇に水を撒き始めた。その間、湊は小屋が汚れていないかチェックして、動物たちの餌を足していく。無事に仕事を終えて腰を上げると、少し遠くから遙がこちらを眺めていた。
「ねぇ」
「ん?」
「一条くんって、実はあんまり不良じゃないよね」
「え?」
「俺、あんまり不良じゃない一条くんのこと、結構好き」
告げられた言葉を理解するのにいくらか時間を要した。理解した瞬間、急に動悸がして体が熱くなる。遙はすでに蛇口を締め、ホースをまとめ始めている。何か気の利いたことを言わないといけない気がして、湊はごくりと喉を鳴らした。
「俺は遙のこと、変だと思ってる」
「変?」
「変だよ。ずっと変」
でも、と言いかけた時、ふと嫌な感覚が襲った。校庭のフェンスの外に視線を向けると、いつかドーナツ屋で遙を見ていた猫背の男がいる。じっと遙のことを見つめる姿に背中がゾワッとして、慌てて遙の元に駆け寄ろうと思った。その瞬間だった。
「冷たっ」
いきなり細かい水が飛んできて、湊の体を少しだけ濡らした。顔を上げると、遙がシャワーノズルを手に、いたずらに笑っている。
「誰が変だって?赤い髪!派手ピアス!」
この湊のことをそんな風に表現する人間を、湊は他に知らない。いつも居候だと身を縮ませているくせにやけに大胆で、やはり不思議な存在だ。耐えきれずに笑うと、細かく水が飛んできた。
「ちょっと、遙!」
楽しそうに笑う遙は、この世の何よりも可愛いかもしれない。だから濡れることも厭わず思い切り駆け寄る。水の攻撃が効かないことに驚く遙を捕まえて、抱え込むように抱きしめた。
「俺のそばから離れないでね」
「……へ?」
目を丸くする遙に微笑みかける。いつの間にか男の姿は消えていた。



