あまつさえ、愛だとか。


「もう、芝居なんてしようと思ってなかったんだけどなぁ…」



強く打ち付けられた雨の音。
その中に紛れた先輩の声は弱々しいけれど。



「戸張くんの声も、表情も、感情さえも…何もかもを僕に注いでくれているんだと思ったら、勝手に体が動いてた」



俺を見つめるその表情が、あまりにも柔らかいものになっていた。
交差する視線が、ゆっくり甘いものに変わる。

未だに繋がれた右の手のひら。
きゅっ、と握り返されて。

心臓までもが、ぎゅっときつく締め付けられたように痛くなった。



「っ…?あ、の…二階堂先輩…?な…んで、手なんか…握って…」


ぶわっと汗が一気に吹き出す。
息が詰まって、苦しい。思うように呼吸が出来ない。
溺れた時のような閉塞感と、張り詰める緊張。
なのに、心地よいとさえ思う。

ずっと、このままこの人と────


「…ふっ。さて、帰ろうか」


「…………は」



………今、「帰ろうか」つった?
しかも、見間違えじゃなければその前に笑ってたような…。



「えーと…正気ですか」



あ、やばい、オブラートどっかいった。
仮にも尊敬してる先輩で、脚本や演出だけじゃなく、さっきの芝居までも何もかもが好きだと思った。




「あ、雨止んだねー。残っててラッキーだったかもよ」



「ちょっと、二階堂先輩!!」



俺がこの人を理解するのには、どれだけ時間がかかるのだろう。
少しずつ、ちょっとずつでいいから…。
脚本家でも監督でも、ましてや役者なんかでもない。


「戸張くんって、実はおこりんぼ?」


「誰のせいですか…!」


「誰だろなぁー」




ただの二階堂先輩のこと、もっと知りたいと思った。